ラビッシュ ss






「お師匠様−、テリュースさーん、朝ですよー」


ガチャリと部屋の扉が開き、おたまを持ったエプロン姿の青年が顔を出す。
その声とドアの隙間からこぼれる光にアルフレッドは呻き声を洩らし、首元にあった布団の端を顔の上まで引き上げるという抵抗を始めた。隣のベッドで眠る彼の兄に至っては微動だにしない。


「さあさあ、みなさんもう起きてらっしゃいますよ」


朝に弱い兄弟に苦笑を零し、ステインはとりあえずアルフレッドの方へと近づいた。
しがみついている布団を掴むと、そのままぐいと勢いを付けて引き剥がす。
そうして現れた人間は、弱々しく毎朝お決まりの言葉を出した。


「うー……、あと、5分……」
「駄目ですよ。そう言って5分後に起きた試しがないでしょう?」
「そこをなんとか……」
「ほら、つらいのは今だけで起きてしまえば楽になりますから」
「うー」


毎朝繰り返される遣り取りなのだが、アルフレッドには学習という言葉が無い。
そういう彼に慣れてしまったステインは、上掛けを剥がされてもめげずにベッドの上で丸まっている体を起こしてベッドの縁に腰掛けさせる。ふらつく体が次第に芯を持って、支えを無くしても倒れないようになるのを見届けてからアルフレッドから離れた。こうなれば弟のほうはもう放っておいても大丈夫なのだ。
問題は兄の方なのだが、ステインはテリュースの方には近づくことなく扉へと戻っていく。


「では、待ってますからテリュースさんを連れてきてくださいね」


そして扉が閉まり、部屋は再び静かになった。
しばらくぼーっとしていたアルフレッドだが、なんとか働き始めた理性に半目ながらももそもそと動き出した。
うだうだしていてイリーシャにでも様子を見に来られたらたまったものではない。朝から黒焦げにはなりたくないのだ。
緩慢な動きで身仕度をし、それが終わる頃には頭も大分はっきりしてきた。
そして隣を見てふぅ、と息をつく。


「さてと。バカアニキ起こさねーとな」


この寝汚い兄を起こすのはアルフレッドの役目なのだ。
ううー、と一度伸びをして、隣のベッドに歩み寄る。
顔を覗き込めば、実に気持ち良さそうに眠る兄の整った顔が見えた。
寝ている顔すら鑑賞に値するようなものなのだろうが、アルフレッドはお構いなしに彼に被さっている布団を掴んだ。


「おらアニキっ、いつまでもぐーすか寝てないで起きやがれ!」


ステインがするようにがばりと勢い良くひっぺがそうとしたのだが、テリュースががっちりと布団の端を掴んでいてそれは失敗に終わった。
毎度のことだが悔しくて、更に力を込めてみてもやはり力関係は変わらない。本当に寝ているのか、と思わず突っこみたくなる様相だが、「テリュースだから」という理由で納得が出来る。


「くぉらアニキ! 朝だって言ってんだろ! 起きろったら起きやがれ!」


手っ取り早くいこうと、テリュースの肩を掴んで前後左右、これでもか、というぐらいとにかく揺さぶりまくる。初見のものが見れば驚くほどの揺らし方だったが、こうでもしないとテリュースは起きないのだ。


「……んー……、ある……?」


こちらが疲れてくる頃にようやく言葉を発した兄の無防備な顔に向け、アルフレッドはそのまま覚醒に導こうと大きめの声で話しかける。


「朝だってよ。みんな待たせるのも後々怖いから早く起きやがれ」
「んー」


一応の返事をするテリュースだったが、行動がそれを裏切っていた。
布団をもぞもぞと動かして頭まですっぽりと被り直し体を丸めるという、アルフレッドとよく似た仕種して二度寝に持ち込む。


「あーもう! だから寝るなって!」


何とか布団を首の辺りまで下げ、もう一度肩を揺さぶってみるのだが、それでもテリュースには効かなかった。仕方ないので、やっぱり自分がやられるように体を起こさせようとベッドと背中の間に手を入れようとしたところ、突然背中にかかった重みにアルフレッドはテリュースの上に雪崩れ込んでしまう。
何事だ、と体を起こそうとすれば、耳元でテリュースの声がした。


「……ねむい」


テリュースの上に重なるように倒れているため耳のすぐ下で囁かれる、寝起きゆえの掠れた声に鼓動が早くなりながらも、アルフレッドは呆れた声を出した。


「俺だって眠いんだっつの。でもこうやってちゃんと起きてるんだから、アニキも起きろって!」
「んんー」
「"んんー"じゃねぇよ。ほらいい加減目を覚ませ」


しかしどう言っても、テリュースは目を開けてくれず、そしてこうなった原因である背中の拘束も解いてくれない。頬を抓ってみたりもしたのだが、憎い事に反応はなかった。
この状態を誰かに見られたらどうしよう、と落ち着かない気持ちになりながらこの状況の打開策を考えていたとき、再びテリュースが口を開く。


「アルも……」
「は?」
「アルも、一緒に……」
「ってこら! アニキ!」


その一言を最後に睡眠に入ってしまったようで、何を言っても動かず、なのにいい抱き枕が手に入ったとばかりにアルフレッドの体を抱き込んで離す気配が無い。


「………」


抱き込まれているため顔はテリュースの胸に当てられていて、穏やかなリズムを刻む鼓動とぬくもりに、焦る気持ちが萎えていく。
ちらりと顔を上げれば目に入る、あどけない寝顔。


「可愛い顔して寝やがって……卑怯だぞ」


自分を抱えてそんなに幸せそうな顔をされると起こしづらくなるというものだ。
暖かい腕に心地よい音。どうしようと思うのだが、この腕の中にいるとそれが遠くなってしまう。
ぎゅ、と体に腕を回せば無意識ながらも相手も抱き返してきて、そんな姿にアルフレッドは苦笑を刻んだ。





■■■





「二人ともー、ご飯冷めちゃいますよー……っと」


いつまで経っても起きてこない兄弟に焦れたステインは部屋の扉を開けたが、中の光景を見て慌てて声を潜めた。
起こしに来ておいてどうかと思うのだが、寄り添って眠る兄弟を見ているとなんとなく忍びなくなってくるのだ。
共にあどけない顔をして眠る姿に口元を綻ばせ、ずれている布団を静かにかけ直してやる。


「ふふ……二人とも幸せそうな顔ですね」


でも、今日だけですよ?
そう言ってステインは静かにドアを閉め、従姉妹辺りが来ても大丈夫なようにと、ドアに小さくシールドの呪文を紡ぐ。
そしてどこよりも穏やかな空間がそこに出来上がった。









ステインが嫁に欲しい今日この頃。居候なので兄弟はきっと同じ部屋だろうと勝手に思ってます。

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