「なぁ……ゲイルさんてさ、人を妬んだりすると思うか?」 「は? 何だよ急に」 「いやさぁ、昨日自分と同じレベルだと思ってた奴が重要な任務についてるの見て、ちょっとな」 「あー…わかるわそれ。俺もままある」 「だろ? で、俺さっきゲイルさんとすれ違ってさ。あの人って見るからに完璧だろ。この人でもそういうの感じる時ってあんのかな、って羨ましさ交じりの純粋な疑問」 「気持ちはわかるけど―――あの人、だぜ?」 「……やっぱなさそう、か?」 廊下の曲がり角の先で不意に聞こえてきた、構成員たちの思いがけない会話。 立ち聞くつもりはなかったのだが入ってきてしまった言葉に、サーフは足を止めて隣の人物を興味深げに見上げた。 「だってさ。どうなんだゲイル」 「くだらん。己が劣っていると思うのならば、鍛錬すればいいだけのことだろう」 無感情に吐き出された言葉にサーフは笑った。 「やっぱりそう来るか。でもなゲイル、お前はまだ覚醒して日が浅いからそう思うんだ。妬みの感情は対処法がわかってるからといってどうにかなるものじゃない――――と言いたいところだが、お前がそう思うのは恐らく元もとの性分が強いんだろうな、きっと」 ゲイルの肩を軽く叩いて合図をし、サーフは曲がり角を曲がる事無く踵を返して別の道から目的地に向かい始める。 陰口を叩いていたわけではないが、この類の話に本人が姿を現すと互いに、特に話した本人は気まずいものである。おそらくゲイルの方は陰口であろうとただの噂話だろうと何も思わないのだろうが、サーフは萎縮してしまうだろう彼らを気遣った。 「で、本当に心当たりはないのか」 長い廊下を歩きながら、先程の構成員の疑問に思いがけない興味を抱いたサーフは、再度ゲイルに問うてみた。 「嫉妬は知識としては知っているが経験はない」 「さっきの構成員の話みたいなこと、お前にはないだろうしな」 さて、どうすればこの男にある意味もっとも人間らしい感情をわかせられるのか、とサーフは思案し始める。 「そうだな……ゲイル、お前誰かを羨ましいと思ったことは?」 「特にない」 「即答どうも。先が思いやられる回答で嬉しい限りだ」 思ったとおりの回答に肩を竦め、「羨む」という感情からわからない人物にどう説けばいいのか思いを巡らせるのだが、しかしやはりゲイルを納得させるほどの結果は導き出せない。 どうしたものかと諦め悪く考え込んでいると、ふとゲイルが口を開いた。 「お前はあるのか、サーフ」 「ん?」 突如切り返された質問に意表を付かれたものの、すぐに持ち直してサーフはゲイルを見る。 「嫉妬? そりゃあるさ。こと、お前に関しては強いぞゲイル。と言っても、さっきの奴らが言ってたのとはまた種類が違うがな。嫉妬と言うより悋気の方がしっくりくる」 「……意味がよくわからない」 「あぁ、あと自己嫌悪もひどい。我ながらそう思う」 「サーフ」 「多分誰よりも」 ゲイルの発言を無視して言葉を続ければ彼の眉間の皺が深くなるのがわかったが、サーフはゲイルが聞きたいことに答える気はなかった。言うのは簡単だが、出来ればゲイル自身でわかってほしい。 サーフの性分をわかっているゲイルはそれ以上追求することはなく、代わりに口癖を放ってサーフを苦笑させる。 「そのうちお前にもわかるようになるさ」 そうじゃないと俺が淋しいからな、と話を切り上げ、サーフはそうこうしているうちに着いた、少し遠くなった目的地である会議室の扉を開けた。 がらんとした室内には、ヒート一人がつまらなさそうな表情で壁に寄りかかりながら座っていた。 「ヒート。お前一人か? アルジラとシエロは」 「……下っ端の様子見にあっちのアジトへ行った」 「お前は行かなかったのか」 暇だったんだろう、と声に出せば赤い瞳が睨んでくる。 「んなとこ行って何の意味がある。誰がどうなってようが俺には関係ねぇ」 「"仲間"でもか」 サーフが淡々と言葉を返すと、ヒートの顔がカッと朱に染まるのがわかった。 らしくない「仲間」発言をしてからと言うもの、ヒートにとって仲間と言う言葉はひどく羞恥を煽る言葉になってしまっているらしく、今も案の定照れを隠すためか、条件反射のようにヒートは目をむき、立ち上がってサーフに噛み付き出す。 「っ、てめ―――」 「こういう予測のつかない事態が起こっている時こそ、仲間なら助け合うべきなんじゃないか? それとも、お前の言う仲間の範囲が、エンブリオンのメンバー全員を指すんじゃなくて、ごく近しい俺達だけを指すのなら仕方ないけどな」 「〜〜〜〜〜〜っ」 俺達だけ、の部分をわざとゆっくり発音すれば、ヒートの顔が更に染まった。 そろそろ胸倉でも掴まれるかな、とサーフが頃合を計っていると、ヒートは意外な言葉を発した。 「そういうお前はエンブリオンの奴らを仲間と思ってんのかよ」 「当たり前だろう」 何を馬鹿な、と口調に含ませて返すと、嘲るようにヒートは笑った。 「そうかよ。俺はてっきりお前が仲間だと思ってる奴は、そこの参謀サマだけだと思ってたからな」 「そんなに薄情な奴に見えるのか俺は」 やれやれ、と肩を竦めながら言うと、ヒートが畳み掛けるようにして言葉を放ってくる。 「見えるも何も事実だろーが。あからさまにそいつを贔屓しやがって。ゲイルに魔力もパワーもあるのは認めるがな、お前の場合それ以外の目的で侍らしてるのがみえみえなんだよ!」 語尾荒く告げてくるその様子にサーフは苦笑し、激昂しているヒートと、物静かに佇んでいるゲイルとを見比べた。 ヒートはこんなにもわかりやすいのに、今ゲイルは何を考えてこの状況を見ているのかもわからない。いつかゲイルもこのヒートのように嫉妬で突き詰めてくる日が来るのだろうか、と思うとやはり苦笑いを浮かべるしかない。 「贔屓はお前の思い込みだとしても…まぁ、残りは否定はしないな」 「それみろ―――」 「でもな、ヒート。だからと言って他のメンバーがどうでもいいわけじゃないぞ。エンブリオンのメンバーは皆仲間だと思っているし、大事だ。勿論、一度も話したことがないメンバーと常に行動をともにしているお前たちとでは思い入れに差がないとは言わないが、誰を傷つけられても報復を考える」 「はっ、信じられるか。言葉だけなら誰でもなんとでも言える」 しつこく食い下がるヒートにため息をつき、自覚しているのかしていないのか、ヒートの核心にあるであろうことを告げてみることにした。 「何が気に入らないんだお前は。ちゃんと俺はお前も大事に思ってるぞ? 戦闘要員だけじゃなく、心の支えどころとしても」 「! ばっ、何を言い出すんだテメェは!」 「何って、お前は俺に認めて欲しいんじゃないのか」 一瞬言葉をなくしたヒートは、今度こそ平常を保ってられなくてサーフに掴みかかる。 来るだろうと思っていたが、それでも衝撃は身に染み、壁に押さえつけられた背中に痛みを感じた。 常ならばこれ以上ヒートを煽る事はしないのだが、今回はどうしてか悪い虫が騒いだ。 「ヒート、お前自分で気付いてるのかいないのかは知らないけどな、お前のその苛つきはどうみても嫉妬だろ」 「なっ」 「もどかしいのはわかるけどな、いい加減俺本人に当るのはやめてくれ。当るなら俺じゃなくてゲイルにしろ」 「―――ふざけんな!」 間近で見るヒートの形相には迫力があったが、それで引いていてはヒートを仲間にしていられない。 「ふざけてなんかいない」 「ふざけてる以外の何ものでもねぇだろ! なんで俺がゲイルなんかに嫉妬しなきゃならねぇんだ! 自惚れるのも大概にしやがれこの馬鹿!」 「お前……普段あれだけ露骨に絡んで当り散らしてくるのにしらばっくれる気か。羞恥に呑まれてたら欲しいものは手に入らないぞ」 「だから違うって言ってんだろうが!!」 そこで壁に押し付けられる力が強くなり、流石にサーフは顔を顰める。 アートマ化しているときはともかく、人型の時の腕力はやはりヒートに敵わず、悔しさ交じりで舌打ちする。 しかしヒートの顔越しに見えるゲイルは指一本動かす様子もなく、腕を組んでただ傍観しているのみである。 不快な痛みに加え、リーダーがこんな目に合っているのに参謀は助けもなしか、という気持ちと、他の人間にこうされていてもお前は何も思わないのか、という気持ちがない交ぜになり、サーフはおもしろくない気分を味わう。 ややあって状況は変わらないと判断した時、サーフの機嫌は最悪だった。 「……離せ」 「ああ!?」 「離せヒート」 高圧な物言いに声を荒げるヒートだったが、繰り返されるサーフの言葉に何かしらを感じ取り、掴んでいた肩への力を抜く。 力が緩めばすぐにその手を振り払い、サーフは押さえつけられていた箇所に手をやって重いため息をついた。そうすると部屋一帯が妙な雰囲気に包まれ、静寂が落ちる。 そしてサーフは、ゲイル、と興味なさそうに傍観していた参謀を呼ぶ。 「お前、嫉妬がどんな感情かよくわからないんだったよな」 「そうだが」 それがどうかしたのか、と目で問うゲイルにサーフは気持ちのいいものではない笑みを浮かべてこう言った。 「一番わかりやすい方法で教えてやるよ。さっき言ってた種類が違う方のをな」 そして眼前のヒートへも同じ笑みを浮かべる。 「お前には俺への気持ちを嫌ってほど自覚させてやる」 その言葉の後、サーフはヒートの羽織っているマントの首のあたりを握り締めてそのまま己の方へと強引に引き寄せた。 思いもしない行動にヒートは寄せられるがままにサーフとの距離を詰め、そして勢いのままサーフと唇を重ねる。 「!」 驚いた気配はヒートかそれともゲイルか。 しかしサーフは構わずに、ヒートが硬直しているのをいいことに唇を触れさせるだけでなく更に軽く舌まで絡ませるという行動に出る。 長くはないが、短くもない時間の後に体を離した後、ヒートは唇を手で覆い、呆然自失といった風に微動しなくなった。 サーフは挑発的な笑みをもって二人に告げる。 「―――これでわかったよな」 そして最後にゲイルに視線を向け、扉の外へ出て行く。 会議室のすぐ傍の仮眠室に入り込むと、ドアが一回閉まるより先に誰かが入ってきてサーフは腕を掴まれた。 「あれは一体何の真似だ、サーフ」 少し痛いぐらいにこの腕を掴んでいる男の目の色が普段より濃い鮮やかな緑なことにサーフは満足し、やや険しい雰囲気を醸している彼の言葉を奪う。 直前まで感じていた気分の悪さは瞬時に萎え、短く、しかしヒートにした時よりも深く唇を重ねた後、陶然とゲイルの顔を見て言った。 「……やっぱりゲイルじゃないとな。他の奴の熱じゃ駄目だ」 「――――――」 その言葉になにを思ったのか、ゲイルはサーフの顎を乱暴に掴み、荒々しく唇を塞ぐ。 「………っ」 呼吸もままならないようなゲイルの攻め立てにサーフは目を見開き、驚いて思わずそれから逃れようともがいたが、ゲイルは許さなかった。 逃げる舌を執拗に追い求め、絡みつき、先ほどヒートに仕掛けた行動に激昂しているのだということを、サーフはその身で知らされる。先ほどまで感じていた余裕などはなく、ただひたすらにゲイルを受け入れるので精一杯で苦しげな声を漏らしてしまう。 こうなることを望んでいたはずなのに、実際には喜びだけではなく怯えもあることを知らされる。だがそれが余計に快感を煽った。 壁に押し付けられた体は次第に下がっていき、腰が床につくようになる頃、ようやくゲイルはサーフを解放してやる。 「この苛立ちが嫉妬というものなら、確かにお前の教え方は的確だった。だがサーフ」 そこでゲイルはサーフの顎を持ち、間近で視線を合わせる。 「俺を甘く見るな」 いかなる理由であれ、今後もこういうことがあれば容赦はない。 息が整わない中で見上げたゲイルはことを企てた時のサーフ以上に含んだ笑みを浮かべており、その表情に思わず肌が粟立った。今更ながらに、己はこの青年に狂わされているのだと強く自覚する。 無感情などとんでもない、ゲイルの秘めたる内はサーフを捕らえて離さないほどの熱を持っているではないか。 ゲイルの唇が耳朶へ首筋へと性急に移動していくのを受け入れながら、おもしろいほどに昂ぶる自分をサーフは自覚する。 少しだけ自嘲気味に笑い、そしてゲイルの首筋に噛み付いた。 今晩ヒート寝れませんね。 |