ラビッシュ ss






寒さを強く感じるようになった頃。ケイレーズの森にも紅葉がやってきた。
人の手が入らないこの森は太陽の光を受け入れるままに枝は育ち、たくさんの葉をつけ、夏は青々と、そして季節が変わった今は赤や黄色に色を染めている。
その落ち葉を自然のクッションとして、アルフレッドとテリュースはいた。

迷いの森と伝えられているおかげでほんの微かな人の気配すらない。代わりにモンスターはいるが、例によってテリュースがいるおかげで身の危険は感じない。
予想以上にやわらかな落ち葉の上、アルフレッドは木に背もたれながら座り、そしてテリュースは弟の足の間に体を横たわらせ、あまり鍛えられていない腹に頭を乗せていた。

寒くなったといっても、昼間曇ることなく太陽が出ていれば、それなりにあたたかい。
横になれば眠くなるのか、テリュースは目を瞑ってうつらうつらと眠りの入り口をさ迷っているようだった。
寝るならとっとと寝ろよ、と体勢の恥ずかしさからアルフレッドは思う。
もぞもぞと腹の上で擦りつけるように頭の位置を変えたり、足を撫でたりされるのは心臓に悪い。それでも完全に抵抗する気がない自分の心を知っているので、結局はアルフレッドはテリュースの思うようにさせていた。悪態つきたくなるのは恥ずかしさゆえである。
また警備で家を空けていた兄がやっと帰ってきたのだ、誰もいないとなれば突き放す理由はなかった。


(しっかしこうやって眠そうなところを見ると、やっぱ警備とかって大変なのか……?)


色々と優秀なテリュースだが、仕事が続けば疲労もするのだろう。常人らしいところもあるじゃないかとアルフレッドは兄の顔を見ながら笑った。どうやらテリュースはようやく眠りに入ったようで、身動きせずに寝息を立てていた。
アルフレッドの足に添えられていた手も今は仰向けの己の腹の上に力なく乗っており、弛緩した体を投げ出している。
呼吸の深さを確認し、ほっと息をつきながらアルフレッドも力を抜いて木に大きくもたれかかった。
そうしてしばらく落ちる木の葉を眺めやったりしていたのだが、一人ではすぐに飽きてしまい、兄の寝顔を観察することにする。


(くそ、いつ見ても憎らしいほどのおっとこ前だな)


それが魅力だと言われる目を閉じている今でさえ、テリュースは見るものを魅了していた。
普段はあまり気づくことのない睫毛の長さや、それが形作る曲線、閉じた瞼が作り出すグラデーションは、見慣れているアルフレッドでさえ凝視してしまうほどである。本当に血は繋がっているのだろうかと、子供っぽいと言われる己の容姿を鑑みてアルフレッドは溜め息をついた。
なんとはなしに眺めやった半開きの口がまた曲者で、誘うように色づき、開かれているそれから慌てて目を逸らす。ただ眠っているだけなのになんて破壊力なのであろうこの兄は。
視線をテリュースから離すと、するとまるで計ったかのようにアルフレッドの腹の上にあるテリュースの頭が動いた。甘えるようにそこに擦り付けられ、どきりと心臓が跳ねてしまう。
わざとではなかろうかと眺めるがやはり眠っているようで、アルフレッドは唸った。このままでは何もしていないテリュースに負けてしまう。そうなればその後が色々と厄介だ。
しかし微かにテリュースが動くたびに負けてたまるかという意思は挫けていき、しばらくの後、アルフレッドは白旗を上げた。敗因はやはり離れていた期間だろうか。

誰もいないのはっわかりきっていることだが、それでも一応の確認をして辺りを見回す。当たり前だが誰もいないのを確かめた後にテリュースを見下ろし、アルフレッドが羨んで仕方がない顔に影を落とす。

最初は頬に軽く。皮一枚の触れ合いを。
そして次に肌のやわらかさを確かめるように押し付ける。

そうするとテリュースへの色んな感情がない交ぜになって胸がきゅうとしなり、そのまま兄の肩を抱きしめるようにして唇を重ねた。久しぶりの体温だった。
触れるだけでいいと思っていたが、普段とは違い、顔が逆さまに重なっているせいで思うように隙間が埋まらず焦れったさを味わう。
なんとかならないかと方法を考えあぐねていると、いつの間にか伸びていた手がアルフレッドの後頭部を押さえつけ、同時にテリュースの顎も反った。


「ん! んー! んーっ!」


急に深くなった口付けに驚いてテリュースをばしばしと叩くが、その深さが変わることはなく、アルフレッドは心の中で喚き続けた。アルフレッドが望んでいたものだったが、心の準備なく急なことだったので体は抵抗の体勢を取ってしまうのだ。
しかしそれをテリュースが許すことはなく、むしろ頭を抑える力が増してより深く唇が合わさる。
離れたのはしばらく口内をなぞられた後で、慣れない体勢ということもあって息は乱れた。


「はは、この体勢だと結構つらいな」
「ったり前だバカ!」


ぜえぜえとやや涙目になりながらテリュースを睨み上げる。体勢からしてつらいのはテリュースの方だろうに彼はほんの少し呼吸が速いだけで乱れた様子はなかった。
呼吸の荒い弟に目を細め、「じゃあ」と言ってアルフレッドから体を起こし出す。


「ちょ、ちょっと、こら!」


仰向けから一転、アルフレッドに覆い被さるように獣の体勢になったテリュースは、逃げ腰になっている弟を引き寄せ、腕の中に閉じ込めてしまう。
そして先ほどアルフレッドがしたように、しかし慣れた風に頬に唇を寄せる。頬の形をなぞるように滑らせたり、耳の付け根や首筋に移動したりと、いたるところにその感触を残した。
幾度も落とされる軽い音が恥ずかしくて、いい加減にしろと肩に顔をうずめているテリュースのマントを引っ張る。


「じゃ、メインといくか」
「やめろよその言い方! こっ恥ずかしいだろ!」
「今度はいつも通りだからな、アルの思うままにくっ付いていられるぞ」
「だから――――っ!」


先程と同じ感触、しかし先程よりもしっくりとくる唇の感触に文句は消えた。
逆向きの口付けとて決して悪いものではなかったが、自分をめろめろにさせるのはやはりこの感触だった。溢れるように湧き出る感情のままに相手の背に手を伸ばし、そして返される腕と身を包む体温がアルフレッドは好きだった。
隙間がないほどに体をあわせ、口内を侵食される快感を味わいながらうっとりと目を閉じる。
ああテリュースの感触だ、そう思いながら。


誰にも憚らずに寄り添う二人を見て、紅葉はまたひとつ赤く染まっていった。









この二人はいちゃついていればいい。

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