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敵の鋭い爪の攻撃により、サーフが負傷した。
すぐに敵は他のメンバーによって亡きものにされ、衝撃によりうずくまったサーフに皆が駆け寄る。


「大丈夫だ」


ふらついた様子もなく立ち上がったサーフは、言葉通り無事そうではあった。
しかし彼は痛みを隠すことに長けているので、誰もがサーフ本人よりも雄弁に語っているだろう傷口に目を向ける。


「よかった…出血の割りに傷は大したことないみたい」


アルジラがサーフの手を取って患部を眺めた後、ため息とともに緊張を解く。


「だから大丈夫だって言っただろ。ただ少し血が出たってだけで大げさだぞ」
「仕方ないでしょ、アナタは痛いものを素直に痛いって言わないで、しかも聞いたってすぐ嘘吐くんだから」


責めるものの言いに、悪怯れた様子もなくサーフは肩を竦める。
その、治す気など全くないと言わんばかりのサーフの態度にもどかしい気持ちになるが、何を言っても無駄だとわかっているのでアルジラはため息でその話題を打ち切った。


「さて、と。どうするのサーフ。もう血も止まりかけてるし、大丈夫だって言うのならこのまま回復なしで行く?」
「そうだな…」


腕を持ち上げて肩から二の腕にかけての傷口を眺めながら、サーフは考える。

ダンジョンも長期になれば、いくら回復端末が点在していても魔力が尽きてしまう時がある。そういう時は大抵敵が強いので、ある程度の体力がないときついのだが、回復ばかりしていると肝心の攻撃魔法に回す魔力がなくなってしまう。
余裕がある時は戦闘後毎に完全に近い回復をするのだが、今はその長期ダンジョンの真っ只中だ。


「アイテムも温存したいし、この先強敵がいるかもしれないしな。MPにある程度の余裕は持ちたいから、このまま…」
「えーっ駄目っしょ! そんな見るからに痛そうな傷を放っておくなんて絶対やばいって!」


傷は塞がずに進むという言葉は、シエロの請うような大声に遮られた。


「兄貴がオレらのパーティの要なのに、次に奇襲でもかけられて、しかも弱点つかれたら一気にピンチじゃん! 全滅じゃん! 駄目駄目じゃん!」


必死な様子のそれにまず反応したのはヒートだった。


「くっだらねぇ。負傷しながらの戦闘なんて今にはじまったことじゃねぇだろうが。ったく、テメーらはこいつに甘すぎんだよ」
「しょうがねぇだろ。兄貴は誰かと違って人望もあるしおまけに強ぇーんだから」
「お前みてぇな奴の人望なんかいるか馬鹿。第一こんな攻撃も避けられねぇ奴のどこが強いってんだ」
「はぁ? 少なくともお前よりってのは明らかだろ」
「あーもうはいはい! とりあえず回復魔法をセットしてないあんた達はあっちいってて頂戴。そこでなら好きなだけじゃれ合っていいから」


くだらない言い合いに発展しそうな二人をアルジラは無理やりにサーフの前からどけて、次いでサーフを見る。


「アナタがこのまま行くって言ったらそうするつもりだったけど、よく考えればシエロの言っていることも捨て置けないのよね」
「で、回復するって?」
「野たれ死ぬよりはマシでしょ」
「お前がそう言うのなら俺は構わないさ」
「じゃあアナタ自分で回復して頂戴、サーフ。一番ランクの高い回復持ってるでしょう」


その一言にサーフは方眉を上げる。


「なんだ、アルジラが治してくれるんじゃないのか。自分で治すなんて味気のないことするんなら、回復なんてしないぞ俺は」
「馬鹿かお前は」


呆れた事を言い放つ目の前の人物に、軽いため息とそして冷たい眼差しを寄越さずにいられなかったのはゲイルだ。
これが大きな組織の頂点に立つ人物の言うことなのだろうか、と痛む頭を堪えてサーフに吐き捨てたのだが。
しかし声をかけた瞬間のサーフの笑みに良からぬものを直感したゲイルは、すぐに己の失態を悟った。


「ゲイル」
「やらん」


何をと言われずとも、この展開でサーフが企んでいる事など知れたことだった。
呼ぶ声に拒否を示しても、しかしサーフは足取り軽やかにゲイルの方へ向かってくる。
そしておもむろに右手で左肩を押さえ、微かな呻きとともに端正な顔を顰めて見せた。


「ああ、今ごろ傷が痛んできたようだ。高い魔力の持ち主の手で回復を受けないと、このままでは壊死して使いものにならなくなる」


わざとらしいことこの上ない演技には、嘆息の価値すらなかった。


「アルジラに再度頼め。あいつが一番魔力が高い」
「そうしたいが、貴重な戦力のMPを減らすことは出来ない。その点、お前は今控えじゃないか」


そう言うサーフだが、例えゲイルが控えじゃなくても要求しただろうというのは明らかだった。


「ならば先程言われたようにお前が自分で回復すればいいだろう。攻撃が主体のお前ならばMPはそんなに必要ないはずだ」
「ゲイル。だから言っただろう? 誰がそんな味気ない真似をしたいというんだ」


アルジラに告げたことをもう一度繰り返すと、ゲイルが真剣な目でサーフを再見した。


「サーフ」
「どうした」
「お前は、本当に、救えないほどの大馬鹿者だな」


心底呆れたように言われると、怒るよりも笑ってしまった。
無感動な彼にここまで言わせた自分が誇らしい、とサーフはゲイルが聞いたら更に呆れ返るだろうことを思う。


「その大馬鹿者に好んで仕えてるお前はどうなんだという話だが、今は置いておいてやる。それよりも」


ほら、と痛んでいるはずの腕を易々と掲げてゲイルの目の前に持ってくる。


「馬鹿な奴に仕えている宿命だと諦めてさっさと回復しろ。傷より俺が腐る」
「……言っておくが、俺はディアしか持ってないぞ」
「構わん。自分でディアラハンかけるよりお前のディアの方が俺には効く」


きっぱりと言い放つと、軽いため息の後に負傷している手を取られた。


「……馬鹿ばかりだ」


そして小さな呟きとともにゲイルの右手からやわらかな光が放たれる。
微かな時間をおいて光が消えた後には、傷のない腕と、満足気に微笑むサーフがいた。









というか軽い傷にディアラハンはもったいない。

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