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今日も今日とてヒートはサーフに言い負かされていた。


「そんなことだからお前は体力馬鹿だと言われるんだ」
「るせぇ! てめぇだっていつも力に物言わせて強引に事を進めてるじゃねぇか!」
「じゃあ聞くが、過去俺がそうして間違いがあったか?」
「―――くっ」


エンブリオンのアジトのとある一室で繰り広げられる言い合いは、明らかにサーフの優勢で進んでいた。
サーフがダンジョンでの行動だったり対ボス戦だったりで無茶苦茶ともいえる指示を出すのはいつものことだったが、それにより事態が悪化したという事例は今の所ないのでヒートは口ごもるしかない。


「そらみろ。大体俺とお前じゃ頭の回転速度が違うんだよ」


口の端だけで笑いながら指を立ててこめかみの辺りを二、三度軽く叩くサーフに、ヒートの顔が怒りで紅潮する。
ヒートとてそれは己を激昂させるために、サーフがわざと言葉を選んでいるとわかるのだが、それとは関係なく腹が立つものは立つ。
言い返せないのがまた三倍ほど苛立ち、ヒートはにやけた笑いを貼付けているいじめっ子を睨み上げる。
そして反応を愉しんでいるサーフは、更にヒートを煽った。


「俺に忠告したいのなら、せめてゲイルぐらいになってからにしてくれ」
「―――っ」


出した名前に、ヒートの肩がおもしろいように揺れた。
それを満足気に見遣り、更に追い立てようとサーフが口を開く前に反撃がきた。普段のヒートの反撃は、それといってもサーフにとっては愉しいものでしかなく、たまにムッと来たりするときもあるが、それでもその反撃を逆手に取って相手を言いくるめられるようなものだった。その時のヒートの反応が好きでこうやってからかったりしているのだが、今回は違った。
肩を震わせながらキッと睨み付け、その口から発せられた言葉は――


「てめぇなんか……てめぇなんか! 色気なんて全然ねぇ癖に!」


脈絡のない突然の言葉だったが、サーフの体は固まった。
サーフの反応または報復を恐れたヒートはそのまま部屋から出ていってしまったが、そのことには気付かないままサーフは茫然とその場に立ち竦んだ。
少しの間の後、サーフに用事があって部屋に入って来たゲイルは珍しい主の反応に目を瞠った。


「何をしている」


声をかけられ、サーフは表情のない顔をゆっくりとゲイルに向ける。


「サーフ?」
「……ゲイル、お前に聞きたいことがある。正直に答えろ。いいな」


圧力をかけるようにしてゲイルの確認を取り、いつになく真剣な様子でサーフは問いかけた。


「俺に色気はないのか」


ゲイルの動きが一瞬止まった。


「……その問いに意味はあるのか」
「大ありだ」


あまりにもな質問に、いつものように遊ばれているのだろうかと考えるゲイルだったが、サーフの表情にからかいや笑みはない。
しかしだからといって真剣だとも考えたくはなく、自然と目が半目になる。
いつもの口癖すら出てこないで呆れ返るゲイルに、しかしサーフも引かない。


「さあ答えろ。お前にとっては馬鹿馬鹿しいものでも、俺にとっては重要なことなんだ」
「具体的にどう重要なのかぜひ拝聴いたしたいものだな」


あからさまに馬鹿にしているゲイルに、「いいだろう」とサーフは日頃溜めていたものを突きつけてやる。


「日増しに大きくなっていく組織をまとめていくには、長のカリスマが物を言う。仕えたいと思わせる人物であれば裏切りや離反は起こらない。人を引きつけておく魅力として、色気が含まれないともいえない。それが著しく欠落しているとあらば対処したい」
「本音を言え」
「賛美の言葉全てをものにしていたい」


間髪いれずに言い放つと、眉間に手をやったままゲイルが踵を返す。
逃げられてたまるか、と扉の前に仁王立ち、話を続ける。


「俺は自分自身に自信がある。身体能力、精神力、そして容姿、立ち振るまい」


だが――。
そこでサーフは言葉を切り、忌ま忌ましげに言葉を乗せた。


「癪に障るが、自分でも色気が足りないと感じている。気のせいだったらよかったが、たった今ヒートに詰られた」


自嘲気味に零し、そしていよいよ真剣にゲイルに詰め寄る。


「言えゲイル。俺に色気はあるのか」


大まじめに問いかけられ、逃げることもできないことを確認したゲイルは、くだらない、だがサーフにとっては大問題な質問に答えてやることにした。
しっかりと目を合わし、一言も逃がさないという風のサーフにすらりと一言。


「ない」


即答とも言える速さで返ってきた答えに部屋が静まった。
うっすらと自覚はしていたものの、思い違いであって欲しいと思っていたサーフにその答えはなかなかに衝撃的で、一瞬だが体が強張る。
しかしここで打ちひしがれている訳にはいかない。ないというのならばそれで構わない。ならば引き出してやろうではないか。
これまで構成員たちの話を耳にしたりして得た数少ない情報を元に、サーフは考え込む。


「体を重ねる回数を増せばいいのか、それとも肌の露出か……」


前者は眉唾物感が拭えないので、とりあえず、とサーフは己の衣に手を掛け出す。
上半身を覆うスーツを外したところでゲイルは吐息した。


「サーフ」
「本来ならきっちり着込んでいるくせに漂う色香が理想だが、この際手段は問わん」
「サーフ」
「そして後は……まあ妄想の産物だろうが、体を重ねる回数を増やしてみるのも手か。よしゲイル」


ひとり納得してゲイルに近づき、腕を伸ばしてその首に巻きつける。
サーフの為すがままになっていたゲイルだったが、呆れたため息を吐いた後、ためらいもなく告げてやった。


「試行錯誤しているところ悪いが、今のお前は今まで以上に色気がない」
「なんだと」
「そうされてもむしろ気が萎える」
「!」


そしてサーフを押しのけ、脱ぎ捨てられているスーツを投げて寄越す。
そのまま部屋を出てもよかったのだが、気が抜けたような表情をしているサーフに少しだけほだされた。やや消沈している風のサーフの前に立ち、諭すように言う。


「お前はまず慎みというものを覚えろ」


そして返す言葉を聞かずに、部屋を出て行った。






「………」


ゲイルが出て行ったドアを眺めながら、サーフは思った。


「慎み? 無理だ」


手にスーツを抱えながら誰にともなく断定し、部屋に満ちるこの不思議な雰囲気に佇む。いまいち状況が掴めず、どう行動すればいいのかわからない。色んなものに置いてけぼりをくらったような感じでサーフは首をかしげる。慎みがなんだというのだ。
とりあえずヒートの言葉だけでも撤回させてやろう、と彼はゲイルのありがたい忠告も聞かずにスーツを脱いだまま通路への扉を開けた。
渋面の参謀が見られるのはすぐのことである。









ウチのサーフの問題点。本当に色気ない。恥じらいもない。変なところで頭も足りない。
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