ラビッシュ ss






とんでもない天然でやることなすことが目を剥くようなものでも、今回の戦いだって自分達がいなかったらどうなってたのかわからなかったのだとしても、とてもじゃないが適わない。




すったもんだの戦いの後、行方不明だった兄テリュースはアルフレッドと共に無事村に帰ってきた。
ヴィクトールに強い暗示をかけられた後遺症もなく、テリュースはいなくなる前と何ら変わることない調子で、今は呑気に紅茶をすすっている。
テーブルの向かいに座るアルフレッドはそんなテリュースを見て、ため息をついた。


「どうした、アル」


そんな弟に聡く気付き、カップを置いてテリュースはアルフレッドに向き直る。
やや微笑みながら、穏やかに問うてくる兄の表情をしばらく見つめ、アルフレッドは再び息を吐いた。


「……世の中ってやつはおかしい」


アルフレッドの脳裏に、つい先程の出来事が過る。




外で散歩中出会ったお気に入りの三人組をいつもの調子で口説いた。何度声をかけてもなびいてくれない彼女達だったが、これはもう挨拶のように口が自然と動いてしまうのだ。もちろんこちらに傾いてくれれば万万歳なのだが、悲しいかな、今まで一度もそういう空気になったことはない。
おまけに今回は断られるばかりか、衝撃の一言を告げられてしまった。
曰く、「テリュースさんだったらいいのにな」。

ぽかんと口を開けた後、アルフレッドは即座に反論した。


『あ……兄貴なんて! あいつが恐ろしいほど天然だってみんな知ってるだろ!?』
『えーでも、心がきれいじゃない。変な打算があるより全然いいわよ』
『ねー』
『それになにより勇者なだけあって格好いいし、強いし』
『……いちお俺、兄貴と遺伝子通じてるんですけど』
『んー力はともかく、確かにアルも顔はいいんだけどね。でもやっぱり何か違うのよ。何か』


きっぱりと告げられた言葉に、アルフレッドは笑顔のまま固まってしまった。
「何か」なんて不確かなものに負けたのか、と体いっぱいに哀愁を漂わせ、心の中でがくりと膝をつく。
そしてそんなアルフレッドを彼女たちは特に気にもせず、別れの言葉を口にして横を通り過ぎて行ったのだ。




「大体、俺のどこが兄貴に劣るってんだ……」


ため息混じりに零し、行儀悪くテーブルに顎をのせたまま上目でテリュースを見上げる。
優雅と言えなくもない仕種でティーカップを持っている姿は、確かに己の兄だけあって格好よくはある。
カップを持つ指は長く、そして器用だ。ひとたび剣を持たせればそれはもう素晴らしい動きを見せる。剣舞でも仕込めばさぞかし麗しい出来に仕上がることだろう。
そしてアルフレッドはガタリと椅子を引いてテーブルの下を覗き込み、舌打ちをする。わかっていたことだが足まで長い。 椅子を引いて座り直し、アルフレッドは再びテーブルに突っ伏した。


「兄貴さぁ、欠点とかないわけ? 俺的には性格がもうズバシっと欠点だと思ってんだけど、女の子たちにかかりゃ「それも魅力的ぃ!」なんだもんなー」


なんだよそれ、とテリュースに当るように吐き出すと、笑い交じりの言葉が返ってくる。


「そうだな。ないこともないぞ、欠点」
「えっ、嘘本当かよ!? 世の女の子たちが興ざめするような欠点だぞ?」
「まあとりあえずは興ざめの分類に入るだろうな」


その言葉にアルフレッドの瞳が輝きだし、なんだなんだとテーブルに身を乗り上げて続きを促す。


「で? で?」
「お前が一番よく知ってると思うんだけどな」
「だーもう! もったいぶらずに言えって!」
「弟馬鹿」
「は?」
「だーかーら、アル馬鹿」


にこりと落とされたものに、三度アルフレッドはがくりと体を落とした。
どんな欠点が待っているかと思いきや、まさかこんなことを言われるとは。しかも誇らしげに。
アホか、と一蹴しようにも、アルフレッドにも十分すぎるほどそれは頷ける欠点だったので何も返せない。いい年した弟を猫可愛がりしているというのは、傍から見ればかなりどうかと思うものだろう。
普段の兄の姿を女の子たちに見せれば流石に引くだろうが、それをすると必然的にアルフレッドの評価も下がるので、おいしいネタだが結局は使えない。
脱力感だけが増した。


「にいちゃん、アルが元気ならそれでいいからなー」
「……俺馬鹿っつーか、ただの馬鹿だろ」
「いーや、アル馬鹿。これは譲れない」
「ばーか」
「はいはい」


頬に昇る熱を悟られないようにそっぽ向き、憎まれ口を叩いてもテリュースは楽しそうに笑っている。
ちらりと目だけをやると、目を細めて笑いながら頭を撫でられた。
それから逃げるように頭の位置をずらすと、相手はおもむろに立ち上がってアルフレッドの隣に腰掛ける。何があっても顔を上げるかと決心すれば、耳元に囁きが落とされた。


「でも、アルだって兄馬鹿だからおあいこじゃないか」


びくりと反応する肩を引き寄せられ、頭に唇を落とされると、本格的に言葉が出なかった。
疑問ではなくて、そうだと信じて疑わない言い方で真っ直ぐに言われれば否定の言葉が口の中で消えてしまう。
色々な言葉が頭を過ぎった後、もう一度馬鹿、と呟いてアルフレッドはテリュースの服の裾を掴んだ。悔しいかな、彼の言うように自分は兄馬鹿だった。
だから本当は皆が兄を、と言う理由は他の誰よりもわかっている。アホでも馬鹿でも天然でも、どうしてかテリュースがいいのだ。
それを口に出す気は絶対にないが、今はこのまま流されようと、アルフレッドは兄に凭れ掛かった。









かなりの兄弟愛にも見て取れそうですが、くっついてます。

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