「なんかお前って犬っぽいよな」 もらって微妙な言葉でも、あの後の心境では何より嬉しい言葉だった。 犬っぽい。状況や話の脈絡にもよるだろうが、あまり手放しで喜べる言葉ではない。 だがあの日、犬を可愛がるアッシュを見かけたルークには喜悦しか浮かばなかった。 アッシュは犬が好き、少なくとも嫌いではない。そしてガイ曰く自分は犬っぽい。 本当の犬になどなり得ず、どうしたって人間なのはわかっているのだが、気になる人の好きなものに例えられるのは嬉しかった。普段きつい対応をされるからこそ尚更にそう思うのだろう。嫌われている自分だけれど、犬っぽくあれば少しはそれも緩和してくれるかもしれないと。 自分としてはあまり犬っぽい行動を取っている自覚はないのだが、ガイが言うならそうなのだろう、とルークは人知れずにやついたりしていた。 ■■■ 特に変わったことがない一日の午後だった。 本日の休憩場所である宿屋の窓を開け放ち、何気なく見下ろした視線の先にあった見事な赤い髪。それは紛れもなくアッシュの髪色であり、そう認識した途端にルークの目はこれ以上ないくらいに輝いた。果ての目的が同じ故にこういう偶然は稀にあるのだが、打ち合わせもなにもない状態での逢瀬は何度味わっても嬉しいものだった。 思わず三階であるこの場所から飛び降りたいくらいに気分が高揚したのだが、壁に背を預けて方膝立てて座るアッシュの、もうひとつの膝の上に何かがいることに気がついて動きは止まった。 やさしく、ゆっくりとその頭や背、喉を撫でる姿は見覚えがあった。また犬だろうか、と凝視すると、しばらくの後にその手の下にいるのは猫なことがわかってルークは苦笑する。前回は犬、そして今回は猫。やはりアッシュは動物が好きなのだろう。 しばらく考え、ルークは階上から今回もその姿を見守ることにした。本当は声をかけて一緒に猫を愛でたいのだが、やはりこればかりは無理だろう。今声をかければおそらくアッシュはしばらく会ってくれない。 (あぁあぁ、もう、平和だなぁ) 犬のときもそうだったが、普段のアッシュを思うと何かに優しく接している姿は胸があたたかくなるものだった。 足の上で丸くなっている猫の背や喉を撫でている姿はどうしても微笑ましく、ルークの心も穏やかになる。 動物好きに悪い人はいない、という世間の言葉は当たっているのかも知れない。普段はあのような感じのアッシュだが、本当はやさしさだってちゃんと持ち合わせていることをルークは知っている。それを誰にでも言い回りたい心と、自分だけが知っていたいという心との平和な葛藤を、風に揺れる髪をとその色の下で動く腕を眺めながら楽しんだ。 猫がいなくなったらすぐにでも駆け出そう。 無性にアッシュに会いたくなったルークは、その時を想像して、でれっと相貌を崩した。 「………」 だが、いくら待てども、一人と一匹の体勢が変わらない。 時間的なことをいえば、犬の時よりはるかに長い時間彼らはそうしていて、全くと言っていいほど離れる気配がない。 日が沈みかけていた空も今ではうっすらと闇がかってきているというのに、構わず猫にかまけるアッシュはルークの目には奇異に映った。 そしてひとつの疑問が思い浮かぶ。 (……あいつ、もしや犬より猫派か!?) 一般的にはさして問題でもないことでも、既に犬と己を同じ存在のように思っているルークにとっては大問題だった。 犬っぽいと言われて喜んだのはあくまでアッシュが犬を一番好きだからと思っていたからのことであり、実は犬よりも猫が好きだというのなら暢気に浮かれている場合ではない。 疑問が真実かどうか見極めようと、ルークは窓から身を乗り出すようにして真下の一人と一匹を食い入るように見つめた。 しかし残念ながら真上からの視点ではアッシュの表情は見えない。 もしかしたら無表情かもしれないし、逆にまた笑顔かもしれない。問題はその笑顔が犬と接していた時と比べてどうなのかということで、あれ以上の笑みだったらと思うと自然と窓枠を掴む手に力が入る。 穿った心境で見るせいか、アッシュの手つきもとても優しく、かなりの愛情があるように見えてしまい、ルークの心は平常から遠ざかっていった。 (……あ、でも何かあいつもう、行きそう……?) 永遠に続くかと思われた光景だが、しばしの後、アッシュは膝の猫をそっと抱きかかえて地面に下した。 やっとか、とルークの詰めていた息と肩の力も抜け、ぐったりと窓枠に崩れ落ちる。 例え猫相手でも、犬と例えられた自分にとっては十分嫉妬の対象になりうるもので、姿が離れると単純にほっとした。馬鹿だということは十分に承知しているが、アッシュのこととなるとそうならずにはいられない。 悶々としていたルークだったが、猫を放し、己も立ち上がったアッシュの姿に彼らの別れの気配が出るとそれも治まり出した。そうすると次第に思考も前向きになってくる。 アッシュが猫好きなのは間違いないだろう。 だが、だからといってそれが犬以上とは断定できない。判断材料が少なすぎる上、構うといってもその時その時の気分によって時間も変わるだろう。犬より猫のほうが小さいため、扱いやすさから触れている時間も長かったのかもしれない。先の犬がこの猫のような大きさだったらきっとアッシュだって今以上に構っていた可能性だって十分にある。いや、そうに違いない。 そう自分に言い聞かせていると、不思議とそんな気がしてきて、自分でも苦笑ものの単純さだがどうにか落ち着いてきた。 世の中思い込んだもの勝ちだ、と最後に思い込ませようとしたルークだったが、視界に現実の厳しさが映った。 そのまま去るかと思ったアッシュが、ためらいもなく再びその体を抱き上げて去ってしまったのである。 この場限りのものだと思っていた馴れ合いの結末に、ルークは瞬きをも忘れて立ち尽くす。胸の中であふれんばかりの感情が渦巻いているのだが、それをどう言葉にしていいのかわからなかった。 残ったのは日没の静寂とルークの辺りに吹きすさぶ冷たい風のみで、顔に落ちる影が一層と哀愁を誘った。 「おいルーク、どうしたんだぼーっとして。なんか気になるものでもあるのか?」 窓の外を見やって微動だにしないルークをからかうようにガイが声をかけたが、それでもルークは動かなかった。 「ルーク?」 「……ガイ、俺って何っぽい?」 「は?」 「本当は犬よりも猫だよな? な!」 「ちょっと待てお前何言って……」 「俺、今日から猫になるから。よろしく」 目を瞬くガイを置いて部屋を出て行き、ティアからあの装着物を借りようとするルークはどこまでも真剣だった。 もちろん止められます。 |