DDSAT ss






「な、なんかさー、兄貴、めちゃくちゃ機嫌悪いんだけど」


アジトの作戦会議室に入った途端、ゲイルはシエロの切羽詰まった形相と対面した。
小声ながらも必死で訴えてくるその様子に「そうか」と返し、まずは確認だ、とその問題の人物を見やる。
こちらを背にし、窓のレールを跨いで腰掛けている不安定な態勢はいつものことだったが、気迫とでもいうのか、サーフの周りの空気が重い。


「なんかこの部屋入ってきた時から喋んなくてさー。声かければ一応の応答はあるんだけど、"構うな"オーラがバッシバシ。アルジラが話し掛けてもやっぱ同じような感じだったし、ヒートなんかやめときゃいいのに突っかかって余計に兄貴のオーラ刺々しくするしさー」


なんとかしてくれ、と表情に語らせて状況を説明するシエロの様子で、サーフの心境具合があらかたわかった。ヒートはともかく、基本的に女性には優しい態度のサーフがアルジラにもそのような態度を取っていたことにそれがよく表れている。


「ヒートは」
「本人は認めねぇだろうけど、兄貴の機嫌直すことが出来なかったことか、理由聞けなかったことにイラついて外出てった」


サーフの対応に苛立って部屋を出たヒートの行動をシエロはそう解釈したが恐らく間違ってはいないだろう。不器用に心配するのが彼の性格だ。
一度サーフを見、ゲイルはやれやれと首を振って足を進めた。


「サーフ」
「…なんだ」

抑揚のないゲイルの呼びかけに、少し間を置いて返事が来る。その声音には「またおせっかいか」という響きが含まれていたが、予想内の反応だった。
声をかけてもサーフの体はこちらを向かなかったため、ゲイルはサーフの顔が見える位置へと、彼の向かい側に移動する。


「何をそんなに苛立っている」


回りくどい言い回しはせず、目線を外に向けているサーフに問い掛ける。


「別に」
「別に、でそのような態度か」


煽るようなゲイルの言葉に、事の成り行きを見守っていたシエロが息を呑んだ。
だがあくまでもゲイルの対象はサーフでしかないのでゲイルは構わずに言葉を続ける。


「お前がそのようだと皆が不安がる。感情を出すなとは言わないが、仲間に影響を与えるような出し方ならやめろ」


その言葉に外へ向けられていた視線がゲイルに向かう。
射るようなその視線に少しもたじろぐことなく、またサーフも怯まずにゲイルを睨め付ける。


「言われなくてもわかってる」
「わかっていても実行に移せないのならわかっていないのと同じことだ。今の状態がよくないことを、リーダーであるお前がわからないはずがないだろう」
「じゃあこんな俺なんかリーダーから外せばいい」
「何度も言わせるなサーフ。お前の代わりは誰もいない」


少しだけ強めに言った言葉に奥歯を噛み締め、サーフは沈黙した。
反論「出来ない」のではなく「しない」サーフは、自身が言うように本当はこの状態がよくないことは自分でわかっているのだろう。
何があったのか、何を持て余しているのかはわからないが、後はサーフ自身が消化していくしかなく、他人の出る幕はない。当然ゲイルの役目も終わりである。
このまま部屋を出てもよかった。だがゲイルはそうしなかった。


「来い」


やや強引に、それでも窓から落ちないように配慮しながらサーフの腕を掴んで床に下ろさせると、抵抗が始まるより前に更に腕を引いて隣の部屋への扉を開ける。
突然のことで何が起こっているかわからないサーフは引かれる腕のまま、しかし途中で状況に気付いて抵抗を試みたもののゲイルの力には勝てず、そのまま二人して隣室に消えてしまう。

落ち着かないのはシエロである。

ゲイルの遠慮のない言葉にいつサーフの怒りが爆発するのだろうと二人をはらはらしながら見ていたのだが、彼らの姿が隣室へ移動すればその落ち着かない気持ちが一気に何倍もに膨れ上がった。見えないところでやられると気持ちが悪いことこの上ない。
あの二人のことなので手は出たりしないだろうが、サーフが不安定だったのが気がかりだった。
隣といえども壁は厚く、中で何が行われているのかはさっぱりわからない。もちろん話し声など聞こえやしない。
それでも流石に怒声が繰り出されればこちらにも聞こえるだろうので、何かあったら止めに入ろう、とシエロは胃が痛くなりそうなことを思いながら部屋をウロウロと歩き回る。


「あ」


数分の後。
結局心配していたような怒声も物音も聞こえずして二人が出てきたことに、シエロはホッと胸をなでおろす。もし二人が悪魔化でもしたらとても一人じゃ対応しきれないので、アルジラとヒートを呼ぼうかと真剣に考えたぐらいだったのだ。
それより、と肝心のサーフはどうなったのかとおそるおそるその顔をチラリと窺う。

眉間にしわを寄せ、両の口の端も下がっていた。相変わらずの表情に「駄目か」と肩を落としそうになったが、しかし先ほどのような触れたら切れそうな張り詰めた空気が消えていることに気付く。
そして改めてサーフを観察してみる。
誰とも、特にゲイルとは正反対の方向を向いて視線を合わせようとはせず、そしてこころなしか目元が赤い。
これは、機嫌が悪いというよりはむしろ―――

まさか、と思いつつも、シエロには今のサーフがどこか拗ねているような表情に見えた。


「もう心配はない」
「――え? あ、ちょっと待てゲイル!」


呆気に取られているシエロの横を、ゲイルがそう言って今度は部屋の外へ出るのに慌てて着いて行く。サーフが気になったが、今はゲイルへの興味の方が強かった。
廊下へ出、一体どういう魔法を使ったのだ、と興奮した様子で聞けば、ゲイルは一言。


「秘密だ」


およそ彼らしくもない台詞を吐いて思わずシエロは立ち止まってしまう。
色々なことを聞かねばならない気がしたが、しかしそれを口にする前にゲイルは行ってしまった。


「ああっ、嘘! 待てってゲイル! ………って、まぁいっか」


わからないことだらけの状況に疲れがたまったような気がしたが、とりあえずサーフはもう大丈夫らしい。
気まずさを多分に味わった後なのでまだ少しサーフと接するのは躊躇いがあるが、ゲイルが心配ないというのならそうなのだろう。
今度は普通に喋れるかな、とシエロは期待しながら来た道を戻り始めた。




シエロのゲイルへの評価が上がったのは言うまでもない。






なんか燻ってたもやもやが参謀殿がなんかして晴れて、でも素直に喜ぶのが癪なリーダー。
あんま深く考えない、リーダー大好きっ子わんこ。
そんな2匹の飼い主。

>>戻る