シエロとヒートは仲が悪い。 「ああもう、なんでお前はそうひねくれてんだって!」 「うるせえ! 俺はお前みてえに何でもかんでも信じられるような簡単な頭してねえんだよ!」 「んだとこの野郎」 「なんだよ、やんのかてめえ」 「――わかめ!」 「――ウナギ!」 今日も今日とておっぱじめた二人を見て、サーフは気まぐれに声をかけてみた。 「そこの問題児二人。喧嘩する程仲がいいとはいうがな、たまには皆の意表をついて仲良くしてみたらどうなんだ。俺とゲイルみたいに」 特別声を上げたわけでもなかったが、騒いでいた二人は揃えて大人しくなった。 「゛俺とゲイルみたいに゛…?」 同時に呟き、そしてサーフと、彼の隣に鎮座しているゲイルを眺め遣る。 そして二人は思った。 「……仲良くって。兄貴とゲイルからその言葉のイメージわかないんすけど」 「つーかお前らの方がその単語から程遠いぞ」 多少引き攣り気味の表情で、こういう時だけは同調するヒートとシエロに、サーフは「失敬な」と言葉とは裏腹の表情で呟いてゲイルを見た。 「ゲイルもなにか言ってやれ」 「何を言えと」 「俺らがどれほど仲がいいかに決まっているだろう」 サーフがそう言うと、ゲイルの眉間に皺が寄った。 それを見てシエロが「やっぱり」と嬉しそうに言う。 「ゲイルと兄貴ってさあ、仲が悪いってことは全然ないんだけど、なんていうか……仲の良し悪しってより女王様と名調教師とか、そんな感じのがしっくりくるっぽい」 シエロの言葉に、サーフとゲイルはお互いを見やった。そしてすぐに双方とも顔をしかめる。 「シエロ。一応聞いておくが、その名調教師というのはどちらのことを指しているんだ」 「馬鹿ゲイル、俺に決まってるだろう。俺は誰にも調教などされていない」 「お前に聞いていない。シエロ」 じ、と見つめる二つの視線に怯んだシエロに本音は言えなかった。 「いや、想像にお任せします。どっちにしても怖いじゃん」 そこで再びサーフとゲイルは互いを見る。どことなくサーフの方の眉間のしわが深いことから、それなりの自覚はあるのかもしれないとシエロとヒートは思った。もちろんシエロの中では女王はサーフで調教師がゲイルだ。 「……俺がお前を調教だろう?」 「いや、逆だ。俺は女王のような振る舞いなどしていない」 「じゃあ俺が女王とでもいうのか」 「似たようなものだろう。態度の大きさは立場上仕方ないとしても、下の苦労も知らないで気ままに振舞い、気に入らないことがあれば拒否をして譲らない」 言い放ったゲイルに目を細めた後、サーフはシエロとヒートを振り返った。ゲイルの言葉を否定できない二人はぎこちなく視線をそらし、返事を拒む。 その行動が意味する答えを察し、サーフは多少おもしろくない気分を味わう。しかし事実は事実であるのでサーフは言い返すこともなく、代わりに長い溜息をついた。 「強引に物事を進めることは認めてやるがな。だがそれでエンブリオンはここまで大きくなった。文句があるというのならその軟弱な精神、俺が叩き直してやろうか」 「いらん。後半の台詞はそのままお前に返したいぐらいだ。その言動こそが女王と言われる所以だとなぜ気付かない」 痛いことを突かれたと思ったのか、サーフはゲイルのように眉間にしわを寄せて言葉を止めた。 ゲイルとサーフの掛け合いはどちらが上手を取るかは半々なところもあったが、どうやら今回はゲイルが有利らしいと蚊帳の外の二人は判断した。 この流れでは不利なことを理解したサーフは、視点を外に向ける。 「大体、どうして女王なんだ。そんなに俺の容姿は女々しいか」 「単にイメージの問題だろう。王ならば問題ないのか」 「暴君と付かなければな」 どうせ付くんだろう、とサーフは挑発的にゲイルを見返す。 その微妙な声音と表情からサーフが拗ねに入りかかっているのを感じ取り、シエロとヒートはうろたえた。このままではよからぬ方向に事態が進む可能性があり、そのきっかけであった自分たちもよからぬことになるだろう。 「暴君か。しかしあながち間違ってもいない。サーフ、お前はこちらの気も知らずに無謀な行動に出、無茶を言ってはエンブリオンを、皆を困らせる」 「……しつこいぞゲイル。そんなに気に入らないというのなら、外に降る雨のなかでルーパの名残でも探すか?」 「忠告が耳に痛ければ突き放し、今はいない人物に執着を持つのも愚かなことだ」 「げっ、ゲイル!」 傷に塩のような言葉を吐いたゲイルに、シエロは思わず声をかけてしまった。おぼろげながらも、ルーパがサーフにとって色々含む存在であることを知っている。誰もあまり触れようとしないそれを、そうさせているだろう原因が口に出すのだからたまらない。 案の定サーフの目つきも変わり、今までの余裕は消え、鋭さだけを銀の瞳に宿している。 高まる緊張感に、ここは間に割り入るべきだろうかと迷っていると、抑揚のない声が落とされた。 「だがな、それでもお前は俺の主だ」 「………」 「お前の行動すべてを否定するわけではない。確かにエンブリオンの勢力は拡大し、俺達も無事だ。だがお前が倒れればトライブと、そして俺達はどうなる。掟に従って新しいリーダーに従うだけだとお前は言うだろうが、その際の俺達の気持ちを考えてもそう言えるか。こんな手のかかるリーダーでも、俺の主だ。お前以外は考えられない。わかったら危険な行動は控えろ」 小さな部屋に音はなかった。誰もがゲイルの言葉に動きを止め、目を丸くしている。 ゲイルはもはや用はないとばかりに電子機器に向き直ったが、サーフが身をかがめてその顔を覗き込んだ。 「それは戦い以外ならばお前らの言う“女王”の振る舞いでいてもいいということか」 その顔に不機嫌さはなく、愉しげに目を細めてゲイルの鉄面皮を眺める。視界を邪魔するように顔を近づければ、鬱陶しいとばかりにゲイルがサーフを押しのけた。 「調子に乗るな。度が過ぎれば戦い以上に悪しき欠点になる。確かにお前以外の主は考えられないが、他の誰にも仕えなければいいだけの話だ。今が愛想を尽かす瀬戸際だったらどうする」 「……つまり結局は全てにおいて自重しろと言いたいわけかお前は」 「そうだ」 顔も見ずに続けられたやり取りに、サーフは一瞬だけ眉をしかめたものの、すぐにゲイルの耳元に囁く。 「だが俺と離れて、俺という存在をなくしてお前は毎日を生きることができるのか?」 ゲイルがサーフに忠誠と慕情を持っていることを確信しての言葉だった。 普段いくら口うるさくとも結局はゲイルはサーフを肯定し、離れることはない。だからこそサーフも無茶と言える行動を取るのだ。万が一それで窮地に陥ろうとも、必ずゲイルが支えてくれると信じて。 だがゲイルはサーフの囁きにも動じた様子はなく、手元の機器の電源を落として立ち上がった。 「自惚れるな。お前こそ俺がいなくなった世界を考えられないだろうに」 「なんだと」 「あまり心労を増やすような行動を続けていると、本当に近い未来にそれは来るぞ」 去り際にサーフを流し見、それきりゲイルは機器を持ったまま部屋を出て行ってしまった。 図星を食らったサーフは内心で悔しい思いをしながらも、しかし今のやり取りにどこか情欲を刺激されて口角を上げる。これだけ言われても行動を慎むとかそういう気は全く起こらないが、そう言う気にさせられてみたくなった。 もしかしたらゲイルのあのような言葉を聞くために自分は無茶をするのかもしれない。唯一だと、失くしたくないといわれるために。 しかし度合いを間違えればゲイルは本当に姿を消すだろう。消すというのは大げさかもしれないが、幾日かの家出ぐらいはしそうだった。それすらも痛いサーフは、彼の言うようにしばらくは色々と控えねばならないということだ。 しかし今は気分がよかった。自重する気になるぐらいに口説かれるのも悪くはない。 気が治まらないうちに、おそらく自分が追いかけてくることを見越しているだろう相手のもとへと歩み出す。 そう簡単に陥落される気はないぞと思いながら進む足取りは軽やかだった。 「………」 サーフが部屋から出て扉が閉まると、残ったのは複雑な表情の二人だった。 「……なんかさ、やっぱ俺の言ってることって当たってるよな」 「……くだらねえ」 サーフは気付いていないのか、それとも気付いていてわざとはまっているのか、結局はゲイルの思うように事が運んでいる気がする。 サーフに言えば腕の刃でふっ飛ばされるかもしれないが、ゲイルはサーフをよく調教している。感情の軌道修正はさすがだった。 きっとこれからもゲイルがいる限りエンブリオンは安泰なのだろう。もし彼がいなくなったらと考えるだけで恐ろしい。 だからせめてゲイルが家出をしないようにと、残された二人は微かでもサーフの自重を願った。 今日も平和。 |