アクゼリュス崩壊後。ユリアシティを後にして、その後の色々な騒動も少し落ち着き始めた頃、食料品を買い出している途中である事を思いついた。 「おいミュウ」 「なんですの? ご主人様」 食材を選ぶルークの横でふらつくこともなく大人しく待っているミュウを呼べば、嬉しそうな声で返事が返ってくる。 そんな様子に、自分がこれからしようとしていることが無性に恥ずかしくなってやめてしまおうかと心が揺らぐが、何とか堪えてミュウと視線を合わせた。 「お前、何が好きなんだ」 「ご主人様が好きですの」 「そうじゃなくて! ……この中で好きな食いもんあんのかよって聞いてんだよ」 一拍もなく告げられた言葉に照れ故の動揺を見せながら、目の前にある豊富な種類の食材を指して質問しなおした。 これで意味が通じなかったらもう知らねぇ、とミュウから視線をそらしながら落ち着かない気持ちで返事を待つ。慣れない行為は少し居心地が悪い。 口調は乱暴だったが、ミュウは気にするでもなく嬉々と声を弾ませて寄ってきた。 「くれるのですの?」 「……ああ」 「どれでもいいんですの?」 「いいっつってんだろ!」 「みゅ〜!」 普段よりも高い声で鳴き声を上げながら、ミュウは上機嫌で食材を選び出した。 しかしそれらがミュウのはるか上に積み上げられていることに気付き、ついでだついで、と誰にでもなく自分に言い聞かせながら小さな体を抱き上げてやる。商品よりも上に来た視線に喜びの声を上げ、すぐに礼を言ってくるミュウを遮るように返事をする。 「早くしろよ」 「はいですの!」 せかすつもりはないのだが、口は勝手にその言葉を出してしまう。それでもミュウは気分を害した風もなく、色とりどりの食材の中からひとつの果物を指した。 「ご主人様、ボク、あれが好きですの〜」 「ん、これか?」 ミュウが指したのは鮮やかな色をしたイチゴだった。 案外普通だな、と思いつつ、買出しのものとは別に数個見繕ってもらい、自分の財布から支払った。 とりあえずひとつ取り出してミュウに渡すと、大切なものを扱うかのように大事に抱え持ち、あふれんばかりの笑顔を見せるので困るしかなかった。 そのまま宿屋へ戻る道中、軽い気持ちでなぜイチゴなのかを問うてみると、そこでルークの足が止まった。 「ご主人様?」 「……いや、何でもない」 急に立ち止まったルークを心配そうに見上げてくるミュウに首を振り、すぐに元のように歩き始めた。 街は人通りが多かったが、その雑音も今のルークには聞こえなかった。耳には先ほど言ったミュウの言葉が反芻するばかりだ。 ”味も好きなんですけど、それよりもこの色がご主人様の髪の色みたいで、手にしているだけでなんだか嬉しいんですの〜” 泣くかと思った。 誰もが一度は見捨てた己の傍にずっといた小さな生き物。思い出しても大切に、優しく接した覚えなどないのに彼はあの最悪な状況下でもルークを見捨てないでいてくれた。 それに救われたことを思い出し、感謝の気持ちを言葉には絶対に出来ないとわかっているからこんな形を取ったのだが、ミュウの何気ない一言にまた救われている自分がいる。己が存在していることを喜んでくれる誰かの言葉は、まだ膿んでいる心には痛むように染みた。 こんな自分でも、慕ってくれる誰かがいる。 おそらく自分の意識しないところでもミュウの言葉に救われてきているのだろう。しかしありがたいと思う気持ちはあっても、それをまだ素直に口に出来るところまで自分は成長していない。 だからせめてもと、このイチゴたちがミュウの好みの味であるようにと、ルークは小さな包みに気持ちを押し込めた。 ご主人様はルークだけとかいう場面が好きです。 |