DQ4 ss






世界樹の花を手にして思ったのは、なぜ自分は勇者なのだろうということだった。

奇跡を起こすと言われている、今まで見たどの花よりも美しく可憐な花。エルフたちの言葉を聞き、ソフィアはまず赤い髪のエルフの少女を思い浮かべた。
明るくいつも笑みを絶やさなかった、いたずら好きの幼なじみ。
この花の力で彼女に再び会えるのかもしれないと胸を熱くした瞬間、だがゴットサイドの民の言葉が思い出されてソフィアの表情が歪んだ。
―――憎しみにいてついたデスピサロの心も真実の愛ならばとかせましょう。
誰からの情のことかは言うまでもなくロザリーだ。それは誰よりもソフィアが痛いほどわかっている。
このままではピサロは人間たちを、この大地を滅ぼしてしまうだろう。それを止めるには二つ。一つは自分たちがピサロを打ち破る方法。そしてもう一つはこの世界樹の花を使って彼女を蘇らせ、悲しみと憎悪の深淵にいるピサロを呼び戻す方法だ。これ以上の悲劇を生まないでいられる、最善の法方である。

だがそれがどうしたというのだろう。

自分たちはピサロによって大切な人を失っている。自分は人や土地を含めた村全てを、ミネアとマーニャの姉妹は父親を。アリーナたちも城のものたちの行方が依然わかっていないという状況である。
それら全てがピサロの指示であり、彼が直接手を出していなくても指揮した限りは手を出したのと同じだった。
力は備えたつもりだ。勝てる確信などはないが、自分たち全員が挑めばもしかすると、という望みが湧くほどには皆強くなった。だからロザリーを生き返らせなくともピサロを止めることは出来るかもしれない。この花の力を、他の誰かに使えるかもしれない。
物心付いたときからずっと一緒にいた優しいエルフの少女。彼女の笑顔をもう一度見たいと思うのはわがままなことなのだろうか。例え他の誰かに使うことになったとしても、仇敵の大事な人に使うのは、彼女の人柄を考慮してもいくらなんでもお人好しなのではないだろうか。およそ勇者らしくない考えが浮かんで離れない。


「一応言っておくけど、私たちには必要ないわよ」


世界樹の花を手にした日の夜。
外で一人月を見上げていたソフィアが振り向くと、マーニャとミネアがどこか苦笑した様子で並んでいた。驚いたまま何も返せないでいると、ソフィアを挟んでマーニャとミネアも草地に腰を下ろしてくる。


「世界樹の花をどうするか悩んでるんでしょう、ソフィアさん」
「………ごめん」
「ああ、いいのよ責めたりとかそんなんじゃないから。あんたの気持ち、一番わかるんだろうのがあたしたちなんだろうし」


ピサロの手により大切な人を失ったことを言っているだろうというのは明確だった。仲間たちの中でピサロに家族を亡き者にされているのは、自分を除いては彼女たちだけだ。
しかしならばこそ家族に会いたいと思うのではないのだろうか。
そう告げると、二人は同じ仕種で首を振った。


「そりゃ確かにお父さんと話したいことがないわけでもないんだけど……」
「でも話したいことは全て墓前で済んでしまうんです。こちらの一方的な語りで、もちろん返ってくる声があるわけでもなく会話なんて成立しないんですが、父が死んだ直後はともかく今は……」


そこで言葉を区切り、二人は顔を見合わせて穏やかな表情で頷き合う。


「それなりに月日が経ったからってのもあるんだろうけど、もう父の死が普通になっちゃってるからね。受け入れちゃったというか、達観したというか。正直なところ、今父が生き返っても戸惑っちゃうわね多分。そんな状態で父と会って悲しませたくないし、それにまた父を失うかもって思うと恐いのよね」
「マーニャ……」


月夜の限られた明かりの中で見えるマーニャの表情に暗さはなかった。


「時間がそうさせたのかも知れないけど……、でもほら、あたしたち、一人じゃなかったから」


そして二人の美しい姉妹は互いに微笑みあった。
父を失っても側には姉妹がいて、ずっと一人ではなかった。同じ辛さを共有でき、同じ悲しみを共有できる相手がいて、どれほど救われていたことだろう。一人だと挫けてしまったかもしれない父の仇打ちも、相手の存在があったからこそ辛い旅路を乗り越えられてきたに違いない。
そういう相手がいたから、きっと彼女たちは父の死を乗り越えられたのだ。
羨ましい、と思った。
そしてマーニャの言葉の意味を知る。つまり、自分は一人なのだ。今は仲間がいるが、平和を取り戻した後、やはりまた一人になるのだろう。仲間はきっと各々にソフィアを喜んで受け入れてくれるだろうが、肝心のソフィア自身があの村にいたいと思っているのだから仕方がない。そしてあの村にいる限り、無意識にでも追い求めてしまうのは父や母、そしてシンシアだったりするのだろう。こればかりは仲間たちでも埋められないものなのである。それをマーニャたちはわかっているのだ。
そして自分はこの姉妹のようにまだ強くはなれていない。


「だからあの花はソフィアさんの思うように使ってください。もちろんこれは私たちだけの意見ではなく、皆の総意です」
「と言っても、まーあんたはまた悩んじゃうんだろうけどね―――ピサロ、好きなんでしょ」


諭すように落とされた言葉に、ソフィアの顔が強張る。
すぐに口は否定の言葉を探した。だがそれでも言葉は見つからず、結局口から出たのは悲痛な告白だった。


「―――でも、私は、私じゃ……っ」


幼なじみを蘇らせる可能性を思いついたと同時に、ソフィアにはもう一つの思いが生まれていた。


ピサロを救いたい。


気づいたときには既に取り替えしのつかないほどに心が彼を求めていた。
親や大切な幼なじみ、村人全てを奪った男に引かれているなど、勇者どころか、心を持つ者として有るまじき浅ましさだ。血がにじむほど握った拳の感触、ものが焼かれた匂い。涙でろくに前が見えない視界も絶望も、まだ遠いことのことではないというのに。
未だその時の情景を思い出すと胸が熱くなる。ただ勇者という己を消すために彼は小さな村を焼き払い、そして一人残らず灰に帰した。肝心のソフィアを置いて。
自分に化けた幼なじみは、あの壁の向こうでどんな仕打ちを受けたのだろう。勇者の死を確実にするために彼らはどうしたのか。きっとそれはただ剣で胸を付いたりしただけでは終わらないような、少なくとも奇麗な死に方はしていないに違いない。
今でも夢に見ては飛び起き、吐き気をともなう悔恨の意の中で思わず手が剣を探り当てるというのに、想いを自覚してからは想像の中でもその剣先が彼を貫いたことは一度もない。
あの日のことを思うと彼に沸くのはまぎれもない憎悪のはずで、殺意も誰よりもあったはずだった。


きっかけは一人のエルフ。シンシアと同じ赤い長い髪の、心優しく、しっかりとした意志を持っている美しいエルフ。彼女を通して知るピサロはソフィアが想像していた魔を統べる王とはかけ離れていた。
仲間の話を聞く限り、ピサロは自分たちの村を滅ぼしただけでなく、各地で罪なき人を殺めていたらしい。仲間の機転により助けられた者の中には子供ばかりを狙ったものもあったと聞き、ただ自分と言う危険因子を殺すためにそういう手をとるピサロに改めて恐怖と怒りを感じていた。優しさや思いやり、ましてや愛などといった感情が通じない人物なのだと、一種の哀れみにも似たような感情までさえ沸いた。

だがロザリーから見るピサロは違った。

彼女と接するときのピサロはソフィアがありえないと思い込んでいた感情全てを露にし、微か見ただけでもいかに彼がロザリーを大切にしているかが伺い知れた。
まず感じたのはひどい嫌悪感。
ロザリーを呼ぶ穏やかな声と同じ口で部下に人間たちを襲う命令を出しているのか。
大切なものがいて、愛しいという感情を知っているのに彼は平然と人を殺めるのか。
大切なものがあるのならそれを失うことの恐怖だってわかるだろうに、そもそもの考え方が違うのか、もしくは魔族だからなのか。おそらくピサロは一度として愛するものを亡きものにされたこちら側の気持ちなど考えたこともないに違いない。魔族だからといえばそれまでだが、だがそういう倫理観の相違がある限り、人間と魔族がわかりあえる日などないと強く思った。

だがあの夢に現れた映像に、ソフィアの感情は本人さえ気づかないほどの静けさの中で揺れ始めた。
冷酷な魔王にも愛情は持てるのだというそのことがその後もずっとソフィアの心に残って、ひどい違和感のような消化できない思いを残した。
ロザリーヒルでのロザリーの匿い方を見てまるで篭の鳥だと思った。 大事に慈しみ、他者の手に触れられないように仕掛けまで施した部屋に戸惑いを隠せなかった。旅を進めるにしたがい、随所で垣間見えるピサロという者を知るに連れそれは大きくなり、気がついたときには彼に囲われている自分を想像していた。
衝撃は大きく、何度も自問しては気の迷いだと言い聞かせ、ピサロへの思いの否定材料ばかりを粗探ししていた。だがいくら否定しようともソフィアの中のピサロが消えるわけではなく、それは村が襲撃されたことを思い出してさえも心に宿って消えない。なぜなのか自分こそが聞きたかった。憎しみは確かにあるのに、イムルの夢で見た和らいだ表情を思い出すとそれを覆う勢いでの感情が湧くのだ。
どうにもならないとわかった時、ソフィアは開き直ってピサロへの恋心を認めた。

だが認めたからといって楽になるわけではなく、むしろ待っていたのは辛い道ばかりだった。
魔王と勇者。彼が村を滅ぼした経緯を考えても彼は自分を殺すことしか頭になく、そのためには手段も選んでいない。当たり前だ。自分たちは決して馴れ合える存在ではなく、互いに忌むべき対象、敵、なのだ。
そしてなにより彼にはロザリーがいる。大切に閉まっておいた美しいエルフが。
ひたむきにピサロを慕い、エルフには珍しくどんな種族も平等に見ていた彼女は、しかし涙がルビーに変わるというロザリーの性質を悪用する人間の手により暴力を加えられ、命を落としてしまった。
それを知ったピサロは怒りで我を忘れ怨讐の化身となった。それはピサロのロザリーへの思いが具現化されているに他ならない。ロザリーを失うことが、自己を失うのと同等なのだ。彼は今、想像もつかないような憎しみと悔恨にのみ囚われているのだろう。
真実の愛。
しかしそれがあればピサロは自分を取り戻すのだという。


「……もう、本当は結論出てるんでしょ」


静かなマーニャの問いは、ソフィアの胸の奥にある気持ちをわかっていた。
そうだ、結論は出ている。ただ勇気が持てないのだ。ロザリーがピサロを呼び戻す時、それは自分の想いはピサロに届かないと突きつけられることになるのだ。その後の彼らを、笑って見やることが出来るのだろうか。後悔に溺れて錯乱したりしないだろうか。
想いが叶わないことを前提として二人の幸せを見守る自信が、まだない。


「大丈夫よ。私たちがついてるから」
「そうですよ。少なくとも私と姉さんは何があろうともソフィアさんの味方ですし、守らせてももらいます」
「だから一人でなんて悩むんじゃないわよ」
「マーニャ、ミネア……」


思い悩むソフィアには、その言葉が何よりも心に染みた。
きゅ、と握られる手から伝わるぬくもりには一人じゃないのだという思いが込められている。
ありがとう、と掠れる声でソフィアは二人に告げ、ごめんね、と親やシンシアに心の中で謝った。身内と想い人を天秤にかけてどちらが傾くかなど、どうやっても答えは出ない。だがソフィアはピサロを選んでしまった。それも、彼が自分を見るとは限らないにも関わらずだ。
仇に、ともしかしたら怒っているのかもしれない。命をかけて守ったものがなんてことを、と呆れているのかもしれない。それでも選んでしまった。謝っても許されるものではないとわかっている。けれども引き返せない。
犯す行為への罰はきっとすぐに現れるだろう。だけどそれを受け入れるつもりである。それがどれほどつらくて悲しいか、想像するだけで怯んでしまいそうになるが、逃げたくはなかった。
愚かな勇者だと思う。しかし自分に嘘をつきたくはなかった。








それから間もなく、花に囲まれた墓の前で花を掲げ、目の前で起こる奇跡をしっかりと見据えるソフィアの姿があった。
その目に迷いや不安はなく、この後どんなことがあっても逸らしはしないと強い光をはらんだ色の瞳だった。









とうとうやってしまったピサロ×女勇者。くっつくまでかけたらいいな。

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