FE聖戦 ss






シャナンやオイフェはテルナノグの子供達にとっては父であり、そして兄であった。ここにいるそのほとんどのものが両親を亡くしており、甘えたい盛りの年齢の子供達にいつだって彼らは囲まれていた。大人は他にもいるが、一緒にいる時間が多い彼らは特に慕われていた。
誰もが自分を構ってもらおうと、裾を引いたり声高に話しかけたりと忙しい。シャナンもオイフェもそれら全てに応え、誰に偏るでもなく平等に接していた。

セリスはそんな彼らを遠くから見ていた。
人だかりから少し離れたところから彼らを眺め、混ざりたい心を押し止めながら俯く。
本当はセリスとてあの輪に交じり、皆と同じようにシャナンやオイフェの気を引きたかった。他愛ないことを話し、頭を撫でられたい。ほんの少し前まではそうしていたが、あることを思ってからは素直に手を伸ばすことは躊躇われている。
彼らに両親がいない理由は、己の親と共に戦ったからであるとセリスは知っている。自分の親のせいかも知れないと思うとシャナンやオイフェとの時間を邪魔してはいけない気がした。
ただでさえ自分はオイフェには軍略や上に立つものとしての指導を受けて人より多く彼らと接しているのだ。たとえそれが遊びでなくとも、時間を共有していることには変わりがない。
シャナンとの剣の稽古は他の友人も一緒だが、やはり立場のせいか己のとなりにいることが多い。

勉強以外で自分も彼らのように二人と遊んでみたい。
しかしセリスはいつだって本心を隠して誘いを断っていた。
自分との時間を誰かに分けてほしい。それは本心であったが、告げた後はいつだって苦いものが込み上げてきて、他の子供たちと遊んでいる姿を見れば勝手だと思いつつも疎外感を味わった。

セリスは溜め息を吐いて一人隠れ家へと戻っていた。
己個人に与えられている執務室、今はもっぱら勉強用の部屋に入り、大きな机に俯せた。
なんだかとても寂しい気持ちだった。
父や母が恋しくなるのはいつだってこういうときだった。しかしまだほんの幼い頃にそう言ったときの二人の表情が忘れられず、以来セリスは二度とそれを口にはしていない。


「父上……」


父であるシグルドがどのような人物で、どのような最期を遂げたのかをセリスは聞いていた。父を誇りに思うと同時に、そんな父を死に追いやったアルヴィスがとても憎いものに思えた。だからオイフェやシャナンあ指導するままに力をつけ、父の無念を晴らすのはセリス自身の願いでもあった。
しかし時折、生まれながらについていた立場が重いと感じるときがある。
ただ父親の仇を討つだけではなく、この身には指揮官としての責任が纏っていた。幼い頃は同じように親がいない友人たちと何が違うのかわからなかったが、成長してややするとその意味がわかってきつつある。
仲間達を危険な目に合わせないためにも、自分がしっかりしていなければならない。弱いなどあってはいけない。
しかし皆の期待や羨望に応えられる能力が自分にはあるのだろうか。
今だってたかがシャンヤオイフェを独占できないというだけでこんなにも気が滅入っているというのに。

じわりと滲む涙もそのままに、セリスはそのまま寝入ってしまった。






ゆっくりと頬をなぞる感覚にぼんやりと目蓋を開く。それはゆったりと目尻を伝い、顎先までをなぞっていた。
ぼやけていた視界がクリアになるとそれを与えていたのがシャナンだと分かり、慌ててまだ湿っていた睫毛から水分を拭う。泣いていたことを知られるのは抵抗があった。


「どうしたセリス。悪い夢でも見たのか?」


しかし涙の後をなぞっていたシャナンが気づかないわけがない。
涙の理由を問いかけられ、セリスは言葉に詰まった。情けないと自覚ある理由を話すことは出来ない。第一言葉にしようともこの複雑な気持ちをどう表わしていいのか分からない。
しかしシャナンを困らせることだけはしたくなかった。
それでも焦るのが悪いのか、咄嗟の理由も思い浮かばず、焦れば焦るほど言葉は出なかった。


「本当にどうした。勉強でもないのにこんなところに一人でいて。皆お前を探していたぞ」


セリスをなだめるように頭に手を置かれると、そうしたくなくとも涙があふれてきてしまった。
それにシャナンも驚いたようで、セリスの前にひざまずいてその顔をのぞき込む。


「具合でも悪いのか? それとも誰かに何かされたのか?」


泣き顔を見られるのが嫌で顔を背けるが、シャナンはそれを許さなかった。小さな頬を両手でそっと包み、目と目を合わせて返答を求める。
シャナンの目が弱い自分を責めているように思え、セリスはそれすら視界に入れまいと固く目を瞑った。その表紙にまた涙が流れ、頬と、そしてシャナンの手を濡らした。


「セリス」


促されると、余計に涙は止まらなかった。目を閉じていても次から次へと溢れ、次第に嗚咽も混じってくる。疎まれたくないのに、シャナンの時間を無駄にしたくないのにこんなことしか出来ない自分が嫌になった。
醜い自分を見せたくないと、セリスはシャナンの手を引き剥がそうとするが、子供の力が手練の剣士にかなうはずも無い。癇癪を起こして泣き叫びたい気持ちになったとき、強張る体はあたたかいものに包まれた。


「どうして泣く。何があったんだ。私が嫌なのか?」


違う、と首を横に振る。


「ならどうしてだ。どうしてお前はこんなに悲しげに、一人で泣く」


悲しげというシャナンこそ悲しい声音でセリスをきつく抱きしめた。久しぶりだという感覚と体温が寂しい心にはとても染み、それまで意地のように張っていた「上に立つもの」としての矜持はあえなく萎えた。
セリスは思い切りシャナンにしがみつく。


「だ、だって、僕は強くなくちゃいけないって、わかってるけど、でも、僕だってシャナンやオイフェと遊びたくて。でも、でもつらく、て寂しくて……。駄目なのに、駄目なのに」


もっとこうされたい、と更にしがみ付くと、てっきり呆られると思っていたシャナンがセリスの頭をそっと撫でた。脈絡の無い、文章になっていないような言葉だが、それでもシャナンは大筋を理解してくれたようだった。


「……セリスは我慢をしていたのか?」
「だって、父上のためにみんなの父上や母上が死んじゃったのなら、僕は我慢しなきゃいけないと思ったんだ」
「セリス……」


涙混じりに思いを伝えると、信じられないとでもいうようなシャナンが自分の名前を呼んだ。
やはり叱責されるのだろうかと首をすくめると、体に回されていた腕が苦しいほどにセリスを抱きしめた。


「私は何を見ていたんだ」
「シャナン……?」
「こんな小さなお前の心も計れず、一人でこんな風に泣かせて」


すまない、と奥歯を噛むように告げられ、セリスは戸惑った。
謝らなければいけないのは弱い自分であり、シャナンは何一つ悪いことなどしていない。しかしそれを言うと更にシャナンはつらそうになった。それが嫌でセリスは必死にシャナンを抱きしめ、普段彼がするように背をやさしく撫でる。


「ごめんなさいシャナン。だからそんな顔しないで」
「謝るな、お前は謝るなセリス。悪いのは私たちだ。お前の言葉を鵜呑みにしてその本心を計れなかった私のせいだ」
「でも」


シャナンがつらいのは嫌だと縋ると、彼は少しセリスの体を離し、顔が向かい合うように体勢を変える。


「いいかセリス。確かにお前は将来人の上に立つ人間だが、そんな我慢はするな。甘えたいのなら甘え、何か思い悩むような事があるならそれを伝えてくれ。ずっとそれでいいとは言わないが、少なくとも今はその時ではない。今のお前に必要なのは我慢ではなくて安らぎだ」
「……僕も、みんなと同じようにシャナンやオイフェに甘えていいの?」
「ああ。私もオイフェもそれが嬉しい」
「本当?」
「そうだ、セリスに鬱陶しく思われているのだろうかと二人でしょげていたんだからな」
「シャナンっ」


抑えなくてもいいのだと言われ、たまらずにわあと声を上げてシャナンにしがみついた。今まで寂しかった分を込め、力いっぱいにシャナンに抱きつき、これまでのつらい心境を伝えた。
ずっとこうされたかったのにできなかったこと、二人に失望されるのが嫌で何もいえなかったこと、それらがとてもつらかったこと。耳元で引っかかりながらも伝えるとシャナンはゆったりと頭を撫でてくれた。


「―――よく今まで耐えたな、えらいぞセリス。でも」
「……うん、これからはちゃんと伝える」


嫌がられないとわかったのなら、もう我慢する必要は無い。よく言えた、と背を撫でられるとその心地よさに泣いたこともあってまどろみが強くなる。シャナンのぬくもりとゆったり動く感触に抗うことは難しく、そう間を置かないうちにセリスはそのまま眠ってしまった。
それに気付いたシャナンが苦笑しながら小さな体をやさしく抱きあげる。しかし首に回されていたセリスの手は眠っていても離れることは無く、愛しい思いを感じながら傍にある頭に頬を寄せる。
涙で濡れている頬を起こさないように拭い、さてどうするかと思い悩んだ時だった。


「シャナン」


セリスを探しに行ったきりなかなか戻ってこないシャナンを不思議に思ったオイフェがいた。
呼ぶ声が小さめなのは瞬時にこの状況を判断したせいであろう。シャナンの腕の中で眠るセリスを見て微かに眉をしかめた。


「泣いておられたのですか」
「ああ、セリスなりに自分の立場を考えていたようだ。このごろ私たちの傍にいなかったのも、皆に親がいないことを自分の責任のように感じて甘えたいのを我慢していたらしい。……辛かったんだろう、一人で泣きながら寝ていた」
「……そうですか」


オイフェは痛ましげな表情になり、シャナンの腕で眠るセリスの髪に触れる。目尻が赤く染まっていることに心が痛み、オイフェもまたそれを察知してやれなかった己を責めた。


「不思議だな、私たちは一度もそのようなことを強要したことはないのに。やはりあの方の血が流れているのだろう、胸が痛くなるようなやさしさを持っている」
「まだ小さいと思ってもこの子は君主を備えていますよ。……この小さな体から学ぶことは沢山です」


大切なものを大切にしすぎると性格に判断が出来なくなる。こんな幼い体でも思考はいくらでも大人ぶれる。子供だと思っていても時折どきりとさせられるような行動を取る。それに気付いた時、彼らを導いているようで自分たちが彼らに導かれているのだと思い知らされる。
腕の中の何よりも愛しい寝息に癒されながら、もうこの顔が曇ることは無いようにと、二人は頷き合った。










セリス年齢一桁ぐらい。超捏造。超妄想。エーディンはどう扱ったらよいのでしょうか。そもそも、孤児院組とセリス組とかに分けられてたらどうしよう。

でも絶対セリスは特別扱いで育ってると思います。幼馴染からして様付けだし。きっと寂しかったぞセリス。

次があるなら子供時代でほのぼのしたのやってみたいなぁ。

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