世を偲ぶ関係なので、必要以上に仲良くする場所は必然と村の外になる。 必ずというわけではないが、家では見つかったら色々とシャレにならないので、密会というと大袈裟だが、村の外れにある林が専ら語り場だった。 「なあ兄貴」 「なんだ?」 「オレ最近思うんだけどさ」 林の奥、木々に囲まれながらも少しだけ開けていてこうやって腰を降ろして語り合うに都合のいい場所にアルフレッドとテリュースはいた。直ぐ側には小川も流れ、のんびりと過ごすにはもってこいの場所だったがこの場にたどり着くにはモンスターに立ち向かわなければ来れないような場所なので、訪れる物好きは限られる。一人ならアルフレッドもここに来ないのだが、兄がいればそんなものは危険などではなくなるので、この場は誂えたような密会場所だった。 「俺らの将来って絶望的じゃないか?」 少しばかり強ばったアルフレッドの言葉を、テリュースはかなり長い間考え込んだ後で笑って返した。 「どうしてだ?」 「……だって考えてもみろよ。俺はともかく、将来有望な誰かさんを自慢に思っている村長が、そいつを独身にしておくのを許すと思うか? ―――既にあんたはこの村の勇者だし、親父たちがいなくなってから養ってくれた恩義を考えるとそれを放棄することなんてできないだろう?」 だから、とアルフレッドはいつになく眉間にしわを寄せてどこか拗ねたような表情をする。 今たとえ両親が帰ってきて元の家に戻れることになっても、村の勇者となっているテリュースはきっとそのまま村に留まるのだろう。そしてこの先何年かしてアルフレッドが自立を考えるような年齢になったとき、どうすればいいのか。それを決断するのはそう遠くないすぐそこの未来である。 誰よりも不毛な関係であるが、アルフレッドはテリュースとの関係を切りたくはなかった。このことについて兄がどう考えているのかはわからないが、できる限り傍に居たい。 普段通りを装って努めて明るく言ったつもりだったが、表情は少し沈んでいた。 「そうだな……」 兄の表情は相変わらずで、何も考えてないようにも見える。 自分ばかりが気にしているようで、少し焦れったい。 「大丈夫だろ」 楽観しすぎているその答えに感情が高ぶったアルフレッドは、まじめな話をしているのに取り合おうとしない兄を睨み上げた。 「何だよその答え! 大丈夫って……大丈夫って、俺だってそう思いたいけど! でも、でも!」 なんだか自分だけが必死になっているようでみじめな気分だった。世間に誇れない関係だけど、それでもアルフレッドはテリュースと居たいのに。なんとかそうあれるように考えを巡らしてみたけれど、いい案は出てくれず、どれもこの関係は続けられない考えばかりが出た。嫌だ、と、絶対嫌だ、と思う自分ほど兄はこの関係に重きをおいていないのだろうか。 「嫌だよアニキ……」 言葉が震えるアルフレッドを、テリュースはいつものように抱き寄せた。普段ならその体温に安堵して体を預けるアルフレッドだが、体を強張らせてふるふると首を横に振る。こんな心境ではこうされていることが逆に辛かった。 「大丈夫だって。俺だってアルと離れたくない」 「……でもっ」 「大丈夫。何があっても俺はアルと一緒にいる」 「大丈夫、大丈夫って、何が大丈夫なんだよ……」 そんな言葉だけで安心できるほど子供ではない。背を優しく撫ぜる手だけで消えるような不安でもない。 それでもテリュースは大丈夫だと繰り返し、昔泣いた自分をあやしたように頭部に唇を落としてくる。 「叔父さんにはちょっと前に話したんだけどな、もう少ししたら旅に出ようと思ってる」 「は? 旅ってどこに!」 「父さんと母さんを探しにな」 強張った体がその答えを聞いて少しだけ緩んだ。しかしそんなことは初耳であるアルフレッドは、旅立つという単語に余計に不安にさせられた。ぎゅ、とテリュースのマントを掴む。またいってしまうのか。 「見つかった時は、父さんと母さんと村に戻るって告げた」 「……村長は了承したのかよそれ」 「あー……最初は渋い顔だったなぁ。でも長いこと家族で過ごせなかったから親子水入らずで暮らしてみたいって言ったら、しばらくした後納得してくれた」 「え、嘘だろ!?」 あれほど勇者おこしに情熱をかけている叔父がテリュースを手放すなど、彼に一度勇者に仕立てられようとしたアルフレッドにはにわかに信じ難い話だった。 「ちゃんと納得してくれたよ。おばさんも」 「ま、ますます信じられない……」 そんな話がいつされていたのかと疑問でならないが、天然なテリュースだがきっちりするところはきっちりしているので、ただアルフレッドが知らないだけであの家のどこか、または村のどこかで話し合われたのだろう。この一族でもシリアスな展開は為せるのだな、と妙なところで感心した。 「……でも、アニキ、行っちゃうんだな」 元の村に戻ることになっても、それまではまたテリュースのいない生活になるのだと思うと寂しくてならなかった。道中にまたアリエルにつけこまれたり、または他の要因で仮面をつけてしまったりするのではないかと思うと不安でならない。 「何言ってるんだ。お前も一緒だぞ?」 「はあ?」 「俺とアルフレッドで旅に出て、父さんたち見つけて、村へ戻って。全部アルと一緒に決まってるだろう」 俺一人じゃ意味がないじゃないか、と微笑まれ、アルフレッドの口は開きっぱなしになった。 「俺も……?」 「ああ。父さんたちのことだから、きっと物凄い辺境の地とかにいてすぐには見つからないだろうし、見つかってからもずっと一緒。それでも誰かが結婚を持ちかけてくるようならまた旅にでも出るさ。もちろんお前を連れて。二人で賞金首稼ぎやモンスターハンターの人生も悪くないだろ」 「アニキ……」 普段何も考えていないようなテリュースがそこまで考えていたことが純粋にアルフレッドは嬉しかった。自分だけではなかったのだ。ちゃんとテリュースも自分立ちの行く末を考えてくれて、そしてアルフレッドよりも先に行動していた。相談してくれなかったことは少し寂しいかもしれないが、よく考えればそれはとてもテリュースらしいし、こちらの気持ちを確信していて行動してくれるのは普段はともかく今は嬉しい。 たまらずにテリュースにしがみ付き、体を目一杯使って喜びを表現する。 「っとに早く言えよな馬鹿! そしたら俺、もっと早くにこんな鬱々した気分から開放されてたってのに!」 「言うの忘れてた」 「あーもうほんとアンタには負けるよ!」 笑顔でさらりと告げるテリュースに脱力し、しかし次には背に回していた手を首に変え、肩に顔をうずめる。すぐにこちらにも回される腕の感触に胸が締め付けられて泣き笑いのような表情になる。 これから、兄と二人での旅が始まるのだ。遊びではないとわかっているのだが、長い間兄と二人きりの時間というものを味わったことがなかったアルフレッドにはそれが何よりも嬉しい事だった。そしてその旅が終わってからも兄はずっと一緒だといってくれた。これ以上のものがあるのかというぐらいアルフレッドは満たされていた。 「まあイリーシャという最難関が残ってるんだけどな」 「………。だ、大丈夫なのかよ、ってか絶対大丈夫じゃない気が。あいつ付いてくると絶対フォルキュアスも付いてくるぞ!?」 「そこら辺は運だな。お前の弟子に頑張ってもらおう」 「って人任せかよ!」 「いざとなったら俺だって本気を出してお前を攫うさ」 飛び切りの笑顔で告げられ、言葉の内容も加えてアルフレッドの顔はみるからに朱に染まった。 なんだよもう、と色々な感情がない交ぜになって下手をすれば泣きそうになる。こんなのは反則も反則だ。これでいて無自覚なのだから末恐ろしい。そしてその「本気」が見てみたいと思う自分は本当に救いようがないのだろう。 どんな反応を示せばよかったのかわからなかったが、とりあえずは今の気持ちに素直になっておこうと体をよりテリュースに近づけようと腕の力を強くした。 これぞ妄想という名にふさわしい話。ステインはついてってもついてかないで村の次代勇者でもどっちでもいいなぁ。 |