ライドウ ss






果たして自分は彼にとって世界で何番目のかけがえのないものなのだろう、と鳴海は傍らでゴウトの毛づくろいをしているライドウを見て思った。
ライドウが櫛を下ろすたびに落ち着かない素振りを見せていたゴウトだが、存外に気持ちいいのか、されるままにして彼の膝の上で伸びている。
何だかんだ言いつつもゴウトはライドウに甘いようであるし、ライドウは最初からゴウトを気にかけている。帝都という里とは別世界で、始終行動を共にしてきたからこその絆だろう。それは頼もしいものであり、見ていれば心も和む。ゴウトの声こそ聞こえないものの、ライドウの言葉などからどのような会話が為されているかを想像しては鳴海も微笑ましい気持ちになったものである。

しかし事件も依頼もない穏やかな部屋で、自分を放ってゴウトにばかり構っているというのは結構おもしろくない。


「まだまだ取れるな」


ライドウは事務所のソファに腰掛け、その膝にゴウトを乗せて櫛を入れていた。
初夏は生え変わりの季節らしく、手で撫ぜるだけで毛が室内を舞った。しきりに体を舐めて毛づくろいをしていたゴウトだったが、ライドウに取ってもらう方が早いと判断したようで、「手伝おうか」というライドウの申し出を断らなかった。いかにも渋々といった風であったがやはり習性には逆らえないのか、ライドウの手つきに時折耳をぴくりと動かしては喉を鳴らしている。
それが延々と一時間。最初は穏やかな気持ちで見ていられても、放って置かれる時間が続けば続くほど鳴海の機嫌は傾いていった。


「ちょっとそこのライドウくーん」
「なんでしょうか」
「俺暇なんだけど」
「すみません、あと少しですので」
「さっきからそればっかりだよお前」
「すみません」
「あっ、ちょっ―――こら!」


それで話は終わりだと言わんばかりにライドウはゴウトの毛づくろいを再開させてしまった。
会話中、一度もこちらを見なかったライドウにこれ見よがしなため息を大きくついて見せるが、おそらく彼は聞いていない。
ゴウトが羨ましい、と年甲斐もなく思う。ライドウの中では自分とゴウトとのどちらが大切なんだろう、とつい考えてしまうが、その疑問は考えるだけ無駄だとわかっている。 ライドウに想われている自信はあるが、ゴウトと存在を比較するとその嬉しさも崩れてしまうのが現状だ。当たり前のように優先順位は下だろう。彼の使命を差し置いてもそれは変わらないに違いない。
黒猫のお目付け役ごときに、と思わずにいられないが、ライドウにとってはそのお目付け役が何より大切なのだ。
そう、自分よりも。


「………」


もう一度ライドウを見て毛づくろいをやめる気配がないことを確認すると、鳴海はゆっくりと椅子から立ち上がった。
そして変わらずライドウの膝の上に伸びているゴウトを抱えて床に下ろすと、何事かと見上げてくるライドウを抑えるようにその体に覆い被さった。


「……鳴海さん?」


表情には出ないが焦っている風の彼に、鳴海は笑顔で告げる。


「あんまりぞんざいに扱うと飼い犬だって噛み付つくんだからな」


そして目を見開くライドウの唇に、言葉通り噛み付く勢いで唇を塞いだ。
すぐに鳴海を引き剥がそうとライドウの抵抗が始まるが、それは想像の範疇にあったことで鳴海にとっては大したことではない。逆にそんな元気をなくしてやろうと煽られ、より深いところで絡み合おうと口内を荒らす。弱い部分を苛むように執拗に舐ってやった。
次第に抵抗は弱まり、ライドウから苦しげな、それでいて艶めいた声が洩れるようになった頃を見計らい、鳴海は唇を離して彼の耳に囁くように言葉を吹き込んだ。


「どうするライドウ。飼い主に放っておかれて躾のなってない犬は待てが聞かないぞ」


そう言って今度はライドウの首筋に唇を寄せると、素早い制止の声がかかった。


「あなたを放っておいたのはこちらの落ち度です。それは謝罪します―――だから離して下さい」
「やだね。お前、俺がいくら寂しいって訴えても顔も見てくれなかったし」


寂しい、という言葉にライドウの抵抗が少し止んだ。それを逃す鳴海ではない。


「続いていた依頼も仕上げてやっとの二人きりの時間なのに、お前はゴウトにばかり構って俺は置き去りで。ライドウくんは俺の毛並みには興味ないのでしょうかね」
「……」


少し気落ちした風でそう告げれば、眼下のライドウはバツが悪そうな目の色をして抵抗を止め、壁にかけてある時計に目をやった。
そして思った以上に鳴海を一人にしていた時間が長いことを彼は知る。


「……。本当にすみませんでした」
「じゃあ続けていいよな」
「それとは話が別です」


そう言いつつも、見る見るうちにライドウの服は肌蹴ていく。止めねばと体をよじっても、それを読んでいる鳴海は逆にその動きを利用して更にライドウから衣服を奪っていく。喚く口はにやけている鳴海の唇に塞がれ、そしてライドウの世界は暗転していった。

しばらく成り行きを見守っていたゴウトだったが、少年の口から抵抗ではなく懇願を示すようになったのを見届けた後、くあ、とあくびをして部屋を出て行き、ライドウの部屋の定位置にうずくまった。
今日も帝都は異常なし。









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