abyss ss






正直に言わなくてもなんでも、とにかくアッシュからの通信は頭が痛い。
この、経験したものにしかわからないであろう痛みは非常に厄介で、アッシュから回線が繋げられるたびにルークは悶えていた。
だがそれでもアッシュから連絡が来るのは何よりも嬉しい事なので、アッシュ本人に「回線つなぐのはやめてくれ」と言えるはずもなく、日々その痛みに耐え続けている。
しかし、やはり思わないでもないのだ。

どうにかしてこの痛みが緩和しないか、と。

とりあえず考えられることの全てを試したが、やはり己一人では無理なようで成功した試しはない。どんなに意識を逸らそうとしても痛いものは痛い。

そこでルークは少し視点をずらしてみた。痛みがあるということは変えられないが、それが逸らされるような何かをぶつけてみればいいのではないかと。


(例えばアッシュに撫でられながらとか)


馬鹿らしいと即座に思い、しかし待てよと追い出した思考を引きずり戻す。
アッシュに撫でられている時、いつも感覚が麻痺したようにぽーっとしてしまう。これを頭痛にぶつけてみればもしかするともしかするかもしれない。
しばらくその場で考え込み、やがてルークは決意したように顔を上げた。





■■■





アッシュは半目半口になってルークを見た。いつものように馬鹿も屑も言わないで、ただルークのことをおかしな生き物のように眺めている。居たたまれなさを、咳一つでごまかす。


「ほら、実験だよ実験。これで回避されるならなんかすごいだろ?」
「すごいも何も、ただ気持ち悪い」


言い切ったアッシュにルークは言葉を詰まらせた。十分馬鹿なことを言っている自覚はある。
頭痛が薄れるかもしれないので己を撫でながら回線を繋いでみて欲しい、との頼みごとはアッシュからすればさぞかし理解不能なことであろう。もし本当に痛みが和らぐのならそれこそ気味が悪いに違いない。
しかし一度思いついたらどうしても気になった。


「大体そんなことで頭痛が回避されても、結局は意味ねえだろ馬鹿」


確かにアッシュから通信が入るということは彼がルークと離れているから起こることであり、その時に頭痛を回避しようとしても当然アッシュは遠くの地だ。
駄目だろうかと縋ると、アッシュは溜め息をついた。これはやってられないという意味と了承のどちらだろうと判断しかねていると、不安げな頬を片方抓られる。


「……一回だけだぞ。こんなアホなこと何度もやってられるか」


迷惑そうな顔が放った言葉に顔を輝かせ、ルークは思い切り頷いた。
では早速ということで、なんだか無性に照れながらアッシュの行動を待つ。行動を起こすアッシュのほうが照れるのか、彼もなんともいえない表情をしていた。このままでは羞恥の連鎖を引き起こすので目を閉じることにする。

そろそろとアッシュの手が髪に触れると、ルークの心臓も跳ねた。そしてぎこちなく掌が頭の形をなぞるように這わされると、ぽーっとなるどころかどきどきがうるさくて仕方が無かった。
それでもアッシュからぎこちなさが消えるような頃になると、感覚に慣れたのかルークのほうも普段の落ち着きを取り戻していく。強張っていた体からも力が抜け、自然にアッシュの腰に手が伸びる。それを合図のように、いつもの感覚がルークの頭を刺して来た。


(―――っ! やっぱり痛ええええ!!)


例えアッシュに撫でられてうっとりしていても、この痛みが来てしまえば一気にそれどころではなくなった。
アッシュもルークの様子に気付いたのか「そらみろ」と頭に直接言葉を送り込んできた。
しかしまだだとルークは耐え、アッシュにもっとと催促をする。


―――何がもっとだ。これ以上やっても変わるわけねえだろうが。大体こんなことで変わるほうがどうかしているぞ
「わ、わからないだろ! きっとアッシュに心がこもってないから相殺されないんだよ!」


ほらほら、と痛みに耐えながらアッシュを見ると、一度頭痛の頭にアイアンクローを受けた後で、今度は空いた手をこちらの背に回すというサービスを施された。予想以上のことに目を輝かせながら、ルークも今まで以上にアッシュにしがみつく。
しかしどうにも痛みは改善されないようであった。集中が足りないのだろうかと、頭痛はなるべく気にしないようにしながら全神経をアッシュから与えられる感覚だけに向かわせる。


(駄目だ、痛え!)


それでも痛みが和らぐことは無く、ずっとルークを刺激続けていた。
やはりこの痛みはどうにもならないのだろうかと諦めかけた時、少し体を引き剥がしたルークの目にアッシュの顔が見えた。
そうだ、撫でられるのも確かに呆けるが、それ以上に自分をとろかせる行為があった。
そこに照れはなかった。背にすがり付いていた腕を首に回し、アッシュの唇をめがけて顔を近づける。


―――! お前っ!
(頼む、乗ってくれ!)


口を塞いでいるので強く念じるだけだったが、それが通じたのかはわからないがアッシュはややあった後、必死にしがみ付いてくるルークを傍の木に押し付けた。
そして早く、と待ち望んでいるルークの唇を割り、彼が希望する感覚を与えてやる。
欲していたものにルークは普段からは考えられないほどアッシュに応え、痛みからなのか、それともこの行為からなのかくぐもった声を漏らす。

しかしどうにも痛みは取れなかった。アッシュとの行為に浸りたいのに、痛みが邪魔をしてそれが出来ない。
次第に頭痛と快感とが混ざったようなおかしな感覚に陥り始め、頭が体と引き離されたように麻痺していく。だが連続する痛みによって麻痺した感覚は、呆けるどころか苦しいものでしかなかった。
痛みともどかしさから涙が滲むようだったがそれでもルークはアッシュとの離れ難さに必死に耐えた。
きっとそれが悪かったのだろう。


「―――おいっ!」


がくりとルークの体から一切の力が抜け、その場にへたり込んでしまった。
意識はあるがアッシュの声が遠くで聞こえる。これは、もしかして頭がぶっ飛んでしまったのだろうかとぼんやりと思う。


(愛が痛みに負けた……)


どこかまだ痺れるような痛みの名残を頭に置きながら、ルークは忌々しい思いで眠るように意識を閉じた。
頭痛との戦い結果は、見事な黒星だった。















回線の定義がいまいちわからない。

回線繋ぐ=ルークの感覚がアッシュにも繋がってたら、いやらしい行為が出来ないなぁ。
>>戻る