部屋に迎え入れた彼はひどく憔悴していた。 「どうした、クレヴァニール」 夜も更けようとする時刻にオーディネル邸へ現れたクレヴァニールは珍しく一人だった。いつも傍にいる使い魔すら連れていない。 「…なにも、考えられないんだ」 しばしの沈黙のあと、俯きながらの言葉が返る。 「まだ俺には為すべきことがあるのに、頭ではわかってるつもりなのに…彼のことを考えると、とても冷静でいられない」 「クレヴァニール…」 クレヴァニールの言う「彼」が、誰をさしているのか言わなくてもクリストファーにはわかる。 つい先日、ヴェスターの闇の力によって不慮の戦死を遂げてしまった、この世で唯一の肉親だった自分の双子の弟。 そして目の前の青年の、誰よりも大切だったに違いない想い人。 この辛い戦いが終わった後、弟は彼と共に道を歩むはずだった。アルフォンスは想いを直接クレヴァニールに言ってはいないようであったが、その心中は口に出さずとも明白だったし、クレヴァニールもまたアルフォンスに好意を寄せているのは確実だった。 その彼の気持ちがわかっていたから、この弟になら、と自分はクレヴァニールから身を引いたのだ。 不器用同士の、だけど微笑ましい関係が始まるのは目に見えて。 「夢を見るんだ」 ぽつりと、消え入りそうな声でクレヴァニールは言った。 「記憶にあるままのあの笑顔で、ただ名前を呼ばれた。夢での俺はそれが夢だと気付かないで、アルフォンスはもういないんだという現実も忘れて…笑ってた」 「クレヴァニール…」 「目が覚めて、それが夢だと自覚したらいても立ってもいられなかった。今のこの世界こそ夢じゃないのかって、何度も「覚めよう」としたけど未だに覚めてくれない」 片手で顔を覆い、悲痛に語るクレヴァニールが見ていられなくて、明かりを落とすとクリストファーはそっと彼に近寄る。 彼がここにきたのは、孤独を共有できる存在が欲しかったからだろう。彼は愛する人を、そして自分は最愛の弟を。彼の仲間では共有できないその絶望感を、同じぐらいに感じている自分だからこそ彼はここにやってきたのだ。思いを共有できるからといって悲しみが消えるわけではないが、それでも傍にいたい何かは確かにあった。 「信じられない。まだ信じられないんだ、クリストファー」 「…俺も信じられないよ。あんなにいい奴が、こんなにあっさりとお前を置いて死んじまうなんてな」 最後の一言にクレヴァニールはきつく拳を握り締めた。 「…まだ何も言ってなかったのに。なのに…!」 「……わかっていたさ、あいつは。ちゃんと、わかってたよクレヴァニール」 「………」 「お前も、アルフの気持ちわかってたんだろう?」 「……っ」 小刻みに震える肩を抱けば、ずっと耐えてきたのだろう、クレヴァニールの頬に涙が伝う。 泣き顔を見ないようにとクリストファーはその顔を己の肩にもたれさせ、力を込めすぎている拳を優しく包んでやる。 「お前と出会ってから、あいつは幸せそうだったよ。仲間と離反したりして苦しい中でも、お前のことを話すあいつの顔はいつも穏やかだった。惚れてるのかなんて、訊くまでもなかったさ」 「………やめてくれ」 「クレヴァニール?」 「駄目なんだ……彼が生きていたときの事を思い出すだけで胸が締め付けられて苦しくて。思い出せば思い出すほど「でももういない」って思わされる痛みがひどくて叫び出してしまいたくなる」 その記憶が自分にとって嬉しいものほど胸が痛んだ。語られるたびに思い出される彼の表情。もう決して見られることのないたくさんの彼を思い出すだけで涙は止まらない。いっそ狂えたらとまで思えてくる。 どれだけ切に彼の姿を望んでも、もうアルフォンスはいないのだ。 微笑を向けられることも、穏やかに名を呼ばれることもない。 アルフォンスの死はわかっているが、それを素直に受け入れて前向きに生きることができないほど彼の存在はクレヴァニールにとって大きかった。 「俺は…ひどい事している。アルフォンスを少しでも感じたくて……ここまで来た」 「…わかってる」 震える体を抱き寄せ、クリストファーは静かに言う。 「お前がそれで癒されるのなら、身代わりでもなんでもいいさ」 正直な気持ちだった。 つらくないと言えば嘘になるが、クリストファーにはアルフの死と同じぐらいにクレヴァニールがそれによって憔悴していくのが辛かった。 彼が望むなら、髪を切って姿かたちそのままにアルフォンスを演じてもいい。「クリストファー」という個人を見てくれなくてもいい。 それで彼の負担を減らせるのなら、己などどうでもよかった。 「クリストファー…」 罵られても当たり前のことをしている自分に向けられた言葉が、クレヴァニールを苦しめる。 自分を犠牲にして人のことを思いやるその動向は、アルフォンスによく似ている。しかしそれだけである。いくら似ていても、完全に一致はしない。その存在は彼ではないと思い知らされてより強く後悔と自責の念にとらわれてしまう。 そんなクレヴァニールの心境が雰囲気で感じられ、クリストファーはきつくまぶたを閉じた。 ただ都合よく自分の中のアルフォンスだけを見つけて、違うところは見なければいいのにそれができない。いや、それともしないのか。 半端に似ているせいで彼が新たに傷つくのなら、いっそ自分も消えてしまったほうがいいのだろうかとまで思えてくる。それくらい、クレヴァニールは見ていられなかった。 しかし姿を消せば、己のせいだとクレヴァニールは悲しみ、自責するだろう。 この、彼の深い悲しみから立ち直らせることができる唯一の人間はもういない。 ならば一体どうすればこの青年は癒されるというのか。アルフォンスがいない以上、時間だけがそうさせてくれるのかもしれないが、それよりも先にクレヴァニールの方が壊れてしまいそうだった。 アルフォンスのいない虚無感と、己では癒すことの出来ない腕の中の青年への憎しみ交じりの愛情に、クリストファーはただクレヴァニールを抱きしめた。 これからも続く長い夜を、果たして自分たちは乗り越えていけるのだろうか。 先の見えない重苦しい未来への抜け道は、今はまだ見えずにいる。 もともとが兄弟×クレならアルフの死後はクリクレに収まるんだろうけど、アルクレだった場合ってどうなるんでしょう。私じゃ答えは出せませんでした。 |