「なんか珍しくゲイルさん、疲れた表情してなかったか」 立ち話をしている構成員のその言葉を聞き、サーフは立ち止まった。 詳細を訊こうと振り返り、しかし思い留まって、訝しむ構成員たちを背にそのまま進む。 ゲイルが疲労していることは気がついていた。 ただ、彼はそうだということを仲間――特にサーフに告げようとしない。疲れているのではないか、と持ちかけてみても否、という決まった返事と完璧なポーカーフェイスを返すだけなのである。 自分にだけならまだしも、一介の構成員にも気取られるまでの疲労を抱えているのならばこれはもう。 「説教だな」 サーフはゲイルを探すことにした。 まず手始めにとゲイルの部屋へ向かうと、思っていた以上にあっさりと彼は見つかった。 最初の訪問先で見つかるはずがないと思っていたサーフと、掛け声もなく開かれたドアに注意しようと顔を上げたゲイルは、互いの姿を認めて少しばかり瞠目する。 「アルジラとシエロを連れて出掛けていたのではなかったか」 「二人とも疲れたようだからついさっき戻った」 そうか、とゲイルはサーフが来る前に見ていたダンジョンの図面に目を戻した。 ちらりと覗いた先に記されていた独特のその構造は、サーフにも見覚えがある。 「…それ、アサインメンツのアジトだろ。今更何の用があるんだ」 「鍵で通れるようになった道はないかと思ってな」 「前に直に自分の目で確かめただろうが」 「確認を怠って損をしたくはない」 まさか彼は他のアジトもそうやっているのだろうか、とサーフは言葉をなくした。 貴重なアイテムの取り忘れはサーフとてしたくないので、マップが途切れているところはないか、鍵を解除し忘れているところはないか、当のゲイルを連れて散々調べ尽くしたというのに。 なるほど、こうやって休息を取る時にもこんなことをしていれば疲れが取れるはずがない。 それでなくてもここ最近はずっと地下水道で経験値稼ぎ詰めだというのに。 「ゲイル」 「どうした」 「お前は、今すぐ、速やかに、寝ろ」 言葉に合わせてゲイルを三回、ベッドを一回指差して威圧高く告げる。 一瞬静まった室内。 ほんの少しの間の後、返ってきたのは当然とでもいうような反抗だった。 「今は休む時間ではない」 「お前その時間だってこんなことしてるんだろう? ちゃんと休むべき時に休まないで第一線で戦おうなんて思慮が足りないんじゃないかゲイル。疲れてるなら素直に休め」 「生憎、疲れてなどいない」 「へぇ。その辺の構成員にさえ気取られているのに? それに気付かないのが疲労している何よりの証拠だろ」 「自分の体調は自分で分かる」 「………いいかゲイル、これはリーダー命令だ。リーダーの命令だぞ、リーダーの」 しつこく「リーダー」と繰り返すサーフに溜め息をつき、ゲイルは持っていた紙面を簡易テーブルの上に置いた。 「これでいいのか」 「そのまま寝てくれればな」 「全く、いつからエンブリオンのボスは子供じみた我侭を言うようになったのか」 「うるさい。いいから寝ろ」 やれやれと呟くゲイルを無視して、サーフはゲイルをベッドに無理やり追い込む。 子供じみた、と言われて羞恥を感じないわけではなかったが、そういうことは聞き流すことにした。 まだ渋っているゲイルをどうにか横にさせると、甲斐甲斐しく掛け布を被せてやる。 「サーフ。悪いが横にはなってもこのまま睡眠に入る気はないぞ」 「別に構わない。こうして何もせずに横になっているだけで休息は取れる。もちろん、寝るときはちゃんと寝ろよ。またあんなことしてたら奪い取りに来て、ドルミナーかけてやるからな。気分によってはそのまま大往生だ」 脅しとも取れる言葉を告げ、サーフはゲイルの一応の了解の返事をもぎ取る。明らかに渋々といった様子だったが、了解は了解だ。サーフはそこでようやく肩の力を抜く。 これで今日ぐらいはまともに睡眠を取ってくれるだろう。仮にゲイルが言いつけを守らなくとも言葉通りに実行するまでである。 そして用事は済んだとばかりに部屋から出ようとベッドの端から腰を浮かせたが、瞬時に伸びてきた手によりそれを阻まれてしまった。 そのまま体をベッドに押し付けられ、目まぐるしく変わった視界に最後に入ってきたのは犯人の顔。 なにを乱暴に、と睨むと、拍子抜けするような言葉がかかった。 「お前も寝ろ、サーフ」 「……は?」 「疲労しているのはお前もだ」 「俺が? 疲労?」 そんなことはない、とすぐさま反論しようとして、ゲイルに唇を塞がれる。 だがそのまま流されるサーフではない。唇から逃れ、そしてゲイルの言うとおり己は疲れているのだろうか、とそれまでの自分を省み始めた。 確かにこのところの戦いはうんざりするようなものだった。 だがそれでも睡眠だけはちゃんと取ってきた自信はある。己の身分を思えば皆に迷惑を掛けるような真似だけは絶対にしたくなく、それ故にサーフは体調管理には気をつけているのだ。 確認の後、再度否定を伝えるとゲイルはこう言った。 「体の疲れだけが疲労ではない。精神だって疲労する。最近は戦いばかりだから特にな。例え体は休まっていても精神がそうでなければただの肉体疲労より性質が悪いと思うのだが」 その言葉にサーフは信じられないとでもいうような顔をした。 「どうした」 「まさかゲイルの口からそんな言葉が出るとは……」 「随分な言われようだな」 「だってゲイルだぞ?」 くすりと笑い、サーフは自身に覆い被さっているゲイルの首に腕を回した。 しばしそのままじゃれあいのように相手を堪能し、くすぐったいような感覚に身を任せる。 ふと、そういえば、とサーフは今日のアルジラとシエロを思い出す。 彼らは今日の狩りで普段よりも早くに疲労を訴えた。連日繰り返される狩りに嫌気でも差したのだろう、とサーフは早めに切り上げてきたのだが、もしかすると己が判断している以上に皆は疲れているのかもしれない。 ゲイルが次の行為に移ろうとサーフのトライブスーツに手を掛けるのと、サーフがあることを思いつくのは同時だった。 それまで大人しくゲイルに組み敷かれていたサーフは、ゲイルが触れるより先に上体を起こしてこうのたまい出す。 「あいつらも疲れてるかもしれない。いや、きっと疲れてる。俺達ばかり回復しても誰かがそういう状態なのはよろしくないな。……よし、いっそ皆で寝るか! 他愛ない話だけでも心落ち着くだろうし、雑魚寝もたまにはいいだろう」 そして言うが早いか、ゲイルを残してサーフは出て行ってしまい、戻ってきたのはやはりと言うか、他のメンバーと一緒に、だった。 上機嫌なシエロに、苦笑しつつも満更ではなさそうなアルジラ。そしてかなり不機嫌そうに文句を言い続けているヒート。 「ここじゃどう見ても無理だから作戦会議室行くぞ」 そして彼らの傍にいるサーフが一番楽しそうで、そんな彼の表情にあてられて来ただろうメンバー同様、ゲイルも彼の提案を拒否することは出来なかった。多少呆気に取られたが、珍しく邪気なくはしゃいでいるサーフを見ると何も言えなくなる。 サーフが嬉しそうだと仲間達もどこか和んでいるような気がして、おそらくそれは事実なのだろう、ゲイルも釈然としないものの、どこか穏やかな気分で一同の後に付いて部屋を出た。 こうして作戦会議室は、極秘の「作戦会議」のため、一時間ほど誰も立ち入ることが出来なかったのである。 幼稚園のお昼寝INエンブリオン。楽しそう。 |