最近頭を痛めるものがある。 アッシュとの定期連絡という名の逢瀬から返って来たルークを見ながら、ガイは隣のジェイドにぽつりと零した。 「なぁジェイド」 「どうかしましたか、ガイ」 「最近少しばかりアッシュは調子に乗りすぎてやしないか」 このところ、ルークはアッシュの元からやけに上機嫌で帰ってくる。 当初は落ち込んだり、「俺とアッシュってやっぱり相容れないのかな」などとしょげていることも多かったのだが、しばらくそんな言葉は耳にしていない。代わりに笑顔が増えた。 ということはルークの機嫌をよくさせるやりとりをしているということで、どんなことをしているのか気が気でないガイは、ルークの笑顔が見れて嬉しいはずなのに、その笑顔の向こうに見えるアッシュの顔に素直に喜べないでいた。 最初はルークの想いを応援していたはずなのに、うまく行ったら行ったでどうにも気分が晴れない。 今も満面の笑みで鼻歌を奏でてはアニスに鬱陶しがられているルークの機嫌のよさに、複雑な感情が湧く。 「あれほどまでに上機嫌ですからねえ……アッシュが甘い言葉を吐いたりするとは思えませんし、となると行動で示されたりしてるのでしょう。あの鈍感な子にもわかるようなはっきりとした何かを」 「……やっぱりそう思うか」 あえてぼかしていた可能性をジェイドに告げられ、ガイは深いため息をついた。 そういう仲になったのなら少しばかりはそういう行為もしょうがないと思っていても、実際にふと己の唇に指を沿え、思い出したようにはにかむルークを見てしまった時などはつい外出禁止令を出そうかと思ってしまう。 今は状況が状況なので一番心配している「最後」まではいかないのだろうが、もしそうなってしまった場合、おそらく自分はアッシュを一発殴るだろう。そんなことをしても若い二人に歯止めはかからないのだろうが、親心というか兄心というかが疼いてたまらないのだ。 「仕方ないといえば仕方ないんだが、このまま喰われるのを黙って見てるのも癪にさわる。ということで旦那、あんたの出番だ。何かアッシュの情けない顔が拝めるような案はないか」 「おや、珍しいですねえ、普段は率先して止めに来るあなたが私にそんな事を聞くなんて」 「俺の許可なくルークをどうこうしようなんざ十年早いのに、あいつは挨拶も無しで掻っ攫っていったからな。恨みなら腐るほどある」 「やれやれ、こんな舅を持って彼も大変ですね」 そう言って肩をすくめるジェイドだったが、表情は実に愉しそうであった。 そんな様子に彼が乗ったことを知り、目と目で会話した後、二人は表面上はとてもさわやかな笑顔を放った。 本当のことをいうとジェイドに頼るのは少々危険かと危ぶんでいたガイだったが、相手にはらわた煮えくり返るような思いをさせられそうなことを思いつくのは彼しかいないのが現状である。 何も知らずに浮かれている赤毛の少年を見やり、大人二人はいつまでもにこやかに微笑んでいた。 ■■■ 「アッシュ!」 「遅えんだよ屑」 「ごめん、ちょっとガイとジェイドに捕まってさ」 待ち合わせ場所に息を切らしてきたルークの発言に、アッシュの中で待たされたことの怒りは掻き消えた。代わりに嫌な予感が燃焼し出し、眉間に濃く皺を刻む。 何があったのかを目線で促すと、ルークはうーん、と首をかしげてさらりと問題発言をした。 「なんでか知らないけど、二人ともに首吸われた」 「!」 ほら、と普段は高い襟に隠れて見えない部分をぺらりとめくって見せたその先には、ルークの発言を裏付けるように赤い跡が二箇所ついていた。 「こっちがジェイドでこっちがガイ。くすぐったくて変な感じするから嫌だって言ったのになんか聞かなくてさ」 ジェイドなんか歯ぁ立てたり舐めたりするんだぜ、と濃い色の方の跡を指して気楽に笑っている様子には、アッシュから立ち上る怒りの気配には気付いていないようだった。 「あ、そういや二人から伝言預かってるんだった。確かメモがあったはず……あ、あったあった。えーと、”これからお前がここにどんな跡を付けようとも、その最下層には俺らが付けた跡がある。精々悔しがることだな”――だって」 よくわからないけどアッシュも吸うのか? という無邪気な無邪気な発言には、雷とげんこつが落とされた。 「どこまで大馬鹿野郎なんだてめぇは! そんな跡付くまで大人しく吸われてんじゃねぇ!」 「な、なにも殴ることないだろ馬鹿! そんなこと言われたって突然だったし、二人がかりだぞ? それに吸われると何でか力抜けるし!」 「っ! 抜けてんな屑! 眼鏡もガイもお前も一回死ね!!」 突然湧いた怒りと衝撃に、アッシュの頭は噴火しそうだった。 キスはしているものの、それ以上先はまだまだだろうと踏んでいた矢先に獲物に傷がついてしまったのだ。致命傷ではなく、たいした傷ではないのかもしれないが、その傷を最初につけるのは自分だったはずだ。 それがどういうわけか他人に、しかも複数にやられ、そして付けられた当の本人は何も知らずに笑っている。 知識がないというのは把握しているが、そんなものは感情の前には関係ない。それを利用してこんな嫌がらせをしてきた二人には当然腹が立つが、こちらの怒りをわかっていないルークにももどかしい思いをする。 「……なぁ。なんでそんなに苛ついてるのかわかんないけど、アッシュが言うならもうジェイドとガイに吸わせたりとかしないから。だからさ……そんな怒んなよ」 苛立たしげに己の髪をかき上げるアッシュに何かを感じたのか、ルークは項垂れてアッシュの服の裾を掴んできた。 ごめん、としょげながら体いっぱいに「嫌うな」というオーラを出され、アッシュの怒気の上昇ゲージはそこで止まる。死んでも誰にも言うつもりはないが、情けないことに自分はこういうルークの幼い仕草に弱かった。 少しの間項垂れたルークの後頭部を眺めやり、色々な感情を複雑に絡ませた溜め息を吐く。 眼前でうつむくルークの顔を上げてやると案の定不安げな目とぶつかって、アッシュはもう一度深く息をついた。 「……誰かの口が体に触れる事を許すな」 「手とかならいいのか?」 「場合による。服の下に触れるようなら今度から殴り飛ばせ」 「殴るって……。絶対無理な気がするんだけど」 「いいから殴れ」 ルークに無理やり頷かせるのを見た時には粗方の怒りは収まっていた。 まだ消化できないものはあるが、それはあの二人向きだった。ルークの襟から覗く赤い色にジェイドとガイのしてやったりという顔が見えるようで、苦々しく舌打ちする。 ガイはルークに過度の父性らしきものを持ってはいてもそっち系の感情は持っていないはずである。それは日ごろのルークの箱入りさで身にしみてよくわかっているのだが、それでもこういう行為をされるのは不快だった。ガイに対してこうなのだから、ジェイドにいたってはもう殺意だ。何を考えているのかわからないのがまた腹が立つ。 これが一時だけの怒りならばまだいい。しかしルークに寄越した伝言が痛かった。これから先、きっと己は跡が消えてもルークの首筋に唇を落とすたびにあの言葉を思い出すのだろう。からかっているだけと割り切るには己はまだ青かった。 もしかすると一生ものかもしれない粘っこい嫌がらせに、これを考えたのは間違いなくあの眼鏡だ、とアッシュは確信した。 (……くそっ、頭下げて「下さい」って言えば満足するのかあいつらは!) そうでもしないとこの後も延々と続きそうな嫌がらせに、アッシュは思い切り顔をしかめた。 それは、それだけは絶対に無理だった。しかしガイが望んでいるのはそういうことだろう。それが出来ない己はこれからずっとあの二人に弱みを握られ、手玉に取られるのだろうか。考えるだけでもうんざりものだった。 だが視点を変え、己の弱点は相手の弱点でもあることに気がつくとアッシュの片頬が上がった。 「ん? 何だ?」 「いいから黙ってろ」 とりあえず、何もわかっていないルークを引き寄せ木に押し付けた。 やっぱアッシュも吸うんだ、と色気のないことを紡ぐ口は放っておき、襟下のボタンをひとつ外す。 そして開けられた首元に顔を寄せ、先ある跡とは別の箇所に唇を這わし、ついルークが制止の声を上げてしまうまでに吸い上げてやった。 鮮やかに色濃く付いたものを見て満足げに鼻をならす。これを見ておそらく相手は黙っていないだろうが、たきつけた方が悪いのだ。第一、たとえ勝ち目がなくともやられっぱなしでいるのは性に合わない。この跡に精々そちらも苦しむがいい。 こうして終わりのない婿舅問題は幕を上げたのだった。 「案の定お返しされてムキーってなるガイ+その後の泥沼試合」を楽しむジェイドと、なんでかわからないけど最近よくアッシュが構ってくれて嬉しいルークの二人のみ勝ち組。 |