ライドウ ss






マントを外套かけに架けていると、急に背後からしがみ付かれた。


「お前、ほんっと細いよな」


本当に男か? と言われたことを睨む前に腰に回っていた鳴海の両手が胸部に上がり、あろうことか女の乳房を揉む様にライドウの胸の辺りを揉んだ。


「あーないねやっぱり。ない、ない」


これ以上ないくらいに機嫌のよさそうな調子で、ない胸を揉み上げてくる鳴海をどうしたものかとライドウは考える。しかし抵抗せずに置いたのが悪かったのか、鳴海は学ランのボタンを外して更に中へ手を伸ばし、薄いシャツの上から同じ行動を繰り返した。
ちらりとゴウトを見ると馬鹿らしそうに頷いたので、遠慮せずにわき腹の辺りに肘を入れる。
うめき声と共に鳴海の動きが止まったのを見計らい、それでもまだ胸にある手を掴んでどうしようもない上司を引き剥がす。


「何するんだライドウ」
「それはこちらの台詞でしょう」


恨めしそうに見上げてくる顔に淡々と言葉を返す。いくら自分が世間知らずだからといっても、流石に今の行動がとんでもない行動だということぐらいはわかる。本当に男かと疑うのなら脱いでやろうかという意気込みで相手を睨むと、鳴海は苦笑して見せた。


「いや、別にお前が本当に男かって疑ったわけじゃない。いくら綺麗な顔だからって、んなのは見りゃわかる。細いといっても女とは骨格が違うからな」
「ならば何故あのような行動を取ったのですか」
「触りたかったから」


さらりと告げた男の頬に拳を入れてもいいのではないかとライドウは思った。
視線を鋭くしたライドウに身の危険を感じたのか、鳴海は慌ててそれと、と言葉を繋げた。


「お前いつでも表情変わらないから、どうすれば壊れるんだろうと思って」


だからちょっとした悪戯をな、と悪気のなさそうな顔で告げられてもライドウに返す言葉はなかった。
確かにいいのか悪いのか、自分は感情が表情に出にくい。思ったことがすぐに顔に出るよりはましだと思っているので今までその性質を嘆くことはなかったが、そのためにこのような仕打ちを受けるとは思ってもみなかった。
しかし表情に表れないからといって、何も感じないわけではない。現に今しがたの鳴海の行動にいくらか平常は失い、鼓動も早くなった。それでも人よりは落ち着くことが出来るのは、これはもう里での生活の賜物でしかない。どんな奇襲にも冷静さを無くさないようにと叩き込まれた結果が今の自分なのである。変えようと思って変えられる部類ではない。変えようとも思わない。
しかし鳴海がこうしてライドウが思いもよらない行動に出でくるのは精神に悪い。


「では、あなたが何かする度に驚いた顔でも見せれば、それで少しは満たされてこのような行動もなくなるのですか」


変わらないから、変わらせたい。その欲求が満たされれば鳴海も落ち着くだろう。そうならば演技の一つも考えないではないと思ったのだが、やはり鳴海はライドウの常識からはかけ離れた世界の住人らしい。


「いや、おもしろくてもっとやる。諦めろライドウ、お前が反応を見せようともそうでなくても、俺がそうしたいって思う限り止まないぞ」
「救えませんね。自分のような者を構って愉しいですか」
「当たり前だろ? お前ほどの逸材はどこにもいない」


何がどう逸材なのかはわからないが、ライドウはあえてそこに言葉を挟まなかった。言えばそれこそうんざりするような言葉が並べられるような気がする。鳴海のにやついた顔を見るとそう思えた。 とりあえずこの場所にいるとどんどん鳴海に流されていってしまうので、そうですか、と場を流して茶を淹れに行く。
再び部屋に入れば鳴海は先ほどの会話を引きずる様子もなくライドウを受け入れたので、内心で安堵しながら茶を差し出す。最低限の音を立てて机に湯飲みの乗った受け皿を置けば、ありがとう、とからかう素振りもなく礼だけが返って来た。鳴海の遊びは終わったのだろうと思ったが、しかしそれは間違いだった。
やれやれと思いながら茶を置く為にかがめた姿勢を正したとき、ふいにその腕をつかまれる。


「今度は直に触ってやるからな。上だけじゃなく下も。極楽を見せてやる」


わざとらしく低くした声に、今度こそ躊躇わずにライドウはお盆を振り上げた。









所長…。
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