abyss ss






乖離して消えてしまう自分には何が残せるだろう。
どのような道を選ぼうとも遠からず消えることがわかった今、自分が確かに存在していた証を遺したい。それはなんだろうと考え、目の前に広げられている厚い本が目に入った。

日記。はじめはまた記憶障害が起きた時に、とつけていたものだったが、自分がレプリカだとわかってその必要性はなくなった。しかし長い間染み付いた習慣はそう簡単に変えられるものではなく、癖になってしまった今では書かないことの方が落ち着かなくなってしまっている。
ぺらりとページを遡り、自分の書いた文字を読み返す。旅の始まりの高慢で愚かだった日々、取り返しのつかない罪を起こした日、そして安寧とは言えない激動の毎日。文字を読み返すたびにその時の光景が甦り、ルークは奥歯を噛みしめた。
楽しかったとは決して言えない旅だったが、それでも自分は生きてきた。存在してはいけない身分だとわかっているが、それでも生きてきた。レプリカだけれども、被験者も知らない自分だけの感情をもって。それは自分という一個人が存在してきた証に他ならない。

読み返し、アッシュのことが書かれている箇所に移ると、どうしても胸の締め付けがきつくなった。
レプリカなどという存在も知らないでのうのうと暮らしていた自分に、嫌悪、惶惑、羨望を痛いくらいの鋭さで思い知らせ、そして今ではかけがえのない、愛憎二律背反を持つ存在が彼だった。嫌悪がいつから情愛に変わったのかはよくわからないが、気がつけば頭は彼で占められていた。
不器用な自分たちのやり取りが綴られているものを目で追う。特に心に残っている箇所を指でなぞる。頭の中はアッシュとやり取りした数々の記憶が浮いては沈んで、気を抜けば涙を落としそうになった。

生きたい。消えたくない。

死を受け入れる自分の、一番強い心残りがアッシュだった。
平行線で、いつまでも交わることのなかった自分たちだが、それでも日ごとにその距離は縮まっていた。平行線だからこそ、交わればずっと同じ道を辿っていける。自惚れでなければそれは近い未来であったはずだ。しかしその前に自分は消えてしまうだろう。
だからこそ生きてきた証を。そして出来るならそれをアッシュに持っていて欲しい。心の片隅でいいから自分がいたことを覚えていて欲しい。仲間の誰よりも心を惹きつけた彼に。


アッシュ、という名前だけ筆圧が強くなることを、後に彼は気付くだろうか。




その名前が自分が生きる意味だった。












EDのあれがアッシュだとして、その後にルークの日記見るときあるのかなと思うとものすごく切ない。
記憶ふり返るのも同様。
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