DQ4 ss






惚れた欲目がなくてもピサロの容姿は美しいとソフィアは思う。
あの日、あの運命の日。村に珍しく旅の者が現れたと聞き、外の世界に憧れていたソフィアは逸る気持ちで宿屋のドアを開け、そして目にしたもの全てに心を奪われた。
吟遊詩人という独自の役職に先入観が働いたのか、纏う空気はどこか人間離れしていて、穏やかなのに触れがたいものを感じた。傍に寄ることをためらいそうになったが、それでも興味が勝り、失礼のないようにと出来る限り意識して話し掛ければ、返ってきた声に再びソフィアは魅了されることになる。
己を殺そうとしていたとも知らずに、とその時の自分の浮かれようを思い出しソフィアは苦く笑った。


「ねえピサロ」


宿屋での休憩中、ソフィアは窓の外へ向けていた視線をこの部屋の主へと変えた。
彼はなにやら厚い書物に耽っており、ソフィアが呼んでも動きはなかった。気付いていないわけではなく、欝陶しいから返事をしないのだろう。
事前に邪魔はするなと言われていたことを思い出し、しかしそれをあまり気にせずにソフィアはピサロの背に回った。髪を一房持ち上げようと思ったのだ。
なにもかもが美しいピサロの、とりわけこの長い銀色の髪がソフィアは好きだった。戦いのさなかでこの髪が翻るたびにその軌跡を目で追ってしまう。これほどの長さでは戦いにおいては邪魔になりかねないというのに、彼は結いもせずにおいている。そうやれるのはそれ程の腕前を持っているからに他ならず、隣で戦うソフィアが誰よりもよく知っていた。
美しいものに触れたいという純粋な欲求に手は伸び、室内でも光を放っているように見える銀に近づける。
だがそれに触れることは叶わず、伸ばした手は銀色に触れる前に手を払われてしまった。


「気安く触れるな」
「……ケチ」


いつものことなのだが阻止されてしまったことが悔しく、払われた手を抱え持って唇を尖らせる。痛みはなかったが、心に少々傷がついた。書物に熱中している今ならば、と思ったのだがやはり王だけの事はあるのだろう。いつ何時であれ、気配に敏感な彼を凄いと思いつつ、おもしろくない。


「少しくらいいいじゃない」


恨みがましそうな目で見上げるが、ピサロは興味を無くしたのか視線はもう膝上の書物に戻っている。やはり返事もない。
狭い空間で二人しかいないこの状況でいないものと見なされてることの腹いせとして、もう一度髪に触れようとするのだが、それでも背を向けたままピサロはソフィアの腕を掴んだ。近距離の背後からにもかかわらずこうなのだから、気配に敏感云々というよりも自分は警戒されているのだろう。当初に比べれば格段にピサロは自分たちのパーティに馴染んでいるが、勇者な自分だけには気が抜くことが出来ないに違いない。

本当に彼女とは大違いだ。

ソフィアは旅の道中でロザリーがピサロの髪に触れている場面を幾度か見かけたことがある。
髪が乱れていたのか、それともただの気分だったのか、たおやかな指でやわくこの銀糸に触れている光景はさながら一枚絵のようだった。ピサロはそれを払うことなく身動きせずにそれを受け入れ、そして彼もまたロザリーの美しい髪へと手を伸ばしていた。ソフィアが請うても触れることの出来ないそれを、ごく自然に受け入れてもらえている時点で自分とピサロの距離がわかろうというものだ。ピサロから触れてもらえるなど、今の状態を見る限りどんなことがあってもありえそうにない。

まあ、ロザリーの髪に慣れ親しんでたらこんな髪なんて、ねえ……。

くるくると指先で自分の髪を巻きつけながら思う。
ロザリーの、宝石のように赤く美しい光沢を放つまっすぐな髪と、くせ毛もいいところの自分のこの髪とでは比較することすらおかしいのかもしれない。成長してからは個性的でいいじゃないかと思っている髪だったが、幼少の頃は少々持て余したものである。ロザリーを見ているとそんなコンプレックスがまたぶり返しそうだった。

はあ、と大きくため息を付いて暗くなりがちな気分を飛ばした。それでもピサロは無言だった。悔しいが、それを伝えてもピサロの態度が変わることはないだろう。今に見てろよという気持ちで背後からピサロに向かって舌を出すが、それもすぐに「醜い顔をするな」と言われ、赤面に変わる。本当に憎たらしい。
ええそうですか、邪魔者は出て行きますよー、と拗ねた口調でドアへと向かうが、ほんの少し期待していた引き止めの言葉はなかった。想像していたことなので仕方ないと割り切れるが、それでも挨拶も何もないのには肩が落ちる。
この冷酷魔人め、とソフィアは部屋を出る際に、腹いせとして聖水を振りまいてやった。わざとらしさいっぱいの演技をし、故意ではないことを装って。
ようやく上げた顔は忌々しげなものだったが、それでもその目に映る自分が嬉しかった。












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