アッシュからこちらに回線を繋ぐことは出来ても、おそらくこちらからアッシュに回線を繋ぐことは出来ていない。
一方通行の回線は、頻繁に来るのならまだしもまれにしか繋がらず、安否が不安になったり、理由などないが無償に顔が見たくなったりした時はとにかく不便である。
頑張ればなんとかなるかもしれないと、やり方もわからずうんうん唸りながら頭の中でアッシュを呼び続けてみたことも何回もある。
だが結果は惨敗で、呼び掛けにアッシュが応答したことは一度もないのが現状だった。


「あーあ。譜術みたいに呪文でアッシュも呼び出せたらいいのに」
「……まあ似たようなもんになってるだろ」


それは小さな呟きで、誰かに聞かせるための言葉ではなかったのだが、返事が返ってきたことに驚いて振り返った。


「んだよガイ。びびるだろーが」
「驚くのはこっちだろ。難しい顔してるからなんだと思いきやなーに乙女思考してんだお前は」


乙女思考、と言われ、確かにその通りだと反論できないルークは少しだけ目元を染めた。


「うるせー。大体、そんなもんだろってどういうことだよ」
「どういうこともなにも、アッシュは召喚されてるだろって言ってるんだよ」
「えっ! 誰に!」


もしかしてナタリア? と焦ったように聞き返すと、ガイは突然吹き出した。


「お前だお前。自覚ないのかよ」
「え、お、俺!?」
「そう。ルーク様でございます」


片手を前で曲げて優雅に礼を取りながら言われたので冗談かと思ったが、いやいやと首を振ってガイはそれを否定した。


「俺、って言われたって……今までアッシュを召喚した事なんてないし、第一呪文なんか唱えたこともないぞ」


人を呼び出す譜術なんて聞いたことがないが、それは自分が無知なだけで本当にそんな術があるのだとしても、そんな呪文など知らないルークは不思議そうにガイを見た。


「まあまあ。……で、ちょっと話は変わるが、お前今アッシュに会いたくてたまらないか?」
「んだよいきなり……そうだけどさ」
「今更照れるなって。で、それってもう限界近いか?」
「……まあ」


確かに今自分はアッシュに会いたくて、夜もそのことばかりを考えてしまって眠りがたくなってはいるが、いくらガイが相手でもそれを素直に言うのは恥ずかしい。
照れ隠しにややガイを睨み上げながらも無愛想に答えると、ガイは得意げな顔になってこう言った。


「よしよし、健気なルークにいいことを教えてやろう。いいか、あいつは近日中に連絡を取ってくるぞ」
「はぁ? なんでそんなことがわかるんだよ」
「いいから、まあみてろよ」


かなり眉唾ものの話だが、あまりにもガイが自信ありげで冗談や嘘を言っている様子はなかったので、とりあえずルークは頷いてみた。
話が本当かどうかはわからないが、アッシュと連絡が取れるのならそれは嬉しく、もし外れたらそれなりの責任は取ってもらえばいい。
そうして幾日か過ぎ、アッシュ不足も深刻さを増してきたころだった。
ルークは「信じられない」と顔に大きく書きながら目の前を眺めていた。


「嘘だろ……」
「な、俺の言った通りだろ?」


そう笑ってガイが指す先には、ルークが会いたくてたまらなかった人物の姿があった。
今はまだ遠くにいてはっきりとした姿は見えないのだが、ルークにはそれはアッシュだと確信出来た。


「何で? 何でガイはアッシュが来るってわかったんだ?」
「って言われてもなあ。ちょっと考えれば誰でもわかるぞ」
「んだよ。どーせ俺は馬鹿だよ」
「はは、拗ねんなって。ほら、来たぞ」
「! アッシュ!」


近くまで来ていたアッシュを指してやると、むくれ顔は瞬時に笑みに変わり、すぐさま仏頂面へと駆け寄って行った。
近寄れば嫌そうな顔になるが、踵は返さない。話しかければ、言葉が返ってくる。
仕草一つ一つがアッシュであり、記憶にあったどんな姿よりも実際に目にしている存在の鮮やかさにはかなわなかった。
体いっぱいで嬉しそうな姿を見て、ガイはやれやれとため息をつく。


「わかりやすいのに、なんでこうもルークには通じないかね」


アッシュがやってくる理由なんて、本当に単純なものだ。
ルークがアッシュに会いたくてたまらない時は、アッシュだってルークに会いたいのだ。
しかし素直じゃないアッシュは、そう頻繁に連絡を取るのに抵抗があるためにルークへ呼びかけるのをためらってしまう。だがそれも「ルーク」という存在そのものが彼を呼び寄せる呪文になっているので、そう長くは続かない。
よってアッシュが意地を見せた分、ルークが切に願ったよりも少しずれて連絡が入るなり、会いにやってきたりするのだ。
わからないのはルーク本人ぐらいのものだろう。


まったく、可愛い奴らじゃないか。


目の前で早速いつも通りに言い合いをおっぱじめている二人は、表面上は怒ったり喧嘩腰だったりと穏やかではない。
だがよく見ると表情が生き生きとしてどこか楽しんでいるようにも見え、事実そうなのだろう。
脱力するような光景だが、苦笑はやわらかい。
和まされる光景に仲間たちも穏やかな表情を見せ、ガイも同じように赤い髪の二人を見やった。