とある休暇の日。 黙って出ていくことの詫びを含めた書き置きを残し、クレヴァニールはトランスゲートを使ってオーディネル領に向かった。 たまたま彼がそこで休暇を取っていると聞き、いてもたってもいられなくなった自分に笑いながら屋敷の門をくぐる。 「ようクレヴァニール」 「クリストファー」 オーディネル家の執事に快く受け入れられ、ほっとしながら彼の自室に通される最中、クリストファーに会った。 「情報が早いな。あいつに会いに来たんだろ?」 「………」 図星なだけに何も言えず、そして言い訳も思い浮かばず、クレヴァニールは苦笑を浮かべてさりげに視線をそらした。 表情に乏しいクレヴァニールが見せるその顔にクリストファーは軽く笑い、案内は自分が引き受けるからと執事を引かせ、領主の部屋への道程を二人で歩く。 「あいつさぁ、せっかくの休暇だっていうのに書類持ち込んでるんだぜ? こんな天気のいい日に、休みのくせに部屋で活字と戯れるなんて、俺にはできないね」 だからちょうどよかった、とクリストファーは彼の部屋であろうドアの前で笑った。 「おもしろいもんを見せてやるよ」 ■■■ 「おい、アルフォンス」 「……だから兄さん。何度も言うけど、僕は忙しいんだって」 「ああそれはもう諦めたよ。それより俺これから出掛けるから」 「またかい? 兄さんもよくやるよ。それで今日のお相手は? ディアーナ? イライザ嬢?」 「クレヴァニール」 「……は?」 「だから、今日の俺のお相手はこ・い・つ」 「くっ、クレヴァニール!」 クリストファーに両肩を掴まれて全面に出ると、信じられない、と顔に書いたようなアルフォンスの表情と目が合って、なんとなく居たたまれなくなる。 「お前はその書類とデートなんだろ? せいぜい仲良くな。あ、そうそう、もしかしたら今日帰ってこないかもしれないけど、留守番よろしく」 「に、兄さん!」 うろたえるアルフォンスを放って二人は外へ出れば、すぐに扉の向こうから何かが崩れるような大きな音が中から聞こえた。何があったのかと気になって扉を開けようとすればにやけた表情のクリストファーに止められ、そしてクレヴァニール開けようとしていた扉が勢いよく開くいた。すぐに出てきたアルフォンスの表情は彼らしくもなく焦燥していて、クレヴァニールは瞠目する。 アルフォンスは勢いよく首を左右にやり、すぐ傍でクレヴァニールと兄の姿を認めると明らかに焦燥から安堵の表情に変わった。しかし瞬時に眉を顰める貌に代わり、彼は「やられた」と低く唸った。 「ふっかけましたね兄さん……」 肩を震わせて笑いを堪えているクリストファーを恨めしいとばかりに睨むが、兄の笑いは止まらない。 「あーあーお前、あんなに大事にしてた書類をこんなにして」 「その原因を作ったのは誰なんですか」 「ほら見てみろよクレヴァニール」 弟の言葉を無視してクリストファーはクレヴァニールを手招いて部屋の中を指差した。誘われるままに覗き込めば、床一面に散らされた紙の海。 思わず顔をアルフォンスに向ければ、彼はらしくもなく言葉を濁す。 「いや、だって……そんなことはないと思ったけど相手は兄さんだったから……ないって断言できない自分が馬鹿みたいなんだけど、でも兄さんだとね」 「………」 兄をしきりに出すアルフォンスは、クリストファーのことが本当に好きなんだな、とクレヴァニールは思った。 「わかってないね」 呆れたようなため息に、なにを、と言おうとしたが、いいから、と流されてしまう。 なんなんだ、と首をひねると、未だ笑いが治まらない様子のクリストファーが肩を叩いてアルフォンスに言葉を向けた。 「さーてアルフォンス、お前まだ仕事する気か? いや、別にいいんだぜ。そしたら俺がクレヴァニールと過ごせるからな」 「まさか。彼がいるなら話は別だ」 軽く言ってのけ、言うが早いか、クリストファーに抱かれているクレヴァニールを己の側へ引き寄せる。 それを嬉しく思いつつも、仕事をしていたことが気がかって傍にある顔を複雑な表情で見上げれば、そんなクレヴァニールの考えがわかるかのようにアルフォンスは微笑んだ。 「いいんだよ。わざわざこうして君が会いにきてくれて、そして自分は休暇中だ。願ってもない場面だというのにやらなくてもいい仕事を取るほど愚かな男になるつもりはない」 相変わらずの物の言いように、いつまでたってもなれないクレヴァニールはとりあえず俯いた。 すぐ傍でクリストファーが笑う気配がしてますます居たたまれなくなるが、やはりアルフォンスは気にならないようだ。 そればかりかクレヴァニールに手を差し向けて、手をつなぐことを要求してくる。これが素なのか、それともうろたえる自分をからかっているのかの判断がつかないクレヴァニールはその手を凝視することしか出来ず、何を言えばいいのかもわからないので一言すら発せない。 「ってお前このまま出かける気か? あの部屋はどうするんだ」 「そんなもの帰ってきたらいくらでもするよ」 「帰ってきたら、ねぇ」 「……兄さんじゃあるまいし、ちゃんと帰ってきます」 にやけた兄の顔に言葉の意味を察したアルフォンスは、この会話の意味を時間差で把握してさらに固まるクレヴァニールの手を掴んだ。 これ以上クレヴァニールを苛めるのも可哀想であったし、なにより時間が惜しい。 少し強引に手を引いて歩みを促し、兄に軽い挨拶を告げて外への道を辿り始める。ほんの冗談と、この場をいち早く退散するつもりだけの行為だったが、軽く力を込めると握り返してくるぬくもりに頬が緩み、家を出たら離そうという考えを掻き消した。そしてその提案はクレヴァニールの微かに見せる笑みにより決意に変わる。 「初々しいことでようございますねぇ」 部屋の窓から外へ出た二人を見つめ、一人残ったクリストファーは苦笑で呟いた。 そんな年でもないのに年若い男女がするような行為を見せる二人は恥ずかしいような、羨ましいようなでくすぐったい気持ちになる。 ああ、俺も早く彼女作ろう。 その呟きは、部屋に散らばる紙の囁きに紛れた。 どうやら私は青すぎる春を謳歌してる二人が好きなようです。 |