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「えっ、みんな食べたことあんの!?」 驚きながら聞き返し、仲間たちの頷きが返ってくるのを見てルークはとてつもないショックを受けていた。 そういえば、と自分が離脱していた時のことを思い出して余計に青くなる。 こんなことなら無理やりにでもキノコロードで付いて行くのだったと後悔するが、今更どうにかなるものではなかった。 ルークに出来るのは唸ったり、意味不明な言葉を喚き散らしたりすることだけであり、その落胆振りについつい仲間たちも悪戯心が生まれてしまう。 「いやあ、滅多にないだろう経験をさせていただきましたよ」 「そうそう。料理なんか出来そうにもないのに案外美味しかったし! あ、もちろんこのアニスちゃんには遠く及ばないんだけどね」 「いやなかなかのもんだったと思うぞ俺は。どう調味料を調合してるのか興味あるねあれは」 「確かに彼の料理は少ない材料で量もまかなえていたし、理想ではあったわ」 「さすがアッシュですわ。きっと彼に出来ないことなどないに違いありません」 からかいと、本気が混じっている仲間たちの言葉はルークをとことん打ちのめした。 ジェイドを筆頭とするマルクト組の言葉は自分をからかうだけのものと断定してもよく、ナタリアとてたとえアッシュが不味いものを作ろうとも絶賛するだろうので深く気にするものでもない。 だがきっと冗談の類が言えないであろうティアを感心させていたことが気になった。 被験者とレプリカという立場からして、レプリカの自分よりもやはり被験者の料理の方が上手いということが悔しい。それもある。 純粋にそれほどまでに褒める料理なら食べてみたい。それもある。 しかし一番大きいのはアッシュが作った料理だから食べてみたかったということで、ルークは心の中でごろごろとのた打ち回った。 だから二人が会った開口一番はこれだった。 「アッシュ、俺に料理を作ってくれ」 ■■■ 「即刻消えろ」 相手の反応は早かった。 嫌そうな表情を作ることもせずにルークに背を向け、そのまますたすたと歩いていってしまう。 もちろんそんなことは予想済みなので動じず、ルークは素早く手を広げてアッシュの前に立ちはだかり、切羽詰まった表情で必死に訴えた。 「だって俺だけアッシュの手料理食べてない!」 「知るかそんなもの。腹が減ってるなら他の者に頼め」 「ああもうわかんねぇやつだな! アッシュのだから食べたいんだろ!」 そう力説すると、アッシュは眉間に皺を寄せたいつもの表情でルークを見据えてきた。 「なぜお前にそんな手間を掛けなきゃならない」 「う……だって」 「大体お前が俺に何か指図できるような立場か。少し共に行動すれば途端に付け上がりやがって、母上のことがなかったら誰がお前たちなんかと」 かけられるきつい言葉たちにルークは口元を引き結んだ。 アッシュのこういうものの言い方には随分慣れたと思っていたが、やはり胸が痛まないわけではない。それにアッシュの言うようにキノコロードでのこともあって、少しの間ではあるが一緒に行動してもいいぐらいにはこちらに気を許しているのではないかと思っていたのも確かだった。 そしてよく考えればキノコロードに自分はいなかったことを思い出し、途端に今までの強気はどこへやらルークの意気が消沈する。 言葉につまって俯くと、視界に入っていたアッシュのつま先はすぐに見えなくなった。土を踏む足音がだんだん遠ざかっていくのを悲しい思いで聞き、音がしなくなって顔を上げればやはりそこにその姿は見えずに溜息が出る。 「……あーあ。まだまだ、か」 少し近づいたと思えば途端にこの様。 まだまだ嫌われているのだな、とルークは落ち込みながら仲間の元へと戻っていった。 ■■■ 数日後。 街で買出し中、ルークは一緒にいたミュウの姿が見えないことに気が付いた。 全くあいつは、と呟きながら、小さいが特徴のある姿を探すと、街の入り口の方からぷかぷかと浮いているミュウを発見する。 見つかったことにとりあえず安堵のため息を漏らしつつも、勝手にうろちょろするな、と口を開いたのだが、その手に何かを引っさげているのに気がついて叱責が止まってしまった。 「……お前、何持ってんだ?」 「あっ、ご主人様! 見てくださいですの〜!」 声を掛けると、ミュウは喜色満面という言葉がぴったりの笑みを浮かべてルークの元へと向かってきた。 だが荷物を引きずらないようにだろう、ふよふよ浮いたり、力尽きて一度地面に降りてまた浮く、という実に効率の悪い移動のため、こちらからミュウの元へ行ったほうが早かった。 傍に行けば、まずわけもわからず「ハイですの」と荷物を渡されてしまう。 ハイ、と言われてもこの荷物に身に覚えのないルークは首を傾げるしかなく、これはなんだとやたら嬉しそうなミュウに経緯を促した。 「ご主人様の後を付いていたら急に耳をつかまれて、街の入り口まで連れて行かれたんですの。それでこれをご主人様に渡せってもらったんですの」 「はぁ? 誰にだよ」 「アッシュさんですの〜!」 「アッシュ!?」 何か危ないものじゃないだろうな、と訝しんでいたルークだったが、その名前を聞いて面食らった。 気まずい別れ方をして、もしやもう会ってくれないのではと思っていた相手からの荷物は、正直なところ嬉しさよりも戸惑いの方が強い。 両手よりも少し大きいぐらいの四角い包みは、軽いといえば軽いし、重いといえば重いようなそんな微妙な重さだった。 中身が物凄く気になり、とりあえず誰もいない路地裏へ向かい、腰を下ろして膝の上でゆっくりと四角いものを覆っている布を取り外す。出てきたのは鉛色した金属の箱で、蓋が付いていた。 一体何が、とどちらかというと恐怖に近い感情でおそるおそる蓋を持ち上げると、視界一面に茜色が飛び込んできた。これは何だろう、と悩まなくてもすぐにその正体はわかり、ルークの体が固まる。 「これ、何ですの?」 「………」 「ご主人様?」 「……多分、弁当、だと……思う」 箱の中身を凝視しながら、ルークはうう、と唸った。 中身はある食べ物が詰め込まれていた。自分たちの最後のやり取りを思い浮かべると、このアッシュの行為は嬉しくて嬉しくてミュウのように浮いてしまいたいぐらいなのだが、中身のことを考えると手放しで喜べない。 箱一面に敷き詰められたルークの嫌いな食べ物。 誰に聞いたかはわからないが、少量なら最近仲間に鍛えられてなんとかなるものの、こうも量が多いと怯んでしまう。何よりアッシュの意図が読めない。 あまり冷静で見られない鮮やかな色を前に色んな表情を浮かべ、しかし最後にルークに浮かぶのは笑みだった。 たとえどんな意図にせよアッシュはこうして料理を自分に届けてくれた。 嫌がらせでも、ここまで手間を掛けてくれたのだと思うと嬉しいと思うのは馬鹿だろうか。 行儀が悪いと思ったが、指でひとつつまみ、口の中に入れる。予想に反して、嫌な味はしなかった。 「美味しいですの?」 「……まあ、普通」 苦手故に美味とまではいかないが、苦手な食べ物のはずなのにそこそこ普通に食べられそうなのだからもしかしたら本当にアッシュは料理上手なのかもしれない。買ってきたものを詰め込んだ可能性も否定できないが、おそらくアッシュの性格からいってこれは彼がこしらえたものであろう。まだ残る温かさが心を打った。 興味深げに覗き込んでくるミュウにいくつか分け与えてやりながら、箱の中身を消費していく。流石にある程度以上になるときつくなってきたのだが、それでもルークに残すという選択肢はなかった。 そしてようやく最後のひとつを飲み込んだ時、笑顔のミュウが箱を指差して告げた。 「ご主人様、ご主人様、ここを押してくださいですの!」 「あ? 押す? ……ってこんなとこにスイッチかよ」 言われなければ気付かないであろう、側面に設けられているスライド式の仕掛けをずらすと、中に小さな突起が付いていた。ミュウが促すままにためらいもなくそれを押すと、機械が動く音と共に薄くはあるが箱にもう一段だけ段が増えた。 こんなに手間を掛けて何を、と思いながら現れた段の中身を覗いて今度こそルークの動きが止まる。 「これは……」 「アッシュさんが、ご主人様がちゃんと全部食べたらこの仕掛けを教えるように言ったですの。きっとご褒美ですの〜!」 ご褒美。中身はまさにそれだった。 薄い箱に敷き詰められていたのは、ルークの好きな焼き菓子だった。付けられた焼印を見てそれを確信する。流石にこれは買ったものであるが、それでもこの菓子はルークが知る限りひとつの街でしか売られていない。 たまたま持っていたにせよ、こういう風に預けてきたことと、何より自分の好みをアッシュが知っていることがひどくルークを高揚させた。 先ほどまで感じていた多少の胸やけなど瞬時にどこかへ飛び、早速一口齧る。それは普段食べるよりも何倍も美味しく感じられた。 一口がもったいない。だが食べずにはいられない。 こんなにも胸があたたかくなる食べ物を、ルークは知らなかった。 この箱を返す時、今度は自分が何かを作ってアッシュに贈ろう。 中身を考える時間はとても幸福であり、アッシュと会っているわけでもないのに胸はどきどきと鼓動を早めていた。 |