思えばこんなにも彼の手に触れたのは初めてではなかろうか、とルークはアッシュの指に自分の指を絡めながらそう思った。
記憶にある限り、この腕はいつも厚い生地で覆われていた。
それが彼のスタイルなのだから当たり前と言われてしまえばそれまでだったが、いつ顔をあわせても、それがどんなに予期せぬ出会いだろうとも、いつもその手は革に包まれていた気がする。それを外すだろう時の湯浴みや就寝などは、まずその姿すら見ることがかなわなかった。

その手が今ここにある。

ソファで読書に更けるアッシュの、投げ出されていた左手に気がついたのはつい先程だった。
本はページを両手で固定せずとも片手で事足りるようで、利き腕は本に、もう片方はクリーム色のソファの上にだらりと置かれている。
そうなっているのはたまたまのことで、アッシュ自身も半ば無意識にそうしているのだろう。何かの拍子で簡単に今の状態を失ってしまうのだろうと思うと、知らずに手を伸ばしていた。

目線が近くなるようにとソファではなく床に腰を落とし、間近にある手にゆっくりと触れる。
指先が触れ合えば、アッシュが微かに身じろぎをした。振り払われるかと思ったが、意外にも彼はそのままの状態を保った。反応を見せないのは、拒否でもないが受け入れるわけでもないと、そういうつもりなのかもしれない。
しかしそこに侮蔑の色がないというだけでルークは先に進む勇気を得られた。

重ねた手は自分と同じ形で、改めて同位体ということを意識させられる。
同じ剣を扱う身のせいか、爪の長さまでほぼ同じで思わず口元が緩んでしまった。遠い過去に一度爪が伸びたまま剣術を習い、痛い目にあった経験をアッシュもしたのだろうか。
そうだといいなと微笑み、指先をきゅっと軽く握り締めて冷え気味の心地よい体温を味わった。

ふと、この手が最初に触れた時のことを思い浮かべる。

レムの塔で、互いに死ぬ覚悟で超振動を繰り出したそうとしたあの時。
決してどちらも協力しようとしたわけではなく、半ば「自分がやる」という意地のような感情でぶつかり、ルークが何とかローレライの剣を手にすることが出来てもひとりの力では足りなかったあの時だ。
焦りと絶望でいっぱいになりそうだったルークを助けてくれたのはアッシュだった。
記憶は曖昧なところもあるが、あのあたたかさは違えようがない。
そして互いに力を放出した後、まるで離れないかのようにしっかりと握られていた自分たちの手。
すぐにその手は離れていってしまい、以後二度と同じように触れることはなかったが、その手の感触を、心のぬくもりを、ルークは忘れることはなかった。

振り払われないことをいいことに、両手で手を握る。
そうしても溢れ出る感情が治まることはなく、震える溜息を吐いた。
行為に気がつかない彼ではない。だけど手は振り払われない。
これがほんの少し前までであったら手ひどく振り払われていただろう。
今この手の中にある温もりを思うと例えないくらいの切なさが胸を満たし、ルークは祈るように組んだ手の間にある温もりに唇を落とす。

いろんな感情はたくさんあった。
だが言葉として出てきたのはこれだった。
心の中でつぶやくだけで胸が熱くなり、すこし息苦しいほどである。
「ありがとう」という言葉は、何に対してのものなのか明確ではなく、非常に漠然とした思いだった。
だが呟いても呟いても出てくるのはこの言葉であり、ルークは手にしたぬくもりを抱えながらただその単語を繰り返した。










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