扉の先は見事な闇だった。 扉の先も今までと変わることのない見慣れた部屋、または通路があるのだろうと思っていただけに、一瞬何が起きたのかとサーフは虚をつかれる。 「うっわー…なんも見えねぇぞこれー。まさに一寸先は闇。どうしろっちゅーんだ」 「本当。これじゃすぐ近くに敵がいてもわからないわ。皆の顔すら見えないもの」 怯えを含んだシエロとアルジラの声に目を向けたが、彼らが言うように存在は感じられていても姿を見ることは出来なかった。微かに感じられるこの気配すらも、ある程度の距離をあけてしまえばわからなくなってしまうだろう。 厄介だな、とサーフは圧倒されるような闇の中で腕を組んだ。 このままの状態で進めば戦闘が困難を極めるのは確実だった。近距離でさえ確かめがたい視界で、無事に戦いを終わらせることなど到底無理なことである。今この闇に慣れた敵から奇襲されたらまず全滅だろう。 どうするかと指を顎に掛けて思案すれば、時間を掛けることなくそれに思い当たった。 なるほど、と軽く頷いて笑みを作る。 マッドマートの品揃えの、見慣れない、そして用途がいまいち不明だったアイテムはこのために存在していたらしい。 「ライトだサーフ」 「ああ」 どうやら同じことを考えていたらしいゲイルの声に、使い道がわからないつつも念のため、と幾つか購入しておいた道具を取り出す。 購入をしておけという参謀の言葉を聞いておいて正解だったな、とサーフはすぐそばにいるゲイルの肩を叩いて目的のものを取り出した。 「……っ!」 闇に慣れ始めていた目にはその光は眩しく、誰もが目を眩ませる。 一瞬の後、まだどこか薄暗さを残しつつも先程までに比べれば格段に見やすくなった建物内の様子が視界に拓けていた。 「はー。やっぱ見えるのと見えないのとじゃ全然違うなー…こう、なんつーの? 安堵感、がさ」 アイテムさまさまだ、と拝む様子を見せながら、シエロが近づいてくる。 それに苦笑しながら頷くアルジラもまた、距離をつめていた。 「見えないことも恐いんだけど、誰もいないんじゃないかっていうのが一番不安なのよね。声はしていても、姿が見えないと落ち着いていられないわ」 「同感だな」 どうやら微かな時間で暗闇に懲りたらしい二人に、サーフも同意の意を示した。 慣れない状況というものは指揮を執る身としても気の負い方が違う。闇の中で見えない敵から仲間を守りきれる自信はなかった。 「さて。この闇が長いのか短いのかはわからないが、こうして便利なアイテムもあることだ、先を急ぐぞ。ぐずぐずして無駄に消費するのは賢くないからな」 もっともな意見に、いつになく皆はサーフに従った。 ■■■ やはりソーラーノイズがMINを刻む時にライトの効果も切れるのだと確信を持ったのは、アイテムを二つ消費してからだった。 それでもライトが切れる瞬間は少々心臓に悪く、その瞬間だけ辺りに緊張が走る。 しかし皆も慣れたもので、初回時のように動揺することはなく溜め息を吐いたり肩を竦めたりに留まっている。 幾度か暗闇のままで奇襲を受けても勝利出来たことが強みになっているのだろう。 慣れればこっちのものだと、シエロなどはどこか楽しんでいる素振りすら見せ、明かりを灯す作業をやりたいとの申し出を受けてやってから、自称「みんなの光」係になり、嬉々として任務を遂行していた。 道程は順調のように思えた。だが長くは続かなかった。 「わーっ! ライト落としちまった! ああああああ真っ暗で何も見えねぇ!」 ライトの効果が切れた直後の叫び。一同が肩を落とした瞬間である。 「……まーったく。いかにもアンタがやりそうなことで怒るどころか笑っちゃうわ」 「あーもうごめんって!」 「今奇襲されたら、俺らはともかく床に這いつくばってるお前は無事じゃ済まされないかもな」 「そ、そんなこと言うなよ兄貴ぃ〜」 「やられたくなかったらさっさと見つけろ。仮に今ここで奇襲されて助かったとしてもだ、怪我でも負ったら俺はしばらくうるさいぞ」 「あ、あたしも」 「はいはいはいはいわかってます皆様! 死ぬ気で探させてもらってますのでもうしばらくの辛抱を!」 闇の中で交わされる応答に嘆きの声を上げながら、言葉通り必死に道具を探しているだろうシエロを想像して一様に苦笑を漏らす。 闇を感じる時間が延びたことに不安を感じないわけではなかったが、この辺りの敵は一掃していたし、残党、もしくは新手がやってきても戦闘のこつはある程度掴めている。 ライトも、落としたといっても転がるような形をしていなかったのでさほど時間をあけずにそれは見つかるだろう。 それでも何かあってからでは遅いのでシエロ以外の仲間達にはその場を動かないようにと指示をし、特にシエロに注意を向けながら周囲で不穏な変化がないかとサーフは気を張った。 本当は今すぐにでもシエロの手元を明るくする手段があるのだが、一応のおしおきを含めて気づかない振りをしておく。 そしてサーフはアイテムが見つかるまでの短い時間、気晴らしをすることにした。 幾度か明かりが落ちて、気づいたことがあった。 明かりが落ちてしまった瞬間から、己の傍を離れずに付く存在に気づいたのはすぐだ。 気のせいかと動きを極力控えてわざと遠ざかってみたりもしたのだが、やはりそれは常にサーフの傍にあった。 そしてそれはたいへんサーフを気持ちの良い気分にさせた。 「いい心がけだな」 「このような状況では当然のことだ」 手でそこが壁であることを確認してから背中を預け、からかう調子で声を掛ければ予想以上に真面目な声音で返事が返ってくる。 「何度でも言うがな、サーフ。お前はリーダーという位についていながら行動が軽薄すぎる。仲間への気配りは何も言うことがないが、肝心のお前自身への配慮が足りない」 耳にタコ、というほど言われてきた忠告という名の説教に、またか、とサーフは闇で見えないのをいいことに思いきり顔を顰める。 普段のように適当にかわして逃げ出そうにも、それを俊敏に察知したゲイルに彼の腕で檻を作られてしまい、壁際に来たことを後悔した。 仕方ないのでたらし込むことにする。 「優秀な部下がいるから構わないさ」 声を潜めては他の仲間が不審、または不安になるかもしれないので、口調はいつものままに、しかし指先をゲイルの頬にそっと這わす。 「そいつがいなくなったらどうする」 「その時は仕方ないから自分で身を守るさ。それにそんな心配しなくても、そいつは俺の傍から離れない」 「随分な自信だな」 触れた指は、しかしゲイルの手によってその手を掴まれ外された。かわされたかと思ったが、代わりに今度は彼の手がサーフの頬に触れ、顎にかかり、唇に指の腹を這わせられて安堵で目が閉じる。 かかった、とサーフは思わず笑んだ。 「だが生憎お守ばかりにかまけている暇はないんでな」 「っ」 きゅ、と鼻をつままれ、予想していなかった感覚に驚いて目を開けると、小馬鹿にしたような顔が見えた気がした。 失敗か、と内心で舌打ちしながら手を離す。すんなりと流されたかと思えば、化かし合いだったという訳だ。 「聞き分けがないといい加減愛想が尽きるぞ」 「よく言う。従順であれば興味を無くすくせに」 された行為にいささか憮然とつままれた鼻を擦りながら、つまらなさそうにサーフは言った。 そんなサーフにゲイルはため息をつく。 「従順であれば今以上の忠誠が手に入るとは思わんのか」 「自分の意を押さえつけてでしか得られない忠誠なんて魅力があるわけないだろう」 それに、とサーフは付け加える。 「誰かさんからの忠誠ならもう限界まで貰い受けている。今以上の忠誠心? 出し切って既に空になっている容れものから何を出すというんだゲイル」 「………」 「尽けるものなら愛想でも何でも尽きてみろ」 出来るならな、と勝ち誇ったような表情でサーフは先程したようにゲイルの頬に手を沿え、再び顔を近づける。 避けることは許さないというのが感じられたのか、ゲイルも今度は素直に応じようとしていた。頭と腰に手が回され、唇が近づく。 そして重なるかという瞬間にサーフは瞳を輝かせ、微かにゲイルが口を開けた瞬間を狙いすまして遠慮なくその上の突起に齧りついてやる。 「っ!」 「――さて、まだ見つからないのかシエロ」 相手が怯んだ隙に腕の囲いを跳ね除け、まだライトを探しているシエロの方へ向かう。 背後で少々殺気立ったものを感じたが、そんなことは知らない。地味に鼻をつままれた恨みが燻っていたのだ。目には目を、で何が悪い。 「ごっ、ごめん兄貴。至極真面目に探してんのになぜか見つかんねーのよ。いや本当に」 「そうか……」 やや焦り気味のシエロの返事にやれやれと肩を竦める。 自力で見つけるまで放置しておくつもりだったが、この闇に下手に長居して報復でもされたらかなわない。 「仕方ない。これ以上時間をとるのはあまりいいことじゃないからな」 そう言って、サーフは辺りに誰もいないのを確認して手のひらを闇に向けた。 火炎の呪文を小さく口に出せばその掌から紅蓮が立ち上り、闇の中、サーフの周りだけが揺らぐ光で照らされる。 その手があったか、と皆が感心する中、すぐにシエロが目的のものを見つけて歓声の声を上げる。 そして再びライトが灯され―――― 鼻にくっきりと噛み跡をつけている一人のメンバーに皆が気付くのは、その直後のことだった。 噛みサフ2。多分舌噛んだだろうな参謀さん。 あと自白しておきます。「ライト落としたなら次のライト使えばいーじゃん」。 |