FE聖戦 ss






「俺の母上はシグルドをうらみ続けて死んだ……おまえにはその悔しさがわかるか!」


悲痛ともいえるその憤りを聞けば、それがたとえ彼の誤解であろうとセリスの胸は痛んだ。
父の親友であったエルトシャンの息子と出会えたことは己にとっては喜ばしいことであったが、アレスはセリスを見るなり鋭い眼光を持ってその強烈な敵意を向けてきた。

オイフェやシャナンから聞いた悲しい戦い。

父と、その親友であるエルトシャンの気持ちを思えば胸が重苦しくなり、改めて戦争のむなしさを胸に刻みつけるような戦いだった。誰が悪いというものでもない。エルトシャンは忠誠と騎士道を、シグルドは守るべきものを守って剣を取った。そこに互いに対する恨みや憎しみは何一つない、騎士の戦いだったとセリスは聞いていた。

しかし戦乱の最中に病床の母と共にエルトシャンと離されたアレスは違っていた。
エルトシャンの妻は夫をその様な状況に追い込んだシグルドを恨み、そしてアレスはその母の言葉を受けて成長してきた。唯一の肉親であった母親を亡くせばその悲しみと孤独に更にシグルドへの恨みを募らせ、父と母の仇を、そして自分の悲しみを晴らすのだと、彼はその思いを表したような黒衣を身に纏い復讐に燃えた。
シグルドがいなくなればその怒りの矛先は彼の息子であるセリスに向けられる。子であろうが怨恨が薄れることはなく、セリスを初めて目にしたアレスの表情には確かに殺意があった。
この軍にとどまればいつかは誤解が解けるだろうとその場は収めたが、父が憎まれていることはずっとセリスの中に重く留まった。


「セリス」


呼ばれて顔を上げると、シャナンがこちらを見つめていた。
その何もかもを見透かすような黒い彼の瞳に、気取られないように焦りを隠す。


「すまない、少し考え事をしていた」


今考えていたことを表に出さないように勤めて普段通りを装う。いくら差し迫った状況ではないにしろ、ただでさえ気を張る戦場でいらぬ心配をかけるのは嫌だった。
しかしシャナンはそんなセリスに溜め息をつくと、何も言わず腕をとって天幕から連れ出していく。あまり彼らしからぬ行動に戸惑いを感じたが、言葉をかけても歩みは止まらなかった。
軍の指揮者が仲間から離れて行動するのは危険だったが、誰もがセリスの隣にいるシャナンを見て気をつけろという言葉だけに留まる。バルムンクを手に入れた彼ほど、セリスを守護するに相応しいものはないという判断だろう。
そして駐屯地からそう離れていない、人気のない林でシャナンの歩みは止まった。
どうしたのだろうとセリスが顔を見上げると、途端に体を強く抱かれた。


「……シャナン?」
「無理をするな。隠しているつもりかもしれないが全部顔に出ている」


そうだったのかと、セリスは少しばかり顔をゆがめた。心配をかけないようにと繕ったというのに、それが現れてしまうことほど抜けたことはない。
きっとシャナンはそんな自分を見て心配してくれたのだろう。抱きしめる腕と体温をありがたく思いながらセリスは己の腕をそっと背に回す。
気付かれていたのなら隠すことはしないと、セリスは今自分が感じている心境をぽつりと語りだした。


「……誤解だってわかってるんだけどね、でもやっぱり父上が憎まれるのはつらいんだ。僕が憎まれているのもつらいけど、でも父上が、エルトシャン王の子に恨まれているのが一番悲しい」


シャナンは言葉を挟まず、セリスの言葉を促すように背を撫でていた。


「アレスのこともだけど、王妃も……。アレスはこれから先誤解を解く事は出来るかもしれないけど、もういなくなった人には何も出来ない。彼らだけじゃなく、そういう風に思っている人はきっとアグストリアにはいっぱいいるんだろう。それは仕方がないことだし、自分たちだけが真実を知っていればいいんだとわかってはいるんだけどね、でも……切ないんだ」


ぎゅ、と縋りつくようにシャナンの背に回した手を握る。それを宥めるようにセリスの頭にシャナンの顔が摺り寄せられ、その優しさに救われながら、セリスは顔を上げた。


「ねえシャナン。父上は立派だったんだよね」
「ああ、お前の父ほどの男はそういない。儀に厚く、それでいて勇猛さは失わない、幼心にも立派な指揮官だった」
「間違っていないよね、僕。身内贔屓な感情でアレスに間違った事実を押し付けてるんじゃないよね。……そうじゃないかって思うと、たまらなく不安なる」


伝聞でしか父の情報を知り得ない今では、セリスはその情報が全てだった。
あの戦いは何一つ自分で見聞きしていない。シャナンやオイフェ達の言うことを疑うわけではないが、まったくの第三者からの視点ではどうなのだろうと不安になったりもする。
思わず顔を俯けると、シャナンの手が両頬に添えられ、彼と目が合うように持ち上げられた。


「お前がシグルド殿を信じなくてどうする。いいかセリス、彼が間違った人間であったらこの軍は成り立っていない。あの方だからこそ皆は集まって、つらい境地なのにもかかわらず共に戦ったんだ」
「シャナン……」
「セリスの目に映る私やオイフェはどうだ。正義に反するような間違った男に見えるか」
「そんな! そんなこと思うわけがない! シャナンもオイフェも僕が目指すような人間だ」


今セリスが知りうる中で最も人格者なのがシャナンとオイフェの二人だった。
セリスは物心つく前からこの二人に生きることやその他のすべてのことを学び、そして憧憬をもって尊敬してきたのだ。
必死に首を振ると、微かにシャナンの目元が緩む。


「私たちは当時を知り、そしてシグルド殿の意思を汲んでここにいる。それだけでは判断材料にならないか?」
「………」
「―――彼は最高の指導者だった」


微かな笑みと共に告げられた言葉はセリスの琴線に触れた。思わず溢れてしまいそうになる涙を堪えて、シャナンの背に縋りつく。
父を疑ったわけではないが、それを断定してくれる誰かの言葉が欲しかった。思い違いではない、シグルドは誇れる人物だったのだと、軽い一言でもいい、後押しが欲しかった。
他のものであったのならセリスの立場からシグルドの人柄を大げさに伝える可能性はあったが、相手はシャナンだ。嘘を嫌う彼がいくら自分を気遣うからといって事実を捻じ曲げるようなことはしないはずだ。そう思うと胸の重みも消え、体の力も抜ける。
ありがとうとくぐもった声で答え、セリスははにかみながらシャナンの胸に顔を預ける。


「すまない弱気になって。なんだか、いつだって僕はシャナンの前では子供みたいだな」
「それでいい。俺の前で気を張る必要はない。お前に気を許されているとわかるのは気分がいいものだしな」
「……本当に?」
「小さな頃から知っているものに虚勢を張られると寂しいだろう」


子ども扱いだと思ったが、それでも構わない気がした。生まれた時からシャナンは自分を見ていたのだ、きっとずっと彼の中では己は子供のようなのであろう。不満じゃないかといえばそうでもないが、彼の目に留まるなら何だっていい気がした。
撫で付けられる頭の感触に少し気恥ずかしいと思いつつ、やっぱり嬉しくて笑みを零す。
アレスのことも、この戦いのことも不安だったが、彼がこうやって傍にいてくれるなら躊躇わずに前に進めると、セリスは心の中で父に誓った。









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