アッシュに呼び出される時はたいてい街の外である。 歩いて数分の、森や林の中で用事を済ますのが常で、ルークとしても特に不満に思うようなことはないので、今回もいつもと同じように森のそう深くないところでアッシュの用件を聞いていた。 地理的にモンスターに遭遇しやすいのだが、アッシュの剣の腕前は知っているし、自分だってそこそこのものだと思っていたのでそこにあまり注意を向けたことはなかった。何度か遭遇して、その度に何事もなくこれたことも油断に繋がったのだろう。 そして今回のことが起こったのである。 「――アッシュ!」 「っ、この、屑が!」 崩れ落ちる赤い髪の軌道を見ながら、ルークは己を庇ってモンスターが吐くガスを受けた彼の名を叫んだ。 まともに喰らったアッシュが地面に倒れ、すぐにその姿に駆け寄りたかったが、伏せった彼にとどめを刺そうとするモンスターを始末する方が先だった。感情に任せた懇親の力を込めた一撃は相手の急所を突き、微かな唸り声を上げてその身も地面に落ちる。 絶命を確認すると即座にアッシュの傍に膝をつき、容態を確認する。アッシュほどのものがこのような格下のモンスターにやられるということもないのだろうが、起き上がらないことが気がかりだった。 肩をゆすって名を呼びかけようとして、こういうときはあまり揺らさない方がいいとジェイドに聞いていたのを思い出しうろたえる。だからといって自分は治癒の譜術も使えなければ、アイテムすら持っていないのだ。何をしていいのかわからない。 とりあえず首に手を、口に耳を当てて脈と呼吸を確認し、異常がないことを確かめはしたのだがアッシュは目を覚まさない。 誰かを呼んでくるほうがいいのだろうが、運ぶにしても揺らさないで運ぶ自信はなかったし、だからといってこんな場所に意識のないアッシュ一人を残していくなど出来るわけがない。 どうしよう、と目をあちらこちらにやって、ふと自分たちを襲ったモンスターが目に入った。 「……あ、こいつ!」 憎憎しげに眺めていたルークだったが、突如、以前ガイが同系種族相手に同じような目に遭ったのを思い出した。外傷はないのに意識がないこの状況はまさしく以前のガイそのままだった。 もう一度アッシュに異常がないかを注意深く確かめ、ガイとの相違点が見当たらないことを確認すると、ルークは肩の力を抜いて長い長いため息を吐いた。 「んだよ寝てるだけかよ……」 ガスの効果は睡眠だった。 生憎それを治すアイテムは持ち合わせていないが、治療法など簡単である。 ベッドで眠るものを起こすのと同じようにすればそれが治療になる。ということは思い切り体を揺さぶって名前を叫んだりすればいいのだろう。 なんだよ心配させて、と心配した分そう愚痴が出てしまったが、この事態を招いたのはルーク自身のミスである。 自分たちに敵うモンスターなどこんなところに存在しないと奢っていた結果がルークの油断を招き、そして今に至るのだ。 今回は睡眠効果だけで済んだからいいものの、もしアッシュが受けたのが鋭い爪だったり牙だったり、そして剣だったりと思うと背筋が冷える。 ごめん、と沈痛な面持ちでアッシュに零し、ルークは今回のことを深く反省した。 そして寝ているだけとわかったならばすぐにでもアッシュを起こそうと肩に手を伸ばし、遠慮なく揺さぶってみたのだがアッシュは起きなかった。ならばと名前を連呼しても結果は同じで、これは本当に寝ているだけなのだろうかと不安になったが、そういえばガイもなかなか起きずに結局は譜術を受けていたことを思い出した。やはり人を呼ぶかと思ったが、あの時ガイは治療を受けてはいたものの、ジェイド曰く、本当は放っておいても自然に治癒されるとのことである。 ならばしばらく待ってみるか、とルークはアッシュに付き合うことにした。 「……俺もこんな顔で寝てんのかな」 同じ顔なのだからそうなのかもしれないが、少なくとも寝てるときまで眉間に皺を寄せたりなんかしないだろうと、こんな時でも難しい顔のアッシュに苦笑を零す。 それともどこか痛めているのだろうかと不安がよぎったが、ガスを受けた以外の攻撃はなかったはずだ。ならば寝心地が悪いのかもしれない。地面を見れば、木の根がところどころ姿を見せていたり、大小さまざまな石が転がっていたり、一部地面が湿っていたりと、予想以上に悪い環境だった。 もともとそういう寝顔なのかもしれないが、それを差し引いてもこのままではアッシュが目を覚ました時体が痛むかもしれない。 もう少しだけアッシュの寝姿を拝見したいルークとしては、罪悪感からかせめて最適な環境を味わわせてやりたかった。 うーん、としばらく悩んだ結果、ルークはアッシュの頭のすぐ隣へと腰を下ろした。 そして極力動かさないように頭を両手で持ち上げ、そっと自分の腿に落とす。起きるかも、とかなり神経を使ったが、眠りが深いのかアッシュが目を覚ますことはなかった。 「………。何してんだっつーの俺」 腿の上にあるアッシュの顔を見ながらルークはそう自分に突っ込んだ。 とりあえず枕が必要だろうとあまり深く考えずに実行したはいいが、この行為は思った以上に羞恥を催す。誰も見ていないからいいじゃないかとは思うのだが、自分だけが見ていても恥ずかしかった。 ならば元のようにアッシュの頭を下ろせばいいのだろうが、ここまでアッシュと距離をつめることはもうないかもしれないことを思うと、羞恥よりも惜しいという思いのほうが若干勝った。 目を覚ませばどうせ盛大に罵られるのだから、アッシュの意識がない今、少しぐらいいい思いはしておきたい。 「ぶっ、変な顔ー」 アッシュが起きないのをいいことに、ルークはその頬をつまんで横に伸ばして顔のゆがみを楽しんだ。普段笑わないのだから、と両手の人差し指を使ってアッシュの口角を無理やり持ち上げてみたり、つり上がっている眉を八の字のしてみたり、今でなければ絶対に無理なことに夢中になる。 それに飽きると今度は少し乱れて額にかかっている前髪を、やさしい手つきで後ろへ梳き、流れに沿って後ろの髪にも手を伸ばす。長い髪が自分の脚に広がっていることが嬉しかった。 そして髪を十分に楽しんだ後はそっと額に触れてみる。そのまま頬に手を滑らせて顔のラインをなぞっていくと、アッシュの微かに開いた唇が目に付いた。 先ほど遊んだせいで開いたか、ともう一度軽く触れようとしてルークの動きが止まる。 「……や、やっちゃってもいいかな」 ふと、知識でしか聞いたことのない「キス」というものの存在を思い出したのだ。 頬や額ではなく、唇同士を合わせる行為は家族以上に親密で、たったひとりの一番大好きな人とするのだと幼少の頃ガイに教わったそれを、今、猛烈にアッシュと交わしてみたいと思った。 興味はあったが今までそうしたいと思う人物は現れていなかった。ヴァンやガイがそれに当てはまるかと思ったが、不思議とそうしたい、されたいとは思わなかった。だけど今はアッシュとしたい。 もう一度ガイの言葉とアッシュを照らし合わせ、一人で「うん、間違ってないよな」と頷く。アッシュはルークのたったひとりの、大好きという言葉以上の存在である。 やるならきっと今しかない。 アッシュの唇から目がそらせず、ルークはごくりと喉を鳴らした。 (大丈夫、ここには俺しかいない。アッシュも意識がない。あれだけいじっても起きなかったんだ、ちょっと触れるぐらいなら) そして息を止め、己の顔をアッシュに近づけていく。 視界いっぱいのアッシュの顔に思わず瞑る両の目。 体内で暴れまくる心臓の鼓動。 しかしあとわずかで触れ合う、といったところでアッシュの息が口元にかかると、それに驚いたルークはびくりと背を引き攣らせて顔を上げてしまった。 驚きでしばし放心してしまったが、呆けている場合でない。 んだよびっくりさせんなよ、と赤い顔で零し、「仕切りなおし仕切りなおし」と頭で唱えながら再び顔を落とす。 一度経験したので今度は息がかかろうとも顔を上げることはしなかった。だが、アッシュの息遣いを感じるたびにルークの脈は速くなり、怪我をしているわけでもないのに体中がどくどく音を立てていた。 今からこの呼吸を止めるのだ。そう思うとカッと体が熱くなり、緊張で変な汗までかいてくる。 「〜〜〜っ、駄目だ!」 それでも本当にあとわずかというところで勇気を使い果たしてしまったルークは、一度目と同じように顔を離してしまった。 近くまでは行くのだが、そのあと少しというところでどうしても止まってしまう。その少しを超える勇気がどうしても、どうしても出ないのだ。寝ている相手にすらこれなのだから、意識のある時など絶対の絶対に無理だとルークは真剣に思った。 何もしていないのに真っ赤に染まった顔に手を当て、ほてりを冷やす。緊張で冷えた指先がが心地よかった。 しばらくして顔のほてりも治まった頃、ルークは再び思う。 「……次なら出来るかも」 きっとこの機会を失ったらこの先アッシュとこういうことは出来ないだろう。 ならばここで絶対に押さえておきたい。どうしても。 次は、と胸躍らせて、終わりない行為を試みる。 少し前から意識を取り戻したアッシュが、目を開く機会がなくて焦っているのも知らないままで。 (ステータス異常に睡眠があることを前提に書いてしまいました…) ちなみにキテレツの由来はタイトルもどきの歌詞です。 |