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「な、なあ、アッシュってさ。その……き、き、キス、したこと、あんの?」 「………」 それが第一声だった。 互いの情報を交換した後、別れ際にルークは思い切った質問をアッシュに投げかけた。 変なことを聞いている自覚はあったが、ここ最近そればかりが気になって仕方がなかったのである。以前森で、自分があれほど頑張ったのに結局何も出来ずに惨敗したことが尾を引いていた。無抵抗の相手にそうだった自分。ならばアッシュはどうなのだろうと気になったのだ。 しかし案の定というかアッシュの反応はすこぶる悪く、普段の倍は嫌そうに顔をしかめている。 このままでは絶対に答えをもらえないと踏んだルークは、アッシュが踵を返すよりも前に腕を掴み、必死な様子で言葉を続けた。 「だって気になるんだからしょうがねぇだろ! お、俺はないけど、アッシュはあんのかなーって……」 「………」 「あ、もしかしてアッシュもない?」 返事がないので勝手に都合のいい解釈をしたルークは途端に嬉しそうな笑みを浮かべた。 自分だけがジェイドが言うように「お子様」なのかと思っていたが、もしかしたらアッシュもお仲間なのかもしれない。同じ境遇のものがいるというのは心強いことであり、被験者が経験していてレプリカの自分が経験していないというのはやはりどこか悔しいものもある。なによりアッシュが誰ともそういうことをしていないという事実が純粋に嬉しかった。 しかしアッシュは屑、と紡ぐにふさわしい表情でこう言ったのだ。 「てめぇと一緒にすんな馬鹿が」 「えっ! てことは……」 経験があるのか、と目で問うと、アッシュは鼻で笑って肯定の意を示した。 途端、浮上した心が一気に急降下し、地面にめり込んで地核をも突き抜けた。ショックで開いた口がふさがらず、その場に直立してしまう。 自分はあれほど頑張っても出来ず終いだったというのに、アッシュはとうに軽くやってのけていたというのか。 「……誰と?」 ようやく出せたのはそんな質問で、自分でも何言ってんだと突っ込みたくなるようなものだった。 「一回死ね、屑。くだらねぇことをいちいち聞いてくんな鬱陶しい」 「いっ、いいじゃねぇかそんなもんぐらい! 相手が誰かは言えないとしても、どんな感じかぐらい教えてくれたっていいだろ!」 非常に冷めた目で見られ、ルークは恥ずかしさから焦って更に変な質問をしてしまい、心の中で思い切り喚いた。経験があるかないかは知りたかったが、誰かもわからない相手とのことなんて詳しく知りたくないというのに。 ちぐはぐな行動に、自分は頭だけじゃなく口まで馬鹿なのだろうかと軽く落ち込んだ。 しかし言ってしまったものはしょうがない。こうなりゃもう自棄だ、とルークはアッシュの腕を強く掴んでさらに墓穴を掘っていく。 「ほら、言えよ! じゃないと嘘だって取るぞ! ほら、ほら!」 「……てめぇみてぇなガキに説明したって通じるわけねぇだろうが」 「そんなの言ってみないとわからないだろ」 「………」 「なあアッシュさー、いいじゃん、なあ。教えてくれよー、なあってば」 「―――ああうるせぇ!」 腕を揺さぶり、嫌がるアッシュを無視してしつこく促していると、とうとう切れたのか大きく一喝されてしまった。 一瞬びくりと怯んでしまうが、今日のルークは妙なテンションと悔しさが加担して、引き下がることなくアッシュを睨み返すに至った。 そのことが面白くなかったのか、アッシュは大きく舌打ちをしたかと思うと腕のルークを引き剥がし、その身を勢いをつけて木の幹に押し付けた。 強かに背中を打ち、痛みにうめいたルークだったが、文句を言う前に顎を強引に掴まれ、アッシュの顔が覆い被さる。 「………!」 アッシュの、近すぎて輪郭が取れない顔と、息苦しさと。唇を覆うあたたかい何かの正体に気付いた時、ルークはこれ以上ないほどに驚いて固まった。 はじめは被さっていただけのぬくもりだったが、唇をなにか湿ったものになぞられて思わず口を開いてしまう。すると信じられないことにそのあたたかくて湿ったものが口内に侵入し、ルークは更に混乱した。 未知の恐怖に固く目を閉じたので見たわけではないが、おそらくこれはアッシュの舌なのだろう。それが己の口内をなぞり、舌を触れ合わせ、絡ませるのだ。時折もれる湿った音の元を考えると、一瞬にして顔が高潮するのがわかった。 何かを考える余裕はなかった。 ただアッシュが仕掛けてくる行為を受け止めるので精一杯で、相手の肩や腕を掴むことしか出来ない。何を、と声に出したくとも吐息に混じって微かにもれる声しか出せず、そんな自分の声にまた羞恥が増す。 どうすればいいのかわからないまま、とにかくルークはアッシュの舌が蠢く度にびくびくと体を震わせていた。 どれほどの時間が経っただろう。 息苦しさに耐えられなくなる頃を見計らったように、ふと唇からぬくもりが消えた。 思わず目を開いた先には濡れたアッシュの唇があり、今の行為の証拠を突きつけられたようでルークは恥ずかしさで死にそうな気分を味わう。 「わかったか、ガキ」 そして何の説明もなくその言葉だけを残し、アッシュはルークから腕を放してあっさりと去っていった。 支えを失った体はずるずると木の幹に沿って崩れ落ち、ルークは手で口を覆って信じらんねぇ、と呟く。 これは一体なんだ。 キスなのは確かだろうが、ルークの思っていたものとは全く違った。優しく、穏やかな気持ちになると思っていたのだが、心臓は壊れるぐらいにばくばくいっているし、とにかくわたわたと落ち着かない。 それでもルークは思った。 「……もう一回したい、かも」 混乱も混乱であまり状況がわかっていないのだが、アッシュがどういう意図であろうと今の行為はルークを酩酊させた。去ったぬくもりが名残惜しく、手の甲で未練がましく唇に触れる。 アッシュの舌が口内をなぞると背と首筋に走った何かを、もっと味わいたい。思い出しただけでも微かに走るそれをもう一度。 しかしこの感覚を、行為前のやり取りからするにアッシュは他の誰かに与えていたことがあるのだろう。 自分にしたように、いやもしかしたら自分以上にすごいものを与えていたのかもしれない。その考えはとても悔しいもので、ルークは浮いた気持ちから一変してとても不愉快になった。 「あーもう! アッシュのクソ馬鹿野郎!」 混乱、恍惚、不快。自分をこんな複雑な状態にした、とうに姿の見えないアッシュに向かって、ルークはひとり木々に囲まれながら思い切り叫んだ。 今夜は眠れそうにない。 |