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起きてしまった事態に、メンバーの誰もが顔をしかめた。
しばらく沈黙が下りた後、事態の改善法はないと判断したサーフはいつになく固い表情で息を荒くしているヒートを振り返った。


「すまないヒート、アイテムがない」
「―――ばっ、じゃあ俺はどーなんだよ!」
「今急いで解毒魔法を習得する。集中して幾度か戦闘を重ねればそう時間はかからずに習得できるだろうが……それまでの間、お前は毒に耐えることになる」


ヒートがおかれている現状を、サーフは目をそらさずに告げた。
今サーフたちが攻略しているダンジョンは、はじめこそはとりたて苦労もなかったが、中腹と思われる辺りから毒攻撃を仕掛けてくる敵が出没するようになった。しつこく攻撃をしてくる相手にやはりこちらも全てを防ぐことはできず、運悪くヒートが毒状態に陥った。
誰もがこの時は特に何も思わずに解毒アイテムを思い浮かべた。毒状態になるのは嫌なことだが、それを治癒する道具はある。
青くなったのは、当てにしていたそのアイテムが見当たらないとわかった瞬間だった。すぐに以前も毒を仕掛ける敵に遭遇し、使い切ったまま補充を忘れていたことが皆の脳裏に甦る。
なんてことだ、と殊更サーフは苦く顔を歪めた。アイテムの確認は基本中の基本だ。それを確かめもせずに突き進む馬鹿がどこにいる。自分らしくない失態だ。
更に不幸なことに、仲間は誰ひとりとして治癒魔法を習得していなかった。より高度なスキルを、と後回しにしていたのだが、こうなってみて初めてそれは賢くないやりかただったと痛感する。
そしておまけとばかりにベンダーやカルマ端末も現時点からは少しばかり離れた場所にあり、新月も程遠い。戻るよりは今すぐ習得に走った方が早いと見たサーフは、気遣うようにヒートを見た。


「耐えられるか」
「……てめぇ、誰に言ってんだよ。こんくれーの毒なんてたいしたことじゃねぇ」


いらん気をかけるな、と睨み上げてくるヒートに、今回のことで責任を感じているサーフはいつものようにからかうようなことはせずにただ、そうか、と頷いた。


「なるべく細かに回復を掛けるようにする。もちろんそれは俺が責任を持って遂行する。だからヒート、すまないが耐えてくれ」
「だからんな毒ぐれーでへばってたまるか!」


強い語尾ながらもその様子はやはりどこか辛そうで、すぐに楽にさせるためにサーフは立ち上がった。





■■■





サーフに集中してハントさせているが、それでもすぐにというわけにはいかなかった。
戦闘に出ずとも、時間の経過により衰弱していくヒートは、小まめに回復を施してはいても症状が改善されるわけではなく、始終肩で息をしている。
見栄か、それともサーフを気遣ってか、ある程度以上まで体力が落ちないと回復さえ受けてくれず、時間が立てば経つほどヒートは衰弱していった。
時折聞こえる舌打ちが痛々しく、睨まれるとわかっていてもついサーフは何度もヒートを振り返ってしまう。


「無事か、ヒート」


気遣いの言葉を掛けては噛み付くような反論がきていたが、今は無言で睨みがくるだけである。
回復はしても苦しみが終わるわけではない。ヒートにしてみれば拷問のようなものだろう。せめて苦しんでいるのが自分なら、と思うがそれで事態が変わるわけではない。
無意味な仮定を捨て、サーフは驚く仲間たちをよそに、何を思ったかヒートを立たせる。


「サーフ!?」
「少しだけ、二人にしてくれ。すぐに戻る」


慌てて問うて来たアルジラと、間近で目を見開いて驚いているヒートにそう告げる。
そして目の前の小さな部屋へと、サーフはヒートと共に消えた。


「……んの真似だ」


すぐにヒートを下ろし、壁に寄り掛からせてやるとそんな言葉が掛かった。
何も説明がないままわざわざ別の部屋にまで来たのだから当然の疑問だろう。
しかしサーフは答えず、壁にもたれるヒートに覆いかぶさるようにして彼の両頬を手で挟んだ。


「辛いだろうがヒート、あと少しだから耐えてくれ―――いや、耐えられるよな」


額が触れそうなほどに顔を近づけ、労るでなく、挑発するように問い掛けてくるサーフにヒートは動きを止めた。


「お前は強いはずだ、そうだろう?」
「……っ」
「今まで泣き言を漏らさず来れたんだ、あと少しぐらい我慢できるよな。この俺が集中してるんだ、時間は取らせない。すぐだ。だから」


いい子にして待ってろよ。
不敵に微笑んで、ヒートが何か返す前に唇を額に押し付ける。
そしてすぐに来たときのようにヒートを強引に立たせると、部屋の外へ向かう。


「あっ、来た!」
「悪い。すぐに続行に入る」
「ちょ、待てって兄貴! 何してたかすげぇ気になる!」


じゃないと戦闘に集中できねぇ! と騒ぐシエロに、やれやれとサーフは肩を竦めた。


「元気になった後のヒートに聞け」
「!」
「えーなんだよそれー」
「いいんだ、それより、行くぞ」
「ちぇー」


拗ねた様子のシエロと、妙に無言のゲイルを引き連れ、サーフたちは中断していた戦闘を開始した。


「……アンタなんで顔赤いのよ」


普通青でしょ、と毒を受けているはずのヒートに、彼と同じく控えのアルジラが心底不思議そうに突っ込んだ。





■■■





「何をしていた」


無事ヒートを解毒することが出来、二度とこのような事態を引き起こさないようアイテムも補充し、サーフたちはもとのように順調に道を進んでいた。
ふと掛けられた言葉に、サーフは笑みを浮かべる。


「気になるか?」
「あれだけ痛ましそうだった様子が、お前が部屋に引きずり込んで以降、表情が変わったんだ。知識として何を施したのか知りたい」


ゲイルらしい言葉に、サーフはあの部屋で自分がヒートにしたことを包み隠さず全てを語った。


「別に特別なことはしていない。ただヒートに辛いが耐えろと渇を入れて、額に唇を付けた」


それだけだ、と涼しい顔をして答えるサーフに、ゲイルも表情を変えずに重ねて問うた。


「薬や毒を麻痺させる何かを投与したわけではないのか」
「そんなもの、あったらとっくに使っている」
「ではヒートはその行為だけで気を持ち直したと言うのか?」
「それはヒートに聞いてくれ」


肩を竦めると、ゲイルの眉間に皺が刻まれた。彼の頭の中ではさぞかし複雑に回路が絡まっているのだろうということが容易に想像できる。感情面での分野は相変わらず苦手なようだ。
しかしサーフのその思惑は外れていた。


「不快だな」
「ゲイル?」
「お前はああいう状況に陥った者全てにそういう行動を取るのか」
「いや、ヒートにはああするのが一番だと思ったし、健気なヒートを見て俺がそうしたくなった」


言うとゲイルはますます皺を深め、サーフを不審がらせる。


「ゲイル?」
「俺がヒートの立場ならどうしていた」


その問い掛けに、彼の言わんとすることがようやくわかったサーフは微かに目を瞠る。
よもやゲイルからそんな言葉が出るとは。


「そうだな……いや」


思いも寄らない反応を見せてくれるゲイルに素直に答えようと思ったが、やはりと思い直して言葉を切り、サーフはゲイルを見上げて笑った。


「何も言わないことにする。俺がどうするかは自分で考えるんだな」
「なぜ」
「嫉妬に駆られたお前をそうやすやす見逃してやりたくないんだよ。ずっとそうやって俺のことを考えていろ」


直接のゲイルの答えにはなっていないが、気持ちの答えにはなっているかもしれない。
だがゲイルは気付かないのか表情は固いままである。そのまま放って置いてもよかったのだが、憮然とした表情に気がよくなる。
なめらかな頬に手を滑らせ、目を合わせたままゆっくりと顔を近づける。


「―――」


衝動のままに起こした一瞬の口付けは、それこそが毒のように熱と痺れを伝えさせた。
ヒートには額に。ゲイルには唇に。その差をゲイルが理解してくれるのかは不明だが、わからないならわからなくてもいい。線引きを己の中だけで秘めておくのもまたいいだろう。
それよりももっと毒を、とサーフは唇を開きながらゲイルの背中をかき抱いた。










ウチのサフはヒートの気持ちをよく逆手に取りますが可愛いあまりです。
ゲイル愛だけどヒートは可愛い(恋愛じゃなく)、そんな感じ。

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