DQ4 ss






「どうしようこれ……」


ソフィアの目の前には一着のワンピースがあった。
たまたま今日訪れた街で柄の悪い男たちに絡まれていた若い娘を助けたところ、大した事をしていないからと断ったにもかかわらずお礼をと家に連れて行かれたのである。彼女の家は街一番の服屋だった。話を聞いた彼女の両親はそれはもう感謝の意を示して、是非に、と一着のワンピースをソフィアに渡した。
悪いから、とがぶりを振っても「遠慮しなさんな」と陽気な父親に押し付けられ、結局はありがたく頂戴したのだが、これをどうするかという問題が起きている。

見るからに可愛らしい、ドレスに近い純白のワンピースは、とてもじゃないが自分には合わなさそうだった。合わせで、とまたもや貰ってしまった靴もあまりにも華奢なつくりで、自分なんかが履いては壊れてしまうのではないかと思うと試着することさえ出来ない。
しかし感謝のもらい物としては無下には出来ない。売るなんてもってのほかである。勝手に鑑定したトルネコがはじき出した金額を聞いてからはなおのこと思う。


「着ちゃえばいいじゃない」


溜め息をつけば、マーニャの弾んだ声がかかった。


「だって、私には似合わないよ」
「そんなの着てみなきゃわかんないでしょ」
「そうですよ。それにきっとこの服はソフィアさんにぴったり合うはずです」


ミネアからも畳み掛けられ、二対一では勝ち目がないソフィアは押されて言葉に詰まる。改めて服の肩の部分を両手で持ち上げて みるが、やはり気が進まない。


「ねえ、これどっちか着ない?」
「ばーか言ってんじゃないわよ。マーニャ様は何を着ても似合うけど、それはあんたのもんでしょうに」
「それにきっとその服を着てあの服屋に行けば、皆さん喜ばれると思いますよ」
「そうかなあ……」


呟きつつも、きっとあの陽気な人たちならそうなるだろうというのは容易に想像がついた。そう思うとやはり一度これを着て見せに行かねば悪いような気もしてくる。
うろんな目を上げてみれば、頷きが二つ返って来る。なるようになれ、とソフィアは服を持って立ち上がった。





■■■





なぜこんなことになっているのだろうと、ソフィアは己の斜め後ろにいるピサロを見ながらそう思った。
結局姉妹にいいようにいじくられ、服も靴も今はちゃんとソフィアに装着されている。それはいい。一度は覚悟を決めたのだ。
しかしなぜこうやってピサロと二人、街中を歩いているのだろうと思うと気恥ずかしさでまともに後ろも振り返ることが出来ない。
マーニャったら、とソフィアはこうなることになった原因の人物を思い浮かべた。
この服を着て、てっきり後は服屋に行くだけかと思ったら、何と彼女はソフィアをピサロの前まで引きずり出し、あろうことか護衛を言いつけたのである。そんなことをしなくても街のごろつきぐらい一人で大丈夫だと言えば、「そんな格好をしている時ぐらいおとなしくしてなさい」と命令されてしまい、焦るソフィアを置いてそのままマーニャは去ってしまった。
ものすごく気まずい空気の中、とりあえず事のあらましだけを告げて、その後はやはり一人で行こうと思っていたのだが、どういうことかピサロはマーニャの意を呑んだ。

そしてそのまま服屋に行き、助けた娘と両親に服を見せ、こちらが赤面するしかない賛辞をもらって、今はその帰り道である。

行きも帰りも無言だった。ピサロはいつもそのようであるし、常ならばこういう場面で饒舌に話し掛けるソフィアも、今はこの服装のせいでまともに顔すら見ていなかった。このままいけば、何事もなく無事宿屋に着くであろう。
しかしふとマーニャの言葉が思い出される。
「せっかくのチャンスなんだからね」と彼女はにまにまと笑いながら宿屋を出るソフィアに耳打ちをした。おそらくロザリーの不在のことを言っているのだろう。
トルネコの弁当の味にいたく感激した彼女は、その味を教えてもらおうと今はトルネコと共に彼の村へと赴いている。当然ピサロも着いていく予定だったのだろうが、それより先に「ピサロ様はここで待ってて下さい」と告げられていた。
ピサロは不服そうだったが、ロザリーも修行中を見られては気まずいのだろう。彼女が包みを手にして帰ってきたその後を考えると、少しばかりおもしろくなくて、気がつけばピサロの腕を引いていた。


「ねえ、ちょっと寄り道しない?」
「何故だ」
「それはまあなんというか」


なんと言っていいのかわからずに曖昧に笑うと、呆れたような溜め息が返って来た。
それでも強い拒絶は見えなかったのでぐいぐいと腕を引っ張り、街の外の平原へとピサロを連れ出す。途中で腕は外されてしまったが、ついてきてくれた事が嬉しくて寂しくはなかった。

街の喧騒も何もない、雑草と野花が広がっている場所で、ソフィアは服の裾を摘んで辺りをうろうろと歩いた。慣れないヒールの高い靴は歩きにくかったが、その感触も新鮮で楽しい。
本当はこういう服も嫌いではないのだと思う。戦いが当たり前の身では、触れたら汚れて壊れてしまいそうなものは頭から自分とは縁がないものだと思っていたが、着てみると羞恥や居心地悪さの中にも喜びがあった。
あまり意識はしていないのだが、こういうところは自分も女なのだなと思うと、恥ずかしいようなくすぐったいような気分になる。
後はピサロがこの服をどう思っているかなのだが、それを問う気はなかった。何を言われるか怖いというのもあるが、どうせ感想をもらうのならば、例えそれがどんな評価であろうと自発的なものがいい。嬉しいものならなおさらに。
あと少しばかりは普通の娘のような気分もいいだろうと、ソフィアは楽しそうにその場を歩き続けた。
しかしその平穏な時間も、かけられた野太い声に止められてしまった。


「おめえさん、いい身なりしてんじゃねえか」
「どこのご令嬢かは知らねえが、金になるのは間違いないだろう」


見ると、手に鈍く光る刃物を持った山賊風の男がこちらに向かってきていた。その背後には、彼の手下であろう同じようななりをした男たちが下卑た笑いでソフィアを見ており、不快さに顔を顰める。せっかくのいい気分が台無しである。
無視をして街戻ろうと踵を返すのだが、しかし慣れない靴が仇となり、ソフィアはその場に倒れこんでしまった。しまった、と顔を上げると案の定男たちが嫌な目つきでソフィアを見下ろしていた。


「おいおいそんな顔をするなよ」
「そうそう、何も命を取ろうってんじゃない。あんたの着ているものと、あんたの親があんたと引き換えにする値段、そしてあんたの慰めが欲しいだけだからよ」


嫌な目つきでソフィアを見下ろす視線の数々に怒りで体が震えた。
慣れた様子からして過去にこうしてきたのは一度や二度ではないはずだ。しかしそれを恐怖と取っている山賊らはゆっくりとソフィアと間合いを詰め、一様に胸くそ悪い笑みを浮かべている。
どう動くかを考えていると、す、と目の前に銀の色が現れた。


「下がってろ」


ピサロだった。
いつの間にこちらに来ていたのか、彼はソフィアを守るように前面に立つと、愛刀を構えて彼らを挑発した。普段ならおそらく放置していた事態も、おそらく一応は「護衛」として引き受けてしまったからであろう。
そこからは見事だった。魔界の王とたかが人間とでは力の差は歴然で、彼らが何人で立ち向かっていってもピサロの剣の一振りでなぎ倒されていく。相手の絶命ばかりが気になったが、ソフィアがうるさく言っていたせいか、怪我を負わせることはあっても命をとるような深手はつけていなかった。
とりあえず邪魔にならないようにと立ち上がって彼らから離れ、転んだ時についた汚れを手で払った。そして滅多にない機会だとピサロを見ていたのだが、背後から現れた複数の気配にソフィアは溜め息をついた。
どう見ても実力の差ははっきりしているのに、仲間を呼べばどうにかなると思っているのか。
ピサロとは反対側から現れた新手に、ソフィアは笑った。
これを放置してもきっと彼らはピサロに傷一つもつけることは出来ないだろう。
しかし、自分は守られるばかりの存在ではないのだ。


「ごめんね」


そう言って、ソフィアは念のためと腿に装着しておいた短剣を取り出し、純白の裾を縦に長く裂いた。そしてその端と端を腰骨の下あたりで結び、自由に足が動くことを確認して最後に靴を脱ぐ。後は短剣を手に取り、ピサロに迫っている集団に駆け出すだけだった。





■■■





悪漢特有の捨て台詞を放ち、山賊は散り散りに去っていった。思ったより早かったな、と軽く肩を竦めると、隣のピサロが訝んだ目でこちらを見ていた。


「えーと、何かついてる?」
「……お前はその服を気に入っていたのではなかったか」
「ああ、これね」


ピサロがおかしく思うのも無理はない。いつにない服装に浮かれてはしゃいでいたというのに、その服を裂いて戦闘に加わり、そして洗っても落ちない汚れを付着させて。脱ぎ捨てた靴も山賊に踏まれて履けなくなってしまっている。


「うん、いいの。せっかくもらった服を駄目にしちゃった罪悪感はあるけど、でも、大人しく守られてるのはなんか違うから」


守られているのも悪くはなく、ソフィアを微かな間あたたかな気分にさせた。
しかし自分はただ守られているよりも、一緒に戦いたかった。守られているだけでは手は届かないが、傍で剣を合わせていればいざという時自分が彼を守れる。ただの娘では彼を守れない。せっかくの勇者なのだ、どんな時だって傍にいたい。戦いという命をかける場ならなおさらに。
偽りのない笑顔で告げると、ピサロは益々わからないというように眉根を寄せた。だがソフィアには説明する気はない。


「んー、でも帰りがちょっと問題よね。流石にこの格好で戻るのはちょっと抵抗あるかな。靴もないしね」


真っ白な中ではどんな汚れだって目立つ。それが黒と赤ならば一等目に。
それを付着させたまま、おまけに色々裂けている服を着て帰れば色々と騒ぎになるだろう。仲間は呆れるだけかもしれないが、問題は街の人の反応だ。下手に騒ぎを起こしたくないソフィアとしては、ピサロを先に帰してミネアかマーニャ辺りに服を持ってきてもらおうと考える。
声をかけようとするのと、視界一面が黒に覆われるのとが同時だった。
驚いて慌てて顔ばかりか体を覆うものを剥がすと、すぐにそれがピサロのマントだとわかった。目線で促され、動揺が収まらないままそれを羽織ると、今度は視界がぐらりと揺れる。
膝下に手を入れられ、頭がピサロの胸にあるこの体制は―――


「ぴ、ピサロっ!?」
「うるさい。騒ぐのなら捨て置くぞ」


そう言われてソフィアの口はぴたりと塞がったが、その分からだの中でぐるぐると感情が回って落ち着くことが出来なかった。
このようなまるで思いが通じ合ったもの同士がするような格好を、自分が経験するとは思っていなかった。それが今、こうしてピサロに抱えられている。


「仕方がなかろう。わたしとてお前の履物が無事ならこんな真似はしていない」


言われてソフィアは己の足先を見やった。
確かにこのまま街に戻るのは不自然で、戦いの時は忘れていたが小石を踏めばそれなりに痛む。抱え持つにしても、背負うとか荷物のように肩に乗せるとか、と思い巡らせたが、よく考えれば今自分は腿まで避けたスカートをはいているのだと納得した。そのような状態で足を開くのはどうかと思ったし、肩に抱え持ったとしても黒いマントに包まれてそんな格好では、ピサロが人攫いか何かに思われてしまう。
仕方がないとピサロは言うが、ソフィアが最初に思いついた案がある。しかしそれを口にはしなかった。それぐらいは許される気がした。
本当は首に回したい手を我慢し、必死で緩む頬を押さえ込む。

ただの娘では勇者にはなれないが、勇者はただの娘になることはきっとできる。今はそのただの娘でいようと、ソフィアはマントで顔を隠しながら街までの微かな時間を堪能する。
童話のように綺麗な服装も靴も無くしたが、確かにここにはピサロがいた。










女勇者の髪型は、普通の服に違和感あってもドレスとかは似合いそうだと思います。

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