DQ4 ss






はぁ、と荒い息を付いて見上げた先にいる彼は息一つ乱さず涼しい姿で、自分との対象的なその姿に悔しさからの力が湧いてくる。
確か自分と彼とのレベル差は十ほどの開きがあったはずだ。それなのに上のはずの己がこの様とは、これが魔族の王というものなのかと感嘆のため息を洩らす。
だが自分とて彼と相対をなす勇者だ。侮られたくはない。荒い息を抑えて再び相手に切りかかった。


「――っ!」
「勝負あったな」


金属を震わせる音と手に生じた痺れに顔をしかめると、視界にソフィアの手から離れた剣が地面に刺さるのが見えた。
取らなければ、と咄嗟に体が動くが、つい、と顎の下に剣先を突きつけられる。
見上げると酷薄な笑みを浮かべた、手合わせの相手であるピサロがソフィアを見下ろしていた。


「その程度で私を滅ぼそうとしていたとはな」
「っ、もう一度!」
「諦めろ。今のお前ではいくらやり合っても私に勝てない」


その通りだと体が知っているソフィアは何も言えず、しばらくピサロを睨んだ後で盛大な溜め息を吐いた。


「あー悔しい」
「………」
「結構強くなったかなーって思っててこれだもん。じゃあ進化の秘宝使ったあなたに勝負挑んでたら負けてたってこと!? 悔しいったら悔しい! なにそれ!」


レベルは私のほうが大分上なのに、と睨んでくるソフィアから剣を離してピサロが鞘に収めても、ソフィアの文句は終わらない。


「力だけじゃなくて魔法まで一級品なんて。あなた部下なんて引き連れなくても一人で十分世界征服できるわよ」


先程受けたイオナズンの衝撃を思い出し、ますますソフィアの顔が歪む。
自分だって、魔力は高くないと思っていたがギガデインには結構自身を持っていたつもりである。しかし幾度ピサロにそれを食らわせようとその身が地面に沈むことはなく、ようやく顔をしかめさせたと思ったらガッツポーズをする間もなくベホマ、である。
そしてお返しだと言わんばかりにイオナズンを放たれ、こちらもベホマを多用するも、先にギガデインを連発していた身ではすぐに魔力が尽きた。ならば剣だ、と諦めずに柄を握り締めれば、バイキルトや痛恨の一撃を受けてしまって今に至るというわけである。
痛恨の一撃でなければ、自分だって会心の一撃を出せていれば、と思わないでもないが根本的な強さが違うとわかっていた。


「ま、いつかは追い越してやるからいいんだけどね」


今うだうだ言っていても仕方がない。もう一度溜め息をついて複雑な思いを割り切ったものにし、苦笑しながら相手に向かって腕を伸ばす。


「ね、起こしてくんないかな」
「ふざけるな」
「残念、本気なの」


冷たい視線を向けられても怯むことなく、なおも腕を伸ばしてやる。
眉間に皺が寄せ、嫌そうな顔をするピサロから視線を反らさないでしばらく無言の掛け合いが始まる。
それでもソフィアが諦めないのを悟ると、ピサロが溜め息を吐いてこちらへ向かってきた。


「お前の考えていることがわからん」


伸ばしていた腕を取られ、一気に引き上げられる。乱暴に扱われるだろうと思っていたが案外優しく、強引に腕は引き上げられたが決して痛みや不快は感じなかった。
そういう性格なのか、それとも自分はそこそこに彼に気に入られているのだろうかと希望的客観を持ち、ソフィアの顔に柔らかい笑顔が浮かぶ。


「ありがとう」


素直にそう告げてもピサロから労る言葉は返ってこないが、空気が険悪なものを含んでいなかった。今はそれだけで十分だった。
およそ魔王と勇者らしくない空気を破ったのは、瀬戸物を壊したような耳障りな高音だった。


「っ」
「ロザリーさん!」


咄嗟に音のした方に目を向けると、ロザリーが辛そうな表情で手を押さえ、顔しかめているのが視界に入った。
側に落ちている割れたティーカップからしておそらく火傷だろう。
手当を、とソフィアも、そしてロザリーと一緒にお茶を飲んでいた仲間達も慌てて処置を施そうと行動に出る。
そしてロザリーの一番近くにいたクリフトが回復魔法を施そうと手を取ろうとしたのだが、それよりも早く声がかかる。


「ロザリーに触れるな」
「! なにを……っ」


あまりにも横柄な態度に言葉に詰まるクリフトには構わず、ピサロはロザリーの手を取り、赤くなっている箇所に向けて己の手を翳す。すぐに柔らかい光がその手から発せられ、回復魔法を施したのだということが誰にもわかった。


「気をつけろ」
「はい、ピサロ様」


赤みの引いた腕を嬉しそうに微笑んで掴むロザリーに、それを見ていたソフィアは上を向いて思いっきりきれいな空を睨んだ。
何にでも、誰にでもなく思いきりバカヤロウと叫びたい気持ちである。
先ほどまで感じていた穏やかな空気など、最初からなかったかのようにきれいに消え去ってしまった。


「つっらいわねぇ、片思いは」
「……マーニャ」


いつのまにかひょっこりとソフィアの後ろから現れた仲間に、ソフィアはおかげさまで、と苦笑を零した。


「まあわかってはいるんだけどね、ピサロの一番が何かなんて」


今の一連を見ていて改めて再確認すると、もはやため息しかでない状況である。
自分には剣も魔法も躊躇いなく振舞え、ロザリーには微かなやけどでさえ人に回復させることなく己が施すのだ。なんてわかり易い関係だろう。
過保護すぎる、と思う反面でそれをひどく羨む自分がいて、改めて片思いしているんだなとしみじみ思った。


「それが青春ってもんよ。せいぜい悩んでうろたえなさい若人」
「うわ、マーニャそれ老人っぽい」
「まあこの子ったら! いい、あたしは経験が豊富なだけなのよ、経験が!」
「きゃー、ごめんってマーニャおねーさまーっ」


がしがしと髪をかき回してくるマーニャの手から逃れようと必至で手を避けるが、すばやいマーニャから逃れることは出来なかった。
しばらくじゃれあった後、いつも以上にボリュームアップした髪を二人で笑い合いながら直し始める。こんな些細なやり取りも、この旅では心休まるひと時だった。


「で、今の心境は?」
「んー、今に見てろよって感じかな」
「おお、上等上等」


そう。確かに今は誰が見てもピサロとロザリーはお互い以外を見ていないであろうし、本人たちもそのつもりなのだろう。
それを見て胸が痛まないわけではなく、時に泣きたくなるほど切ない夜を迎えたりもするが、諦めるという感情は不思議と湧いてこなかった。
見るからに絶望的な恋心だが、やってみなくてはわからない。戦いを何が何でも終わらせ、そして思いを口にし、ピサロの口からはっきりとした拒絶が出るまでは頑張ると決めたのだ。それが、自覚した頃からのソフィアの決意だった。


「じゃあ次はどうするの?」
「……私、今の手合わせでちょっと怪我しちゃったんだけど生憎魔力尽きてるのよね」


腕を掲げ、きっとおそらくロザリーの比ではない火傷の跡、すさまじい切れ味と威圧によって、触れてはいないのに風圧だけで付いた裂傷を見せる。それを見てマーニャは微かに眉を顰めたが、当のソフィアにとってはこんな傷など馴染みのことだった。


「薬草持ってるけど、使う? それともミネアかクリフト呼ぶ?」
「うん、それもいいんだけどね。やっぱりこれ付けさせた張本人に頼んじゃおうっかなーって。で、ちょっと魔力回復して、また手合わせする予定」


そういうと、マーニャが驚いたように目を見開き、そしておもしろいものを見つけたかのような顔になった。


「なーるほど。こっちはあの子が唯一立ち寄れない領域だもんね。悔しいけど私たちじゃあんたの手合わせには付いていけないし」
「必死だからね、これでも」
「愛しちゃってるねぇ」
「愛しまくりですとも」


そこでひとしきり笑いあい、再びじゃれて互いを抱きしめ合ったりした。
二人の微笑ましいやりとりを見ていたのはこのきれいな青空だけだったが、魔族故の超越した聴力により、彼の耳に入っているということなど考えもしないでソフィアは年相応に笑っていた。










確か耳よかったような。ちなみにロザリー、わざとじゃないです。

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