とある夜の街。
あまりに星空が綺麗だったので散歩を、と静かな街路をガイと二人で歩くルークは、同じように空を眺めている親子連れの行動に首を傾げた。


「なぁなぁガイ、あれ、何やってるんだ?」


くい、とガイの袖を引き、少し離れたところで祈るように腕を組みながら空を見上げている子供たちを指差す。
子供は二人いたが、どちらも同じようなポーズを取っては必死な顔をしているのが気になった。


「ああ、あれだろ。流れ星にお願いを、ってやつだ」
「……お願い?」


何だそれは、と声に滲み出すと、ガイは苦笑して頭上に目を向けた。


「誰が言い出したのかもどこから伝わった話かもわからないが、流星が見える間に願い事を三回唱えるとその願い事が叶うって言われてるんだよ」
「えっ、本当に!?」
「さあどうだろうな。試そうにも、流れ星が見える時間なんてほんの微かな時間で、その間に三回も願い事を呟くってのはかなり労のいる……というかほぼ不可能なことだからな。でも願いが叶うっていうのはよほど魅力的らしいぞ」


そう言って視線で促すのが先程の子供たちだった。
たった今一つの星が流れたらしく、子供たちは一斉に湧き立っては言葉を発していた。しかし三回唱えることは出来なかったようで、すぐに歓喜の声は落胆の声音に変わり、肩が落ちる。
それでも諦めるという意思はないのか、再び手を組み直し、夜空を仰いではまた「お願い」のポーズを取っている。
そんな姿を横目に、な? とガイは小さく肩をすくめて笑った。


「なあ、もし三回言えたら本当に叶うのか? どんな願いでも?」
「それは願った者にしかわからないんじゃないか」


つまりは興味があるならやってみろ、と言うガイに、ルークの目は頭上高くにある星々のように輝きだした。





■■■





「確証もない与太話をあの子はいつまで信じる気なんでしょうか」
「まあ、好きにさせてやってくれよ旦那」
「年寄りには冷えた夜風など毒にしかならないんですがね」
「まあまあ、まあまあ」


背後でそんなやり取りがなされていることにも気付かず、ルークは宿屋の窓を開け放って夜空を仰いでいた。
窓の縁に肘をつき、先ほどの子供がやっていたように顔の前で手を組む姿はまさしく夢見る少女のようであったが、ルークはそれに気付かない。
どんな些細な動きも逃すものかと全意識を空に投げかけ、煌く星が落ちるのを今か今かと待ち望んでいる。


「最初はほんの軽い気持ちで言ったんだが……思った以上にはまったんだよなー……」
「それほどまでに何を願うのか、というのはこれ以上ない愚問なので聞かないでおきますが」
「やっぱりわかるか」
「わからない方がどうかしてますよ」


そして二人同時にルークに目をやる。
その目は相変わらずきらきらしていたが、その奥にはある一人の人物の顔がはっきりと見えていた。
このところ、ルークはアッシュと全く会えていなかった。
ちまちまと取っていた通信も、ここのところはてんで繋がる気配がない。何かが起きたのだろうかと思ったが、ヴァン関連でのことはこちらにも影響があるので必ずアッシュは連絡を入れるはずだ。
ならばなにか他の事で、と原因を探ろうとするが、自分が疎ましくなったと思う以外にこれといった理由はなく、考えれば考えるほどルークは嫌な妄想にはまっていった。
不安と、単純に顔を見たいという思慕にせめて一目でも、とアッシュに飢えていた毎日。
そんなときに降ってきた先ほどの出来事は、ルークに影響するには十分だった。

落ちる光に向かってアッシュとの逢瀬を三回唱えれば。
そうすればきっとアッシュと。

思わず口元が緩んでしまうルークだったが、しかし程なく問題にぶつかった。
そこそこ頻繁に落ちるのかと思っていた流星だが、これが思いの外流れないのである。
変わらない夜空の景色がもどかしくなり、何かいい案はないかとジェイドに尋ねたのだが、見える時期や土地から始まり、「HR」やら「流星物質」やら「母天体」やらと、何やら小難しい話に突入しそうだったので腰を直角に折って辞退を申し出た。
とりあえず運が全てだとガイから聞き、少し気が遠くなりそうにもなったのだが、これもアッシュとのためだ。
今はまったく変わる様子のない空だが、粘りに粘ればきっとなんとかなるだろう。
そして小一時間ばかり眺めていたその時、ルークの視界で、すう、と光が流れた。
屋敷に囲われていた時もよく見ていたので特に珍しいものでもなかったが、いつ見ても神秘的な光景にはどきりと胸がざわめく。
さあ今こそ! と目を輝かせて口を開くが、しかしそれは言葉を発する前に力なく閉じられてしまった。


「――ってもう駄目じゃん……」


余計なことを考えてしまったのが悪かったのか、願いを口にしようとした時には遅く、「アッシュに会いたい」の「アッシュ」も言い終わらないうちに流星は見えなくなってしまった。
そのあまりにも早い消滅に、しばらく光が流れた辺りを見ながらルークは思った。

無理だこれ。

流れたと気付いたすぐ、本当に瞬く間で消えてしまうあれに向かって、一回のみならず三回も願を口にするなどほぼ不可能だ。
願いの内容にもよるのだろうが、少なくともルークの願い事はどんな早口で言おうとも一度すら言えやしないだろう。
まるでお前の望みは叶いやしない、諦めろと告げられているようでルークはかなり落ち込んだ。
が、めげなかった。
なぜだかルークにはこれがアッシュとの愛の試練のように感じられ、そう思った瞬間、おもしろいほどに闘志が湧き出したのだ。
負けるものか、ともはや夢見る少女ではなく、敵と対峙した時のように満天の星を睨み上げ、そしてルークは燃えた。
いくら意気込んでみてもそれだけで何とかなるわけではないとルークもわかっている。流れ星が見える時間を長くさせるのは不可能だ。
だがやらずにはいられない。
そんな闘志を燃やしながら、とりあえずはよりよい作戦を練ることにした。
たったひとつの問題。それは時間だった。
星の流れる速さはこちらでどうにかなるものではない。ならば唱える言葉の短縮を考えなければいけないのだろう。
アッシュに会いたい、をどこまで短縮させるか。うーん、と唸ってみるがいまいちいいものが思い当たらない。
そしてうだうだ考えているうちにまたひとつ星屑が流れ、どうしようと思う間もなく咄嗟にルークは叫んだ。


「―――っ、アッシュ!アッシュ!アッシュ!」


名前だけなんて、と我ながらいいのかそれ、と思わないでもなかったが、頭の中はアッシュの顔しか思い浮かばなかった。とにかくアッシュの、その姿を思い浮かべた結果がそれだった。
しかしそれでも三回言う前に星の線は途切れてしまった気がする。そもそも言えていたとしていても、お星様も名前だけでは困り果てるだろう。
彼がどうした、と言われているかもしれない。となると、文章で三回など「ほぼ」不可能ではなく「絶対」不可能だった。粘ってもう一度試し、それを確信する。
敵は強かった。
ルークはがくりとうなだれ、窓から腕だけをぶら下げて突っ伏した。なんだかショックだった。根性でどうにかなる問題ではないとわかっていても、敗北感が圧し掛かる。
為す術がないとわかると無性に悲しくなって、「アッシュー……」と弱々しく呟くがもちろん応えはない。
そんな姿を見ながら、感想を漏らすのは大人二人である。


「……燃え尽きたなあいつ」
「星狩りでもしそうな勢いだったんですがね」
「しかし惜しいな。もう少し粘ればこれ以上ないくらいの出会いを果たしただろうに」


そう言ってガイがルークの開け放っている窓へと目をやると、暗い闇に混じって見えるひとつの赤があった。
それは小さなもので、確たる形をしていないのだがあの色は彼のものでしかない。もっとも、上ばかりを見ているルークはそれには気付いていないようだったが。


「どうする? 言うか?」
「直接の方が驚きも増して、且、喜びも増すでしょうよ」
「さて、ルークの祈りが届いたのかどうやら」
「それは後ほどこちらへ向かっている彼に問い詰めましょう」


互いに目配せをして肩を竦めたあと、半刻だけだからな、と小さく呟いてガイとジェイドは部屋を後にした。
去り際に見た背中はまだどんよりと夜空にも負けない暗い何かを背負っていたが、ジェイドの言うようにそれが重ければ重いほど顔の晴れも強いものになるのだろう。
それを思いながら、「よかったな」と小さく心でつぶやいてガイは扉を閉めた。

ルークに笑みが訪れるまで、あと少し。













以下オマケ↓







「さっきから人の名前喚き散らして、喧嘩売ってんのかお前は」


突如背後からかかった声に、しおれていたことなどなかったかのようにルークは勢いよく振り返った。
そこに強く望んだ通りの姿があることに、咄嗟に言葉が出てくれない。


「アッシュ……」
「だからうるせえって言ってるだろ」
「アッシュ! アッシュ! アッシュ!!」


焦がれすぎていたその姿に、ルークは短い距離を駆け出してそのままの勢いでアッシュにしがみ付いた。
衝撃でアッシュは少しばかりよろめいたが気にせずに、なおもその首に縋って感触を確かめる。しあわせな感触に、窓縁にもたれかかったまま寝てしまった自分が見ている夢ではなかろうかとまで思ったが、頭上に与えられた衝撃に目から火花が出た。


「痛ってー!」
「お前が鬱陶しい真似するからだろうが」


離せ、と嫌そうにするアッシュの顔の横には今しがたルークの頭に落とされた拳が掲げられており、この仕打ちはまさしくアッシュだ、とルークはこれが夢ではなく、かつ、幻でもないことを確信した。
もしかして先ほどの願い事はちゃんと星に届いていたのだろうか。
そう思うと「お星様ありがとう」と平伏したい気分になる。全てを信じていたわけではなかったが、こうなってみるとあながち嘘だとも言えない。現にこうしてアッシュがいるのだから。

しかし今はその真偽よりも、目の前にいる人物だ。

あまりにしつこくしがみつけば拳の第二派がくるので惜しいながらも少し距離を取り、それでも今まで会えなかった分の恋しさを込めてアッシュに笑みを向ける。


「会いたかった」


それが背後の星たち、そして流れ落ちる流星よりもきらめく笑顔だったのはひとりの者にしかわからないことだった。



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