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ゲイルの思いがけない一言に、シエロは驚嘆の声を上げた。


「えっ、じゃあレベル上げにニュービー狩りにいくからってアルジラとゲイルしばらく戻って来ないわけ!?」
「ああ」
「げっ。……あー……その、いつもみたいに皆で、じゃ駄目なのか?」
「先程も言ったろう、敵方に不穏な動きがあると。またアジトを奇襲されるわけにはいかん」


確かに先刻告げられた言葉をもう一度繰り返されると、シエロは堪らずに唸り声を上げた。
レベル上げのメンバーはゲイルとアルジラの二人だけらしい。この先の戦いに備えて魔力を上げておきたいとのことで、シエロ自身にそのことについては何の異論もない。普段なら全員で狩りに行くところも、ゲイルが言ったように戦力がいない間にまた襲撃を受けてはたまったものではないので、別行動も当然だとは思う。
問題は居残るメンバーだ。


「何かあったとき誰が兄貴を止められるってんだ……」


ゲイルとアルジラが離れるとなると、エンブリオン一の手の負えない人物を制することが出来るメンバーがいなくなってしまう。
特に専らサーフ抑制剤のゲイルがいないとなると、正直彼を止める自信が全くないシエロとしては不安が残る。居残り組にはもう一人仲間がいるが、彼はこの場合おそらくシエロ以上に頼りにならないだろう。それどころか下手に彼らが刺激し合い、そこから険悪な雰囲気になる方の可能性のほうが高い。


「俺、言い合いに発展したあの二人の手綱なんて、引くどころか触れもしないんですけど。帰ってきてアジトなくなってましたーなんてなってても責任取れねぇからな!」
「………」


何らかの対策がない限り行かせてたまるか、と相手の行く手を塞ぎ、シエロは請うような視線で見上げる。
沈黙のゲイルと目を合わせ続けるのは心臓に悪かったが、ここで引いたらこの先更に心臓が悪くなる事態が待っているため退くに退けない。
やがてこのままではどうにもならないことを悟ったのか、ゲイルは小さくため息を吐いて手の平大の小箱をシエロへと向けた。


「ん? 何だコレ」


流れるままに手に取ったそれは、鉛色の金属で出来た、一見どこにでもある小さな箱だった。
興味に駆られてその蓋を開けようとすると、すかさずゲイルから制止の声がかかる。


「容易に開けるな」
「は? なんでだよ」


開ける為にくれたのではないのか、と首をかしげて問うと、やけに真剣な表情でゲイルは箱を指差した。


「いいか、それはどうしてもサーフが手に負えなくなった時の切り札だ。どうしても対処が不可能になったら中を見ろ。ただし、それ以外では絶対に開くな」
「な、なんだよそれ。気味悪ぃな……」
「厳守出来ないのなら渡さんが」
「うわっ、待ったゲイル! わかったって! 死ぬほどヤバイって思った時しか開けねーから!」


箱に手を伸ばそうとするゲイルの手からそれを奪われまいと必死で遠ざける。気味が悪かろうがなんだろうが、今最も欲している奇跡のアイテムがあるとわかったのだ。それがわかって手放すほど愚かではない。
これで文句はないな、とゲイルに念を押されて頷くと、彼も頷きを返した。


「では健闘を祈る」


そしてシエロのお留守番が始まった。





■■■





しかしシエロが拍子抜けするぐらいにサーフは普通だった。


サーフの動向にびくつくものの、なんだかんだで彼を慕っているシエロはゲイル達がアジトを離れてからも絶えずサーフの傍にいたのだが、それなりの時間が経っても危惧していたことは一切起きていない。
退屈だ、と突拍子もない行動に出るに違いないと思っていたのだが、サーフはそのような言葉一切を洩らすことなく、驚くことに率先して不在のゲイルに変わって構成員に指示を出していた。
普段あまりアジトに留まらないリーダーに、新参者はともかく、エンブリオン初期の構成員や彼の強さなどに惹かれている者たちは滅多にない機会だとこぞってサーフの意見を仰ぎ、そして無駄のない的確な指示と、サーフの持つ独特の雰囲気に呑まれた者達の目は輝いていた。見るからに士気が高まり、兄貴すげぇ、とシエロは感心しながら彼らを眺めていたものだ。

一番の不安だったヒートとの絡みも、これは普段と変わらずのものだったが、ヒートが激昂しきってしまうことはなく、だからといってシエロの気は落ち着くことはなかったのだが、ふとそういう言葉選びをしているサーフに気が付いたとき、すとんと音がするように不安が抜け落ちた。


「正直俺、絶対兄貴ごねると思った」


ニュービーの動きを逐一伝令させながら軽く休憩を取っているサーフの横顔に零すと、返ってきたのは笑いだった。
何を指してかはわざと言わなかったが意味は通じたらしい。


「思ったよりまともなボスでよかったじゃないか」
「ほんとほんと。ゲイルいないのにどうしよーって、俺めちゃくちゃ心配だったんだぜ?」
「過去形で話してるが、気を抜くのは早いんじゃないか」


口の端を上げてからかうサーフに、シエロは余裕の笑みで返した。


「いや大丈夫だって。なんか俺わかっちゃった。たまにぶっ飛ぶけど、兄貴は兄貴なんだなーって」
「なんだそれは」
「ここんちの子でよかったってこと」


勢いよく言い切るシエロに、サーフはふ、と目元を和らげた。
そのあまり見ることのない表情に、手放しで迎えることは出来ないが留守番もたまにはいいなとシエロは口元を弛ませた。
手の中で存在を主張する小箱は、おそらく使われることはないだろう。
ずっとお守り代わりのように手にしていたが、机の下でそっと道具入れにしまう。
中身は依然気になるが、それよりも今このサーフとの時間の方が大切だった。


「二人とも、早く帰ってくるといいな」
「……そうだな」


彼らが危険な目にあっているかもしれないという心配はないが、いつも一緒にいた仲間がいないというのはそれなりに淋しい。帰ってくることがわかっていても一人分の存在感の穴は大きかった。一人欠けてもそうなのに、今回は二人だ。
口うるさいタイプの二人の、皮肉げな説教がやはり少しばかり恋しい気もして、サーフと同じように外を見やった。






■■■





しばらくの後、予定していた数値に達した二人は少し疲労の色を見せながら帰ってきた。


「ゲイル!」


帰還を伝えられ、サーフを連れて入り口まで出迎えたシエロは見つけた姿に思わず駆け寄ったが、アルジラはすでに汗を流しに行って姿はなく、ゲイル一人だった。
小さな傷をところどころ負っていることに労わりの気が起こったが、今はそれよりも伝えたいことがあった。


「聞けよゲイル。兄貴、全然普通だったんだぜ!」


それよりもむしろ優等生だった、とシエロはゲイルが不在だった時のサーフの様子を思い出しながら語る。
はじめゲイルに泣きついた時とはかけ離れて嬉しそうに話すシエロに、ゲイルが言ったのは表情も変えないでのただ一言、「そうか」だけだった。
そんな一言ではこの湧き出る気持ちが収まらないシエロは、溢れるままに更に出来事を話し続けてやった。止められるかと思ったが、意外にもゲイルはそのままシエロの気が済むまで話に付き合ってくれた。
そして言いたいことを出し切って気が済んだシエロは、にこやかな表情で袋から大切そうに何かを取り出す。


「それ、サンキュ。っても使わなかったんだけどさ」


銀色の箱が自分の手から離れていくことに多少の寂寥感を感じながら、ずっと疑問だったことを口にしてみる。


「で、結局それの中身ってなんなわけ?」
「知りたいのか?」
「当然! だってあの兄貴を抑えられるっつーんだぜ!?」


知るまではここから離れないという勢いのシエロに、ゲイルは口の端を上げた。
そしてシエロの望みを叶えてやるために、渡された箱の蓋を開く。
見やすいようにこちらに向けられた箱の中身を見ながら、シエロは瞠目した。


「え? これって……げっ、嘘だろ!」


信じられない、とゲイルの手からひったくるようにして再び手にした箱を覗き込んで、認識が間違っていないことを知ると言葉が出なかった。
箱の中身は空だった。
表の色と変わらない銀の色があるだけで、隅に目を凝らしても形ある何かを発見することは出来なかった。念のため、ひっくり返して裏を叩いてみても何も出てこない。
どういうことだとゲイルを見上げると、いつもと変わらない態度で事も無げに言う。


「そういうことだ」


そのまま固まるシエロを置いて、ゲイルは通り過ぎていった。
振り返ることも出来ずに佇んでいると、覚えのある声が背後から聞こえてくる。


「戻ったか」
「ああ」
「それで、俺の期待に添えるまでに成長したのか?」
「それは実際の戦闘で確かめろ。落胆はさせないはずだ」
「上等だ、と言いたいが……MPが尽きている奴の言葉じゃ説得力がないな」


そしてサーフが笑う気配がしたと思ったら、背後からでもわかる、回復魔法独特の明かりがシエロの元にも届いた。
先ほどゲイルに見つけたかすり傷を治療したのだろう。それを最後に二人の気配は離れていき、シエロはようやく言葉を発した。


「なんつーか……」


やられた。
一瞬だけ顔を顰めたが、しかしすぐにこみ上げてくる笑いに表情を緩ませる。この絶妙な関係は、他の組織でもそうそうあるものではないだろう。
ゲイルが自分を困らせようとして中に何も入っていない箱を渡したとは思えない。おそらくゲイルはサーフがそうならないとわかっていたのだろう。
小箱が開かれることがないのも確信して、ごねるシエロに中身のないそれを渡したのだ。


「かなわねぇなぁ」


彼らを自慢げに思うと同時に、ほんの少しだけ羨ましさが交じる。
ゲイルほどを、と夢見る訳ではないが、シエロだってサーフと同じ位置に立って支えたいと思うのだ。ゲイル不在のサーフにびくつくようではまだまだだけれども。
複雑な思いが交差するが、それでもやはり誇らしさや仲間が揃った事の嬉しさが大きい。
これ以上差をつけられてたまるかという思いも含めながら、突進するように二人の元へ走り寄った。









多分いい子にしてたらご褒美もらえるってゲイルと約束してたんですよボスは。
ちなみにウチのシエロのサーフの思いは純粋に思慕。ボスと参謀の関係も知りません。
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