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「だからどう考えても俺だと言っているだろう」
「お前の主観なんかでわかるはずねぇだろーが!」
「ああ、いい加減しつこいぞヒート」
「お前が認めねぇからだろ!」
「なら一回気の済むまでやりあうか」
「あーやってやろうじゃねーか」


アジトの決して広くない通路で何やら言い合い、構成員たちの注目を浴びている二人に、アルジラは肩を落としながら手を叩いた。


「あーはいはい。仲良く口論するのもいいけど、場所を考えなさいよあんたたち」


呆れたように声をかけると、騒動の中心、サーフとヒートはアルジラの登場に動じることもなく半目を向けてきた。


「原因を作ってるのはこいつだ」
「ああ? ふざけんなよテメェ、お前以外にいねぇだろ!」
「いや、お前だ」
「お前だ!」
「お前だ」
「お前だ!」
「うるさい!!」


次元の低いやり取りを繰り広げる二人を宥めすかすことが煩わしくなったアルジラは、たまたま側を通った構成員をも驚かす声を張り上げた。
当事者二人だけでなくざわついていた周囲までもがしん、と静まる。それに満足気な息をつき、問題児たちの首根っこを掴んだ。


「そこまで判断つけたいならアタシが判断してやろうじゃないの」


だからこれ以上醜態を晒さないで頂戴! とアジトのトップとその仲間をズルズルと引っ張っていく女帝の姿に、誰もが尊敬の念を抱いた。





■■■





「で、何が原因だ」


作戦会議室の一角で、先程のアルジラよりもさらに呆れた声がサーフとヒートに落とされた。
あの後アルジラに引きずられるままにこの部屋に連れてこられた二人だったが、詳細を聞くのは彼女ではなく、こういう場面では出来ることなら会いたくないゲイルだった。たまたま部屋にいたゲイルに、ちょうどいいわとアルジラが説教役を渡したのだ。余計なことを、と二人は思ったが顔に出すだけにしてある。


「ヒートが」
「こいつが」


同時に言葉を発し、まだ相手が自分のせいにしようとしているのを知り、実に不快そうな視線を交わす。
その様子にこれでは埒があかないと判断したゲイルは、消去法からまだ扱いやすいヒートから話を聞くことにした。


「ヒート、まずはお前から聞こう。サーフ、ヒートの証言が終わるまでお前は口を開くな。終わった後に存分に使え」


ヒートが先なことがやや不満なサーフだったが、ゲイルそう押されて渋々頷いた。
それを確認してヒートに視線を戻す。


「さて、聞かせてもらおうか」
「……こいつが、俺と自分だったら自分のが強いとかほざきやがって」
「………」
「だから「俺より力弱ぇくせに何言ってんだ」って言ったんだよ。したら「何も力ばかりが強さじゃないだろ。だからお前は単細胞だと言われるんだ」とか抜かしやがって! 大体普通強さったら力だろ! 他に割り振って鍛えたってただ中途半端になるだけじゃねぇか!」


先ほどの言い合いを思い出して激昂するヒートとは対象的に、第三者のゲイルとアルジラはひどく冷めた気持ちでいた。半ば見えて来た原因だが、まさかそんなという思いである。
しかし彼らとてこのエンブリオンの中枢だ。まさかそこまで堕ちてはいないだろうと期待を込め、ヒートに続きを促した。


「で、俺はこいつに劣るなんて思ってねぇし、こいつはこいつで自分のが強ぇって言うし。じゃあ手っ取り早くやるかってところで……」
「アタシが来たってわけね」


ふぅ、とアルジラは予想通りの結果にこれ以上ないくらい大きく息をついた。我がトライブのリーダー及び幹部は余程暇らしい。
ゲイルも同じような気持ちで呆れた視線をサーフに向ける。


「……状況はこれで合っているのか」
「ああ。だがヒートの主張は認めないぞ。力と素早さを兼ね備えてこそ、本当に強いと言えるんだ。攻撃を避けられずに力ばかりで攻めても消耗するだけだ」


そうと信じて疑わない瞳で見上げてくるサーフを見て、どうしたものかとアルジラを見るが、彼女は肩を竦めてゲイルに全面的に委任した。


「大体、何が強いかなんてそんなことはこれまでの戦いのさなかでわかってるだろうに」
「わかってっから俺だって言ってるんじゃねぇか」
「だとすると、お前相当アレだぞヒート。やはり魔力は賢さも兼ね備えてるようだな」
「はぁ!? そういうお前だってそんなこと言えるほど魔力高くないだろうが。自分で馬鹿って言ってんのかよてめーは」
「少なくともお前より八百倍はマシだ」


再び交わされる次元の低い言葉たちに、アルジラはこの件に関わらないことを決意した。ただでさえ頭の痛くなるような原因に、加えて何回でも繰り返されるやり取りには注意する気力すら起こらない。
少し離れて傍観している自分でさえこうなのに、目の前で聞かされているゲイルの忍耐はどこまで持つのだろうと、現実から目をそらしながらそう思った。


「いいか二人とも」


普段の声音でゲイルが語りかけると、案外素直に二人はそちらを見た。


「何が強いかなんてそんなのは状況によりけりだ。力だけが強くともそれを反射する敵が現れた時、一人で勝てるか。自分にない力を持つ他の誰かがいてこそ強くなる。そんなこともわからんのか」


諭すように問題児を見下ろすと、だが二人はしおらしくなるどころか、異議有りとばりの眼差しでゲイルを見上げてくる。
そこに最初は確かにあった、説教を受けているという気まずさはどこにも見当たらない。


「そんなことはわかっているさ。俺達は皆がいたからこそここまで来れたんだ。だがな、問題は純粋に俺とヒートの優劣だ」
「敵とか関係ねぇんだよ」


言葉には出さないが、彼らが「馬鹿かお前は」という態度でいるのは明らかだった。
エンブリオンきっての参謀殿のこめかみが微かに引き攣った。


「……一応聞くが、お前たちは反省をしているのか?」
「反省? そんなことをしなければならない行動を取った覚えなんてない」
「むしろこいつをこんなになるまで甘やかしたお前が反省しろ」


ゲイルが取った行動は、やはり二人の首根を掴んで牢屋代わりだと空き部屋に放りこむというものだった。





■■■





外側から鍵を掛けられた部屋に送り込まれた二人は、相変わらず不満気だった。
第三者の意見も興味があったので面倒なりに話したというのに、答えはもらえずこの状況である。
アジトだというのに、自分以外は敵という心境だった。もちろん一番の敵は向かいにある顔だ。


「なんで俺がこんなところにぶち込まれなきゃなんねーんだよ」


やってらんねぇ、と壁に背を預けて座るヒートにサーフも対面する壁で同じように座りながら言葉をかけた。


「文句を言いたいのは俺のほうだ。正論を言っているのにこの仕打ち。俺ほど恵まれているリーダーもいないぞきっと」
「はっ、んな聞かずなトップじゃ誰だって敬う気も失せるに決まってんだろ」
「言ってくれるじゃないかヒート。じゃあリーダーの位も賭けて勝負するか? これ以上確かな判断もないだろう」
「上等じゃねぇか。おらこいよ、どっからでもかかってきな!」


上体を起こし、相手を睨む二人の空気は険悪で、さして広くない部屋は一触即発の場になった。
もともと機嫌が悪いのも手伝い、悪魔化へと一気に気を高ぶらせ、二人の体が発光する。覚えのある馴染んだ感覚に身を任せ、戦闘体制を取った。
だが、すんでの所でそれを解除したのはサーフである。


「んだよてめえ! まさか生身で俺と張り合うとか余裕かましてるつもりか!?」


ふざけんな! と既に悪魔化して憤りを見せるヒートに、サーフは気分を落ち着けるために大きく息をつく。


「――いや、今こんなことをしても無駄だと悟っただけだ」
「はぁ? この期に及んで何言ってんだてめぇ!」
「考えてみろよヒート。今俺達がやり合って得をするのは敵だ。俺とお前がやり合って無傷とは考えられない」
「………」
「それに、いざこういう状況になって気付いた。勝負以前に、お前が負傷するのは嫌だ」


仲間思いだろう? と言うサーフだが、そんな風に言われて納得いかないのはヒートである。


「んなのお前の勝手な言い分で、俺はそんなことは思わねぇ! 第一負傷するって決め付けてんな!」
「もちろん俺だってお前に散々やられるはずだ。でもどうなるかわからないだろう? どっちも手加減しないんだろうし、偶然が重なってどちらかが再起不能になるかもしれない。それが俺ならいいが、お前がそうなるのは耐えられない」


発言に、サーフは自分の実力を認めていることを知ってヒートの高ぶりが治まり、次第に冷静さを取り戻す。


「好敵手だといっても、お前は俺の大事な仲間だ。体の一部でも失いたくない」


そして存在を必要だと告げられたことを思うと、あまり認めたくはないが呆気なく士気が萎えた。自然に悪魔化も解ける。


「勝負はそれが本当に必要だと思った時にすればいい。とりあえず俺は今がそれだとは思わない」
「………」
「ヒート」


じっとこちらを見つめるサーフに、ヒートは頭をがしがし掻いてぶっきらぼうに言い放った。
真剣にやり合いたいとは思ったが、それはもともとは意地が増徴しての結果だということは彼とてわかっている。


「ああくそ、いつかは必ずだからな! 覚えておけよ!」
「ああ」


素直に自分もだと言えないヒートの彼らしい言葉にサーフはもちろんだと笑みを浮かべた。
雰囲気が変わったことを好機としてヒートの傍に歩み寄り、隣に腰を降ろす。お前も座れとマントの端を引っ張り、ヒートも元のように座り込んだ。


「しかしこの扱いはどうだ。俺達はそんなに問題児なのか」
「自覚ねぇのかよ」
「お前だけだと思っている」


なんだそりゃ、と文句を言うヒートだったが、そこに怒りはなかった。


「俺に言わせりゃお前の方がよっぽど問題児だぞ。騒動があるときゃ必ずお前が中心だろうが」
「そうか?」
「そうなんだよ。ったく隔離するならお前一人ぶち込めばいいものを……大体お前な、仮にも一番上の立場の癖に部下にやり込められてんじゃねーよ。ゲイルの一人ぐらい手玉に取れ」


そういう関係のくせに、と苦虫を噛み潰したような顔で零すヒートに、サーフの笑みが強くなる。


「無茶言うなよ。気を引かせるだけで精一杯なんだからな」


そう言うと、今度は舌打ちが聞こえた。


「だからお前も頑張れよヒート。この先何があるかわからないし、頑張りようによっては俺は絆されるかもしれないぞ」
「……てめぇは本当にむかつくな」
「光栄だ」


言いながら擦り寄るようにヒートの膝の上に頭を乗せると、更に強い調子で「むかつく」を繰り返された。


「可愛い奴だなお前は」
「お前はちっとも可愛くねぇよ」


しかしそう言いながらもサーフの頭をよけることはなく、つい先程の空気などなかったかのように二人ならではの軽口を紡ぎ合った。





■■■





「ゲイルっ、アルジラっ、ちょっとちょっと!」


姿の見えないサーフとヒートを不審に思ったシエロがゲイルとアルジラから詳細を聞いて部屋の前に立った時は、中は異様な静けさに満ちているようであった。
まさかやりあって双方気絶でもしてるんじゃないだろうな、と恐る恐る鍵を解除して中を覗くと、すぐに一緒に様子を見に来ていた二人を呼び付けて中を指差す。
何があったのかと二人は扉の隙間から中を覗いたが、しばらくその様子を眺めた後、まったく、と同時にため息をついた。


「……人騒がせな」
「ほんとね」


ヒートは壁に寄り掛かったまま、サーフはそのヒートの膝に頭を預けて眠りこけている。
先ほどのやり取りはなんだったのだと思わずにはいられないが、そうしている姿を見ていると思わず口角が上がってくる。
喧嘩するほど仲がいい、を体言している彼らは確かに厄介窮まりない問題児だが、同時に愛すべき問題児でもあった。小憎らしいことも多々あるが、結局は可愛いのだ。今の状況がいい例である。

微笑ましい姿を崩さぬよう、三人は笑みを浮かべながらそっと扉を閉じた。










ウチの基本なサーフとヒートの関係。
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