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ジャンクヤードは常に雨が降っている。
死んだり形を失ったりしたものは雲に昇り、このくすんだ銀色の雫となって降り注ぐと言われているが、そうだと言われても特に何も思うことはなかった。
ただ移動の際はどうしても濡れてしまうのが鬱陶しい。遠くのトライブに行くとなると大量に水分を浴びて濡れそぼってしまうこともままあった。


「あーもう! 俺の髪、濡れると乾きにくいっつーのに!」
「だったらそのうなぎ頭にしなきゃいいだろうが」
「わかってねぇなヒート。何があっても譲れないものってのがあるんだよ」
「わからねぇよバカ。わかりたくもねぇ」


移動の際のシエロとヒートのやり取りはもはや見慣れた光景になってしまっている。
じゃれているのか言い合いなのかわからない二人に、最初の方こそアルジラは仲裁に入ったものだが、これが一種の彼らのコミュニケーションだとわかって以来放っておくことにしていた。
余談だが、参謀は理解不能だと端から無視を決め込んでいて、リーダーに至ってはやり取りがエスカレートしていく様を楽しんでいたりする。


「つうかさ、自分今の状態一回鏡か何かで見たほうがいいって。アレだよアレ、ヒート、お前の髪型わかめなんだよ!」
「…なんだと!?」
「濡れて顔にへばりついてる感じとか、もうそっくり! ナイス髪型! かぁっこいいねブラザー、俺惚れそう!」
「てめぇ! 言わせておけば!」
「嫌ならもう人の頭をうなぎとか言うな!」
「誰がお前の言うことなんか聞くか! この"ど"うなぎ頭が!」


うなぎにわかめ。なかなかに腹が減るフレーズだな、と熱くなっている二人の傍でサーフは思った。

それにおいても、自我が芽生えてからというもの、それまでは特にどうも思わなかった「濡れる」ということが不快に感じられるようになった。髪を伝って顔中を伝う雫が邪魔でならない。
目に入らないように度々指で水を拭いながら、ふと、隣を見た。


「どうした」


視線に気付いたゲイルが問いかけてくる。


「いや、ゲイルのそれいいなと思って」
「それ、とは」
「それ」


サーフが自分の頭をつつくようにしながら言うと、納得がいったようにゲイルは頷いた。


「濡れるのが嫌ならお前も装着すればいいだろう」
「いや、いい。俺には似合わない」
「………」


答えた後に黙してしまったゲイルの胸のうちが手に取るようにわかって、サーフは思わず吹き出してしまった。


「理解不能、だろゲイル。いいんだわからなくて。深く考えるな」


軽く背中を叩きながら言うとますますゲイルが怪訝な顔をするのがわかったが、笑いを止めることはできなかった。
そんな様子のサーフを処置なしと見たのか、ゲイルは一つ息を吐いて歩調を速めたが、それで終わりになるリーダーではない。
ゲイルの歩調に合わせ、とりあえず宥めにかかる。


「悪かったってゲイル」
「お前の思考回路が一番分からない」
「まぁそれも個性だと思ってくれよ」


それより、とサーフは顔を振って水気を振り払いながら言った。


「お前も一度、俺達みたいに頭から濡れてみないか?」


その提案にゲイルのサーフへの訝しみが更に募った。


「なぜそんなことをしなければいけない」
「ただの思いつきさ。意味はない。でも何事も経験だと思うぞ参謀」
「濡れることによって得られる何かがあるとは思えんがな」
「そうかもな。後々面倒だし。でも多分―――」


そこでサーフは一旦言葉を切り、仲間のほうへ目をやった。
相も変わらず子供染みた言い合いを続けているヒートとシエロに、放っておくとずっと続けてしまうとでも思ったのか、アルジラが仲裁に入っている。
彼らとの距離は先程ゲイルの歩みに合わせたため、少しだけ離れていた。
サーフは笑った。


「―――お前の雨を孕んで乱れた髪や、顎のラインを流れる水に、きっと俺は欲情する」


声を潜めたそれに、ゲイルはサーフを凝視した。
挑発するような笑みで、こちらの反応を伺っているサーフ。その顔から意図はつかめない。
気ままなサーフのことだ。おそらくからかって愉しんでいるのだろう。だがゲイルは、おもしろい、と口角を上げた。


「確かに」


そして歩みを止め、自分を興味深そうに見ているサーフへと手を伸ばす。


「その言葉、そのままお前に返す。ただし憶測ではなく断定だがな」


湿っている毛先に触れ、そこから頬へ伝う水の軌跡を指でなぞるとサーフは目を細めた。


「…でも、結局脱がないってわけか」
「意味がないのでな。こんなところでお前を欲情させても何も出来まい」
「ま、そうだろうけど」
「それにこれを装着していない俺をお前は幾度も見ているだろう」


含んだ言い方に、サーフは笑った。
確かにサーフは何度も見たことがある。おまけに髪が乱れているという状態も同じ回数ぐらい見たことがある。乱したのは自分。それもベッドの上だ。


「じゃあ我慢するか。お前の滅多に見られない貴重な姿を晒すのも勿体無いしな」
「物分りがいい」
「どうも。さて、俺を説き伏せた参謀さんにひとつご褒美でも―――」


そう言って額か頬、どちらに口付けようか迷った瞬間に突然来た体への衝撃。
何事かと首をひねればシエロが自分にしがみ付いてるのが見えた。


「シエロ…」
「兄貴ぃ! ヒートのバカが俺をいじめる!」
「っ、てめぇがむかつくこと言うからだろ!」
「最初に言い出したのはお前だろうが!」


シエロ越しには、こちらに向かいつつご丁寧にシエロの言葉に反論しているヒートと、最後尾で俯いて首を振っているアルジラの姿が見えた。おそらくあの言い合いに負けたくなかったシエロがこちらに泣きついてきて、ヒートが彼を追ってきているのだろう。アルジラの努力の甲斐は、今回はなかったようだ。
サーフは一瞬だけゲイルと視線を交わし、互いに苦笑の色を出す。


「…よし、シエロ。そんないじめっ子は喰っちまえ。俺が許す。わかめは髪にいいぞ」
「! サーフお前まで!」
「おー兄貴は話がわかる! さっすが我がリーダー!」
「くそっ、てめぇも調子づくんじゃねぇ!」


サーフにまで「わかめ」扱いされたヒートは半ばショックを受けながらも、悲しみを怒りに変えて激昂する。軽く流せばいいのに出来ないその性分はヒートの欠点でもあり、また魅力でもある。それ故サーフのいいおもちゃだった。
サーフという心強い味方をつけたシエロはサーフに便乗してヒートをからかいだし、ますます事態は悪化していく。



アルジラの助けを請うような視線を受けながら、ほんの少し前までは考えられなかったこの騒ぎをどうまとめるかと、眉間に手をやるゲイルだった。





ゲイルの防空頭巾被ってても濡れますよねきっと…。

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