「くああああ、むっかつく!!」 とある昼下がり。アッシュとの口論を過熱させたルークの我慢は、重ねられる言葉の矢に耐え切れず、膨らんだ風船のように破裂してしまった。 「もういい! アッシュの馬鹿馬鹿野郎!」 間近で睨んでいた顔をぷいと背け、ルークは傍で傍観していたガイの元へと足を進める。 そして苦笑しているガイの横に並ぶと、その体にしがみ付いてアッシュを見遣った。 アッシュはガイが好きだ。だからせいぜいこの図を見て悔しがればいいと思ったのだ。 しかしアッシュはそんなルークの稚拙な行動にぴくりと眉を動かしたものの、すぐに嘲笑を浮かべて歩き出す。 間もなくその足先がナタリアに向かっているとわかり、ルークはしまったと盛大に舌打ちをした。 ナタリアと仲良くするアッシュに嫉妬するのではない。その逆で、アッシュに視線を向けられる彼女が羨ましくてたまらなくなるのだ。 アッシュはそれをわかっていてやっている。 すぐにでも追い掛けて引きずり戻したくなったが、先の言い合いを思い出すと足は動かなかった。 自分だってプライドぐらいある。むしろ昔は山だった。 先程のアッシュの嘲笑を思い出すと自分から折れることは出来ず、ルークはますますガイにしがみついた。 ■■■ ルークは相変わらずガイにしがみついていた。 少し離れた向かいにはナタリアと話し込んでいるアッシュがいる。 距離はあるが、お互い向かい合っているので、相手がどんな状況でいるのかは視界に入る。 ルークがガイに擦り寄れば、お返しとばかりにアッシュはナタリアの肩に触れたりする。それが悔しくて更にガイに甘えるという、状況はまさに泥沼だった。 「ガイ、悪いけどちょっと頭撫でてくれ」 「はいはい」 思い通りによしよしと頭を撫でられると、それを見せ付けるようにアッシュを見てやる。 しかしアッシュは顔色を変えることなく、ナタリアに普段よりも柔らかい表情を見せている。赤いナタリアの顔が更にルークの嫉妬を煽って、この我慢比べは自分に不利すぎることを理解した。 「うあああむかつくむかつく! ガイー、俺今回ばかりは負けたくねえよ」 「って言ってもなあ……」 何かいい方法はないかとガイを見上げても、ガイは困ったような表情を見せるばかりだった。 「あると言えばあるような……」 「あるならなんでもいいから!」 「でも俺的には使いたくないんだよなー……」 「いいから! 俺このままじゃ今日は絶対寝れない!」 だから頼む、と必死に食い下がると、ガイはしばしうーんと唸った後、ルークとアッシュをちらりと見て溜め息をついた。 「……わかった。ちょっと来い」 そう言ってガイに連れられて来たのが、数歩のところで愉快そうに笑っているジェイドのところだった。 「説明はいらないよな、旦那。ひっじょーに気は進まないが、ルークの願いを叶えてやってくれ」 「おもしろそうなので構いませんが、後から剣を抜くというのは御免被りますよ」 「ただし! 前みたいなのは無しだからな」 「それは残念」 少しも残念そうではなく、むしろ愉しそうなジェイドにガイは複雑そうな表情を見せたが、ややあってルークの背を押した。 甘え作戦はアッシュがガイを好きだからこそ意味があるというのに、好意どころか天敵に近いようなジェイド相手では効果もなにもないだろう。そう思って首を傾げるが、しばらくルークを見た後、「あいつに甲斐性がないのか、お前が自信なさすぎなのか……」とガイは溜め息をつくだけだった。 「まあともかく、ここからが本当の我慢比べになるだろ」 「ではやりますか」 「……ほどほどだぞ」 そして、その言葉が合図のようにジェイドが動いてルークの体を持ち上げた。 それまでぼんやりと頭上のやり取りを見ているだけだったルークは何事だと体を強張らせ、そして叫んだ。 「じぇ、ジェイド!?」 「ああうるさい。耳元で喚かないで下さい」 「な、な、何だこれ!」 「だから喚くなと。その口塞ぎますよ」 その言葉に反応したのはガイだったが、そもそもルークには誰の言葉も耳に入っていなかった。 今ルークの体はジェイドによって横抱きにされている。 怪我をしているわけでも、ましてや女子供でもあるまいにとルークはじたばたもがいた。 「大人しくしなさい。アッシュを悔しがらせたいんじゃないんですか」 その言葉には弱かった。 非常に恥ずかしい体勢だが、ジェイドが言うならこうやっていればアッシュは奥歯を噛むのだろう。そうならばいくら落ち着かない体勢だとしても耐えるしかない。 しかし本当に効果はあるのだろうか。自信がなさそうにアッシュの様子を窺い見ると、驚いたことになんとアッシュはジェイドが言うように渋い表情で眉間に皺を寄せていた。 手応えが嬉しくて一気にテンションが上がり、心もとないルークの顔が一変して輝き出す。 「ルーク。アッシュをもっと悔しがらせたくはありませんか」 「え、そりゃあもちろん!」 「では私の首に腕を回して下さい」 「は?」 「ほら早く」 流石にこれはないだろうと思ってガイの意見を求めたが、ガイは自分以上に悩む顔でうなだれていた。どうするか迷ったが、そのまま手だけで行け行けと合図されたので、恥ずかしいが仕方なくジェイドに手を伸ばす。 そろそろと躊躇いがちにジェイドの肩に手を置いたが、「首と言ったでしょう」と叱られた。 なんだかなーと思いつつ、恥ずかしいと思うから尚更恥ずかしいのだと、思い切って茶色の髪ごと首にしがみつく。わけもなく喚きたくなったが必死で堪えた。 しかしそうすると体勢的にアッシュの反応が見えなくなることに気がつき、もそもそとジェイドに問い掛ける。肝心なのはそこだ。 「な、アッシュどうなってる」 「そうですねえ。残念ながらこちらに興味は無くしたようですよ」 本当は無くすどころかぎらぎらとこちらを睨み付けていたが、ジェイドは笑顔で嘯いた。 もちろんそれはアッシュを背にしているルークにはわからない。 「こちらを見ようともせずにナタリアと楽しく話しているようですね」 「あんにゃろ……!」 こんな恥ずかしい真似をしているというのにふりだしに戻ってしまったのかと、羞恥の分だけくそうという気持ちが強くなる。 知らずに腕に力がこもった。 「降参しますか」 「まさか!」 「ではもう少し顔をこちらに」 ガイがおいと呼び止める声がしたが、今のルークはアッシュを負かすことが何よりも優先事項だった。 言われるままジェイドに顔を近づけると、にこりと笑った顔がルークの首筋へと下りる。 そして彼は襟を避け、隠れていたそこをぺろりとひと舐めした。 「うっひょう!」 「……なんとまあ青い反応で」 「ちょ、やりすぎだろ旦那! ああもういいルーク下りろ!」 咄嗟に反応したのはガイで、このままだと危惧していたようにルークにキスでもしかねないとジェイドの肩を揺さぶるが、おもしろがり屋は笑ってそれを流した。 ルークも思いもよらない出来事に再度じたばたと暴れ出すが、そんな抵抗をものともせずにジェイドは竦む肩から顔を離さない。 確か以前はこれでアッシュに怒られたはずである。しかし抱き上げられていては遠ざかることも出来ずに「うひゃあ!」だの「うひっ」だの言うばかりである。 ガイが止めるのにも聞かず、ジェイドはある一点を見つめながら、殊更見せ付けるように舌を出してルークの耳を舐め上げる。 (なんだなんだなんだー!) もはやアッシュは関係なく、ルークはとにかくジェイドから逃れようと肩をばしばし叩いたり手をつっぱねるが効果はさほどなかった。 後が怖くて絶対嫌だが、これはジェイドを殴るしかないのだろうかと究極の選択を迫られていると、ふとものすごい力に引き寄せられて思考が飛ぶ。 「ふざけた真似してんじゃねえよこの屑どもがっ」 思いもよらない怒声に固く瞑っていた目を開くと、ジェイドではなくアッシュのとても怒った顔があった。 なぜと考える最中に今の状況を把握したルークは思い切り顔を赤く染める。 ジェイドに抱かれていた体が、今はアッシュに抱き上げられている。 周囲にはにやけたジェイドと視線を反らすガイがいたが視界に入らず、呆然とするルークを抱えたままアッシュはずかずかと歩き出した。 「ちょちょちょ、アッシュ!?」 「お前は死ね。本気で一回死ね」 「死ねって……あ、だから今こうやってどこかへ落とされにでもいくわけ?」 「―――その馬鹿な口塞がないと投げるぞ」 「……はい」 どうやら死に場所に連れて行くために抱き上げられているわけではなさそうだ。 もしかするとアッシュの表情からして、本来の「アッシュを悔しがらせる」という作戦はうまくいったのだろうか。強引に自分を引き寄せるほど、少しは嫉妬して。アッシュがジェイドに好意をもっているということはありえないので、消去法から考えると嫉妬の矛先は自分ではなくジェイドということになるが、そう思っていいのだろうか。 多分そうだろうと思うと、乱暴な浮遊感の中でジェイドとはまた違った気恥ずかしさがルークを襲う。 いつもとは違う下から覗き見たアッシュの悔しそうな顔がまたなんとも言えず、このままだと心臓に悪いので慌ててルークは揺れる己の足先に目をやった。 もはや言い争いのわだかまりは形もない。 「なあ、重くないのか?」 「重いにきまってるだろ」 「えーと……やっぱ怒ってる?」 「同じ事をナタリアにしてやろうか」 ぶんぶんと首を横に振り、絶対嫌だと訴える。 そしてその様子を想像して起こるもやもやと同じぐらいのものをアッシュは今感じているのだろうかと思うと、申し訳ないような、そしてその倍は嬉しい気持ちになった。 自然と手はアッシュの首に伸び、思いのたけを込めてぎゅうとしがみつく。アッシュは鼻をならしたが、まんざらでもないのか衝撃を抑えてルークを抱え直した。足取りも穏やかなようだ。歩むたびに起こる揺れが心地よい。 全てが夢のようで、付属して湧き上がる照れを隠すようにアッシュに囁く。 「今回は俺の勝ちだよな」 しかしそれがアッシュにはたいそうお気に召さなかったようで、それまでの夢心地から一転、痛みを伴う衝撃がルークの臀部を襲った。 「調子に乗るなよ屑が」 そう言って再び歩き出してしまうアッシュに、落とされたルークは痛みも忘れ慌ててその背を追う。どうやら今回も扱い方を間違えてしまったらしい。 ごめんてアッシュー、という間の抜けた声を遠くに聞きながら、残されたメンバーはやれやれと溜め息を零していた。 日記の姫抱き企画(本編でルークがしたからじゃあ今度はアッシュが、なノリ)を実行。 なんかもう最近全部話は繋がっててもいいんじゃないかと思ってます。 |