|
あ、と思った時にはもう遅かった。 「サーフ!」 驚く仲間たちの顔を見ながら、重力に引かれるままサーフは落下した。 ■■■ どさ、と音を立てて着地したのはそれなりに見知った場所だった。 嫌な仕掛けが満載のソリッドの通路とくれば嫌でも見覚えがある。初めて内部に足を踏み入れたとき、何度同じ通路を通ったことか。 忌ま忌ましく上を見上げれば自分が落ちただろう穴が塞がる様子が見え、サーフは溜息をついた。 一度散々な目に合っているので、像の正面に立てばどうなるかは十分承知していたはずだった。 マップが完成されている今、仕掛けられているトラップに不快な思いをすることはなく順調に探索できていたのだが、運悪くシエロの腕に押されてよろめいてしまい、安全なマスからサーフだけがはみ出してしまった。 予期せぬ出来事に誰も対処できず、像の前に立ってしまったサーフは、咄嗟に延ばしてしまった手も虚しいまま落下してしまったというわけだ。 「まあ、大丈夫だろ」 落ちてしまったものは仕方がない。 完全に塞がった穴をしばらく眺めて、サーフはひとりごちた。 一人だというのが些か頼りない気もするが、最初にここに来たときならともかく、その時よりも大分強くなった今では、例え一人であろうとも致命傷を負うことはまずないだろう。 それでも一応自分にセットされているスキルを確認して、辺りへ注意を払うことは怠らないでおく。 しかし、それにしてでも、である。 「あいつら……安全な道から回り込んでくるつもりだな」 すれ違いを避けるため、こういう事態にはあらかじめはぐれた方が動かないで合流を待つと決めていたのだが、大事を防ぐために一方のメンバーは合流を急ぐはずだった。それが少数ならばなおさらに。 しかし同じ場所に落ちればすぐにでも合流できるというのに、誰ひとりとしてやってこない。閉じた天井は至って静かなままである。 おそらく、それなりの高さのあるこの仕掛けで不要に怪我をしてたまるまのかというのが彼らの意見であろう。他の仲間が同じ事態に陥っていれば、サーフもそうしていたかもしれない。 もちろんそれは相手の強さを考慮してのことだが、実際こうなってみると、いくら強さを信頼されているからとわかっているとはいえ、なんだか釈然としない感が否めないサーフだった。よく無茶をやる度に「リーダーの代わりはいない」と言われたものだが、今は影もない。 何かの機会に嫌みったらしくこのことを言ってやろうと決め、その時の様子を思い浮かべながら壁に寄り掛かった。 ■■■ 幾分かの時の後。 運良く敵に遭遇する事なく、そして手持ち無沙汰にハンドガンをいじったりして時間を潰していたのだが、遠くの方から複数の気配が感じ取れてサーフは顔を上げた。 聞こえる声に仲間の確信を抱き、曲がり角のすぐ側の壁にサーフは音を立てないようにして張り付く。 目を閉じて足音と会話から位置状況を判確認すると、都合のいい人物が一番内側にいることに気付いて気分が高揚した。 十歩、五歩、と相手が近づくのを待ち、そしてゼロになる瞬間と同時に手を伸ばす。 そして――― 「遅いぞ」 握っていた銃は、狙い通り相手のこめかみに。 「遊ぶ余裕があるくらいだ、支障はあるまい」 だが彼の足先もまた、サーフの首筋に触れんばかりの距離にあった。 気付かれていたことと、ここまで距離を許してしまったことを内心悔しく思いながらも、サーフは笑って両手を挙げる。これだからこの参謀は侮れない。からかうつもりがこの様だ。 自分もまだまだな、とサーフは自戒しつつ、やはり悔しいのでゲイルを睨んでやると、その、ゲイルとサーフのやり取りに何を思ったのか、シエロが勢いよく頭を下げてきた。 「わーっ兄貴ぃ! ほんっとごめん! ごめんなさい!」 必死な様子に何事かと驚いたが、そういえばここに落ちた原因がシエロだったのを思い出す。 拝むように両手を合わせて小動物のような怯えを見せられれば、持ち前のいじめっ子気質が疼かないわけではなかったが、流石にここでそれは可哀想な気がした。素直な思いを口にして、シエロを安心させてやることにする。 「ああ、いいシエロ。こっちも注意が足りなかった。わざとや悪ふざけならともかく、偶然なんだろう?」 「……でも、兄貴いきなりゲイルに銃突き付けるぐらいに怒ってんだろ?」 「ゲイルにあんなことしたのに意味はない。強いて言うなら、ここへ来るのを遅らせた奴への意趣返しだ。俺の後を追うんじゃなくてこの道来たのは、どうせあいつが言ったからなんだろ」 「それはそうなんだけど……」 断定して言えば、歯切れの悪い肯定が返ってくる。 そんなに自分は怒らせると厄介なのだろうか、と苦笑を滲ませるしかない。 「ゲイルをどうこうしてやろうとは思っても、お前にそんな気は起こらないから気にするな。ただし、二回目は知らないぞ」 「でも……」 「返事は、シエロ」 「……っ、リョーカイ!」 諭すように言って額を指で弾けば、そこでようやくシエロがいつもの調子を取り戻してサーフも一息つく。 「はいはい、これで今回のことはそれで終わりね。ところでサーフ、あなた怪我はない?」 そして空気を一転とばかりにぱんぱんと手を叩いて、すぐにアルジラは尋ねてきた。 流石は回復専門、と既に魔法を用意して問うてくる彼女に感心しつつ、その必要はないとサーフは告げた。 「ああ。特に怪我はない」 「それならいいけど。変な体制で落ちたから気になってたのよね」 「猫並の反射神経に感謝だな」 おどけて言うと、すかさず「猫は猫でも化け猫だろテメェは」というヒートの突っ込みが飛んで来たが、何か返す前に、「これ以上探索を遅らせないでくれ」というゲイルとアルジラの視線に二人で負けた。流石に二人がかりの説教は、サーフとて出来れば味わいたくない。それはヒートも同じなようで、苦汁をなめたような表情をしている。 「じゃあ時間かかった分、急ぐわよ」 よほどソリッドに長居が嫌なのか、率先してアルジラが先へ進めば、その姿に何かを感じ取った皆もそれに続いた。 それを見届けてから彼らと少しだけ距離をおいて、サーフは最後尾に位置づき、ゲイルに並んだ。 サーフとしてはこれからが本番だった。 「おいこら参謀。どうしてすぐ追い掛けてこなかった」 ゲイルの気持ちを疑うような重大なことではなく、むしろ取るに足らない些細なことだったが、いつでも彼の一番になっていたいサーフはそれがほんの少しばかり気に入らなかった。 先程仕掛けた悪戯が失敗に終わったことも案外効いていて、口調はからかうようでも目は少しゲイルを睨むが、その表情は変わらない。 「このような格下の敵相手にお前がどうこうなるはずなかろう。仕掛けから落下する方が危険なくらいだ。そう時間がかかるわけでもないから道を回って来たということぐらい、判断できぬお前ではないだろうに」 予想通りの返答をくれるゲイルに、サーフは大げさなため息をついた。 ある意味ではそれは嬉しい言葉なのだが、今聞きたいのはそんな言葉ではない。 「何事も絶対なんてないだろ。不運が続けばどうなるかわからない。死なないと、どうして断定できる」 「だが、無事だった。事態に乗じて俺にあんなことをしでかすぐらいだ、むしろ散々な目に合ってそんな企みがわかなくなるくらいに消耗したほうが俺のためでもあるな」 「おいおい、もう少し大事にしてくれてもいいだろ。もしかして俺は飾りだけのリーダーだったのか?」 本気なのかどうなのか、いまいちわかりにくいゲイルの言葉だったが、どちらにしても少なからずおもしろくなかった。 さしてそう絡むほどの事ではないのだが、こうもそっけなくされるとサーフも意地が出てしまう。恨めしそうにゲイルの顔を見上げれば、今度は呆れたようなため息と視線が返された。 「何を拗ねている。息を切らして駆け付けなかったことが、そんなに気に入らないか」 「ああ気に入らないね。お前だけは来るだろうと、天井を見つめて待っていた俺が馬鹿みたいじゃないか。時間を返せ」 そこで今回何度目かわからないため息が落とされる。 「どこの子供だお前は」 「生憎、俺の本体はこんなもんでね。嫌ならルーパの後でも追え」 「―――まったく、お前という奴は……」 ゲイルが呟いたかと思えば、次の瞬間には壁に体を押し付けられて口を塞がれていた。 咄嗟にアルジラたちに目をやったが、彼女らは通路を曲がっていて姿が見えなかったことに安堵して体の力を抜く。 一瞬だけ深く合わさった後、離される唇を目で追いながらサーフは零した。 「……覚醒してから、ますます俺の扱いが上手くなったなお前」 今の出来事で簡単に懐柔されてしまったサーフは、感心したようにゲイルの頬に手を伸ばした。 結構意地になっていたはずなのだが、そんな気を張っていた気配すら消え失せてしまっている。 自分がお手軽なのか、それとも相手が上手なのか。判別はつかないが、今は考えないことにした。 「一体どこで上達して来るんだか……他で覚えてきていたら殴るぞゲイル」 露ほどにも思っていないことを口にすれば、心外だと言って顔を引き寄せられる。 「馬鹿なことを。気まぐれな主を相手にしていれば、嫌でもそうなる」 「へぇ、嫌なのか? お前」 「さあな」 その、絶妙なタイミングで再び唇が重ねられ、思わずサーフは舌を巻いた。 なにやってんですか君たち。 |