苦手な食べ物がある。
思い出すたびに自己嫌悪に駆られるが、以前はそれを目にする度に文句を言い、そして気が乗らねば箸を付けようともしなかった。
だが皆に窘められ、後に自分でも思うところがあるようになってくると、ルークはどれほど嫌いな食材が出ても文句は言わずに出来るだけ口に入れるようにしてきた。
しかしいくら頑張っても限度というものがある。


(うう……)


本日のメニューはシチューだった。
ミルクがあまり得意でないルークは少しばかり気が重くなったが、昔のようにそれを口に出す真似はしない。直接ミルクを飲むわけではないのだからと自分を慰め、スプーンをゆっくりと動かしてなんとか気をそらす。
だが皿にスプーンを入れた瞬間、ルークの口元はおおきく引きつった。


(鮭ー!)


てっきり普通のシチューだと思っていたが、具がなんと魚介類だった。
そういえば料理当番はジェイドだったな、とスプーンの上に乗ったピンクの切り身を苦々しい思いで見つめる。
もともと苦手なミルクをたっぷり使った料理に、加えてメインの具がこれまた苦手な魚介類。
おまけにルークの気のせいでなければ人よりも具が多く、明らかににんじんなどは大きかった。考えるまでもなく配膳もジェイドだろう。
周りが各々に食を進めていく中でルークだけ明らかに進みが遅かったが、皆はそれに何か言うことはなかった。今回のメニューがルークにとって泥を食うに等しいものだとわかっている上、泣きつかれては厄介だからだ。


「どうしましたルーク。お口に合いませんでしたか」


わざとらしく声をかけてくるのは本日のシェフぐらいなもので、明らかに楽しんでいる風の口調にルークはうろんげに皿から顔を上げる。


「何か嫌なものでも入ってましたか。……ああ、そうでしたね。確かあなたはミルクや魚が駄目でしたね。おやおや私としたことが、それに気がつかないでふんだんに海の幸を入れてしまいました」
「………」
「若者は腹がすくだろうと特別に具を詰め込んだのですが、これはこれは。災難ですね」


ヤローテメーぶっ殺す。
咄嗟にこの言葉が浮かんだが、言えばシチューの海に沈められそうなので恨めしそうな顔を見せるだけにとどめた。
スプーンにずしりと乗る鮭の重さが憎らしく、口の中に入れた後に広がる味を想像すれば手が震える。ちらりとジェイドを窺えば行動を見張るかのように彼はこちらに体を向けており、にこにこと笑ってルークの挙動を見ていた。
こうなりゃミュウだと首をめぐらせれば、「ミュウはいないぞ」という声と共にガイが隣に腰掛けてくる。


「お前がさりげなくミュウに嫌いなものを食わせる時があるの知ってるんだからな。そっちは気付いちゃいないようだが、お目当てのミュウはとっくに食い終わった女性陣に連れられて向こうで休んでるぞ」
「あ、いやその……でもな、ガイ! いくらなんでもこれはないだろ!? 見ろよこの具のでかさ」


ミュウを使って食材を始末していたことは無理やり流し、必死な形相でスプーンに乗る具を見せ付ける。
するとガイはルークの器に入っていた、皆の倍近くはある具のサイズに少しだけ同情するような目を向けてくれた。それに希望を見出したルークだったが、ガイが告げたのはそのままシチューの完食である。
曰く、ジェイドがわざとそうしたにせよ、それはルークに与えられたものであり、食材とて腐敗していたりすることのないごく一般的な材料だ。苦手なのはわかるが、これを食わねば体力がもたない。特に具合が悪いわけでもないのに残すというのは食材を作った人にも調理した人にも悪い、それが兄貴分の答えだった。


「まあ確かにこのサイズはきついだろうが、運が悪かったと思って我慢しろ」
「うううう……」


諭されるように肩を叩かれ、ルークは「観念するしかない」いう気分を思い知らされた。
しかしそれでもシチューを口に運ぶ気にならず、シチューに漬かったスプーンを難しい顔をして眺めている。
冷めてきているシチューは難易度が上がるとわかっているのだが、しかしだからといって暖めればあの独特のにおいが立ち上ってしまう。どちらにせよ苦しい状況に呻き声を上げた時、近くの茂みから一人の人物が現れた。


「……なんだ、食事中か」


淡々と零したのはアッシュだった。
苦しい中で見たその姿はルークにとって救世主であり、過去特にこういう状況でアッシュに助けられた覚えはひとつもなく、むしろ冷たい仕打ちばかり向けられていたが、もしかしたら、という一縷の思いで彼を見る。
アッシュとて人間だ。嫌いな食べ物もあるだろう。元は同じ存在ならばこの気持ちもわかってくれるかもしれない。
縋るように名前を呼ぼうとすれば、しかしそれよりも先に周りが動くのが早かった。


「いいところに来たじゃないかアッシュ」
「分身の窮地に駆けつけるとは、あなたも人がいい」
「何を言って……おい! これは何の真似だ!!」


アッシュのもとへと行こうとしたのに、そのルークの目の前で彼はにこやかな笑顔のガイとジェイドにがしりと両脇を掴まれてしまった。
それは連れ去られる宇宙人のような格好で、とても既視感がある姿である。
暴れるアッシュをものともせずに二人は同時に呆然としているルークに向き直り、さらりと告げる。


「ルーク、アッシュを返して欲しかったらそれを綺麗に平らげるんだな」
「早くしないと私たちと遊び疲れてアッシュは帰ってしまうかもしれませんよ」


ねえアッシュ、とジェイドは足が宙に浮いて尚もがく頭をぽんぽんと叩いてそのままガイとアッシュを連れて行ってしまった。
ひとり取り残されたルークの耳に、離れたところからアッシュの喚き声が聞こえる。冷静になればそれは本気で嫌がっている声でしかありえないのだが、今のルークにはじゃれているようにしか聞こえなかった。
自分だってアッシュにじゃれ付きたい。逢瀬は久しぶりであり、一秒でも長く傍にいたいぐらいである。
しかしそれには手にある皿の中身を減らさねばならない。言いつけを破ってアッシュのもとへ行くのは可能だが、そうしてもガイとジェイド相手ではどうすることもできないであろうし何より後が怖い。しかしだからといって簡単に食える料理でもない。

それでもアッシュと特製シチューを天秤にかければ、どちらに傾くかは歴然としていた。

ルークはごくりと喉を鳴らし、温もりを失い始めているシチューに手を付け始める。
においが収まっている分楽かと思ったが、口の中に入れればつらいことには変わりがなかった。それでもゆっくりではあるがスプーンを動かす手は止めずに皿の中身を減らしていく。
魚の小骨があったり、にんじんの独特の味に何度もくじけそうになったが、収まらないアッシュの怒声が耳に入れば手は動いた。途中綺麗なハート型をした人参が目に入り、想像の中で軍人眼鏡の首を締めながら、ほぼ飲む勢いで口に詰めていく。その間も男三人の声は止まない。


「いい加減に離しやがれ!」
「やれやれ、そんなに私たちと遊ぶのは嫌ですか。あなたの好きなガイだっているでしょうに」
「うるせえ! いいから離せこのクソ眼鏡!」
「まったく……しょうがない、ガイ、ひとつ頭でも撫でてやりなさい」
「なっ――」
「断る」
「!」
「いやはや残念でしたねアッシュ。では代わりに私がガイと、そしてルークの分まで可愛がるとしますか」
「いるか馬鹿! 触んじゃねえええぇ!!」

(くそ、くそ、くっそ―――!)


殺伐としているのか和やかなのかわからない向こう側の空気が憎いほどに羨ましく、その日ルークは誰よりも栄養のある食事を平らげることに成功した。













*牛乳嫌いがシチューが苦手なのかはわかりません。

(ちなみにアッシュがガイを好きなのは恋愛感情なしで。それでも報われない)

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