「うわっ、雨!」 急に降り出した雨に、ルークはアッシュと会っていて温くなっていた頭を覚醒させられた。 わたわたと焦りながら対処を考えるが、出掛ける前から雲行きが怪しかったのならばともかく、ほんの少し前までは日が出ていたので何も手持ちがない。 それでも薄暗くなっていく空に雨の予感はあったのだが、アッシュと会ってまだそう時間も経っておらず、切り上げて街へ戻るには未練が強すぎた。 とりあえずの凌ぎにはなるだろうと大きな木の根元に避難するが、木に葉はあまりなく、ほんの慰め程度しか回避出来ていない。 こうなったら無理やりにでもアッシュを伴って街へ戻ろうかと考えて振り向くと、何をしているのか彼は随分と離れた場所でしゃがみこんでいた。 何をしているんだろうともどかしい気持ちになったが、アッシュはすぐに立ち上がってこちらに向かって駆け出した。帰ってしまうかもしれないという不安が過ぎったルークはほっと息をつき、しかし戻ってくる彼が手にしているものを見て怪訝そうに眉をひそめた。 「何だそれ」 「天幕の名残だろ。いつだかここで戦があったからな」 そう言ってアッシュは固い布のようなものを広げ、頭からそれを被った。なるほど、元が天幕なら雨も漏れる心配はないだろう。最近のものとはいえやはり少々どころかとても汚れてはいるが、この際文句は言っていられない。 お邪魔します、と自分もアッシュのように布地の下にもぐりこみ、難を逃れる。 入ってみると、意外にも中側はあまり汚れてはいなかった。どうやら土が付いているのは外側の部分だけで、中はもともとの色をしているようだ。 それを告げると、ましな部分を選んできたとアッシュは言った。 「しっかし止まないなー……」 通り雨だとは思うのだが、雨足は弱ることなく、むしろ強くなっていくように思えた。布を弾く音がよりいっそうそれを実感させる。 とんだ災難だったが、しかしルークはこの状況を楽しんでいた。 そう大きくない布の下で完全に雨を凌ごうと思えば寄り添うほかはなく、二人の肩はぴたりとくっついている。 体を縮こませているので密着度も高く感じられ、更にこの強い雨が自分たちの周囲を囲んでいるようでなんだか嬉しかった。布を弾く音は純粋におもしろいと感じられるし、まさにルークには降ってわいたような幸運である。 「なあ、これ止まなかったらどうする?」 小降りになったかと思えばまた強くなったりを繰り返す雨を見ながらぽつりと零す。 問い掛けておきながら、たとえ別れの時間を越えても降り続いたとしても、二人でこのまま街へ行き、ルークを置いたらアッシュ一人がこれを纏って彼の場所へ戻ればいいことなのだとはわかっていた。 それでもなんとなくアッシュの言葉が聞きたくて、ルークは傍にある顔を見つめる。 「止むまでここにいればいいだろう」 てっきりどうもしないというようなそっけない言葉を返されるものと思っていたが、そうではなかった。 この雨が一過性のものだとわかっているからこその発言なのか、本当にずっと止まなくてもの発言なのかはわからないが、ルークはえへへと笑ってよりアッシュに引っ付いた。 普段なら振り払われるものも暴れれば布がずれるためか、アッシュが身じろぐようなことはなかった。 少し肌寒さも感じないわけではなかったので、ここぞとばかりにアッシュに擦り寄り、グローブに邪魔をされながらもほんの微かな暖を取る。 雨は不思議だった。その音を聞いていると会話が途切れ、ついつい無言になってしまう。 しかし気まずいというわけでもなく、どこか心地よい気分で天幕を伝って落ちる水滴を眺めやっていた。布に当たる雨音はぼたぼたと大きくて耳にも響くのだが、馴染ませてしまえば意識に入ることもなかった。 聞こえるのは雨の降り注ぐ音がほとんどで、あとは互いの微かな息遣いだけだった。こうしていると周囲からは切り離され、世界にはアッシュしかいないとさえ思えてくる。 ふと顔を向けると、アッシュもそれに気付いて視線が絡んだ。一旦は逸らしてしまったが、もう一度見るとやはり目が合った。 あとはもう、体が勝手に動いた。 アッシュの唇は普段別れ際に落とされるものよりも少しだけ性急だった。 ルークもなぜだか今回はやけに気が昂ぶって、アッシュの顔を押す勢いで唇を押し付ける。背が震えるような感覚を宥めるようにアッシュの手に撫でられれば荒い息が漏れた。 何がそうさせたのかはわからない。 気付けばアッシュの片足を跨ぐような体勢になっており、足の片方は雨よけの範囲より外に出てしとどにルークの足を濡らしていた。 そんなことは気にもならず、これほどの雨というのにルークにはその音さえ聞こえていなかった。感じるのはアッシュだけ。空気が冷えている分、余計にその体温を感じられる。 いくら求めても欲求が治まることはなく、急くような感情を両腕に込めて縋るようにアッシュの背に回す。 降り止まない雨に囲まれて、世界は唯一互いのみ。 ずっと止まなければいいのにと、それだけを思った。 で、正気かえってまともに顔見れない二人になると。 |