それはまだルークの中で、アッシュが特別になって間もない頃のことだった。

普段と変わらない慌しい日々を過ごしていたルークたちに、たまたま街で出会った漆黒の翼を通じてアッシュが負傷したという情報が入った。
突然の知らせは体の中心が重くなるような感覚を与え、アッシュを案じる言葉をかけてくる仲間の言葉も耳に入らず、衝動のままにルークは安否を確かめるために宿で休んでいるという彼のもとへと走り出した。

アッシュの負傷などめずらしいものではなく、そしてそれらのほとんどが軽いもので終わっているのは知っている。今回もただのかすり傷だということは聞いていた。
だが、わかっていてもこればかりはどうしようもなかった。
アッシュは、ルークにとってはどんなに憎まれているとわかっていても嫌いになることなど出来ない、大切な、唯一の存在なのである。
普段は離れている分、会える場所にいるとなるとどうしてもこの目で確かめたかった。それがどんなに軽い傷であろうともだ。
以前見たアッシュの姿を思い浮かべ、その一部分でも損なってはいないかとの不安に表情が曇る。
無事でいてほしい。


「あ……」


部屋から出てくるアッシュとかちあったのはすぐのことだった。
驚きは一瞬で、すぐにルークはアッシュの爪先から頭までを何度も眺めやる。
自分の足で支えなく立っていること、そして頬に少し長めのかすり傷を負っているも悪くない顔色、荒れていない呼吸。それは普段見るアッシュとほとんどかわりがなかった。
無事なのだと判断した瞬間、安堵の溜息と共に肩の強張りが解けた。


「よかった……」


自然と漏らしてしまった言葉のごく小さな呟きに、アッシュは眉間に皺を寄せた。
それに気付かず、アッシュの頬の傷に手を伸ばしかけたルークだったが、その手は強い力で振り払われることになる。


「劣化野郎に心配されるほど俺は落ちぶれているという訳か」


落とされた言葉に表情が強張ったが、痛む心が大きくて言葉が出なかった。
ただ首を振るルークを冷めた目で見据え、アッシュは更に言葉の刃を差し向ける。


「覚えておけ。お前がどう思おうが、こっちはお前のような奴に気に掛けられるほどの屈辱はない」
「―――」
「わかったらとっとと失せろ」


冷たい視線だった。そこに思いやりや労りなどは何一つ含まれていない。
それが当たり前、それがアッシュだ。わかっていて行動した己が浅はかだったのだ。
しかしそういう態度に出られる度にいちいち傷つく自分がいて、その愚かさにため息が出る。アッシュが自分を受け入れてくれることなどないというのに、彼に近づこうとしては蔑如され胸を痛めて。
見上げた先のアッシュの視線はもはや自分に向いておらず、拒絶の色しか見せない背中を見上げながら、ルークは振り払われた手を握り締めていた。





■■■





「あー待った待った! 俺がやるから!」


逢瀬の際の、ふいに訪れた戦闘後。
思った以上にモンスターは手ごわく、体力がかなりあったそれをしとめるのには二人がかりでも少しの時間を要した。
大きな体が地面に沈むのを確認した後、体力を消耗させたアッシュがそれを回復させようとアイテムを手にしたのだが、ルークは腕を掴んで動きを遮った。


「何の真似だ」
「だから、オレが体力回復してやるって言ってんの。ほらこっちこいって」


守護方陣をかけてやるから、と腕を引っ張ると、嫌そうな表情と共にそれが払われた。


「いらん、余計なことをするな」


そしてアッシュは再びアイテムに手を伸ばしたのだが、させるものかとそれよりも先にルークは技を発動し、微かな時間あたりがまばゆく光る。
彼の眉間に皺が寄ったがそれ以上何も言われることはなく、ルークはアッシュの腕を掴んだまま視線を上げずにぽつりと呟いた。


「前さあ、アッシュの傷に触わろうとして思いっきり拒絶されたよな」
「………」
「嫌われまくってるってわかってるのにどうしてか手が動いて……で、お前に怒りを注いで。やればやるほど嫌われるってのに一生懸命どうにかしようと足りない頭使って」


まあ結局何もできなかったんだけどな、と軽く自嘲し、しかしルークは笑顔でアッシュの顔を見た。


「でも今は違う。傷ついてるアッシュを癒すことが出来る。そうだろ?」
「大層な自信だな。自惚れるのも大概にしろ」
「自惚れるっつーの! だってアッシュがこんなに近くにいるんだぜ?」
「お前が勝手にいるだけだろうが」


眉間の皺を深く刻んだアッシュがそんな言葉を出しても、ルークの笑みが止まることはなかった。
体格は同じだが、それでも彼が本気でこの手を振り払えば適わない。それを知らない彼ではないのに、それでもアッシュはその口でどんなに辛辣な言葉を吐こうとも、こうして自分が触れることを許してくれている。
体力などとうに回復しているのにルークは掴んだ腕を離すことはなく、アッシュも引き剥がすようなことも、昔のように冷たい目を向けることもなかった。
ただそれだけのことがひどく嬉しく、ルークは調子に乗ってアッシュの腕を引く。
彼の頬、昔触れることが出来なかった傷の辺りをめがけて唇を落とし、過去のアッシュと自分を慰めた。











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