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ポッドの扉が開き、差し込む光の強さにメークリッヒは目を細めた。 霞みがかるような思考を引きずりながら光のもとへとゆっくりと歩み寄る。はじめは扉の形をした光しか認識できなかった視界が、目が慣れるにつれ外の景色を映し出していった。 ゆっくりと足を進めながら、自然とこれまでのことが思い出されていく。 遠い過去へと時空を超えたこと。 強大な敵と対峙したこと。 誰もが傷を負いつつも、力を振り絞ってそれを消し去ったこと。 崩れる船。乗り込んだポッド。 あの厳しい戦いの傷は癒えているようで、動かす体には痛みも違和感もなかった。自分たちの思い通りに事が運んだのならば、あれから二千年が経過していることになる。膨大な年数をポッドで過ごしていた実感はなく、少し長い眠りから覚めたような感覚だけが残っていた。 外へと降り立つと、ポッドの中とは比べ物にならないくらい一層強い光がメークリッヒへと注がれ、手をかざす。ポッドは海岸に流れ着いたらしく、独特の強い陽ざしに口角が上がる。二千年という長い年月を得ても、この日差しも潮の匂いも変わることがなかったようだ。 歴史や街のことが気がかりだったが、今からそれを確かめに行けばいい。 メークリッヒは閉ざされているもう一つのポッドの前に立ち、己のパートナーの姿を待った。そう間をおかずに扉は開き、どこも変わりがない懐かしいようにも思えるユリィが現れる。 彼女は状況把握かあたりを見回した後にメークリッヒの姿に気付いたようで、顔に満面の笑みをたたえて彼のもとへ飛びだした。 「勇者様!」 「ユリィ」 目には涙をため、しかし嬉しそうに口元をほころばせるユリィの頬にそっと触れ、ともに時代を超えた喜びを分かち合う。 「よかった、本当によかった……」 いつも自分に厳しく、弱みなど見せようとしなかったユリィだが、今回ばかりは涙を抑えることができずにはらはらとメークリッヒの指を濡らした。彼女のように表面には現れないがメークリッヒもまたこの小さな妖精と同じ気持ちであり、感傷的な気分を噛み締めながら「そうだな」とやさしく目元をぬぐってやれば、ユリィは花のような笑みを見せた。 ポッドに入ったときは急ぐ思いもあってそれどころではなかったが、中に入り、眠りにつくまで不安がなかったわけではない。 もしこのまま目覚めることがなかったら。 目覚めることが出来ても、本当にそこは共に戦った仲間のいる世界なのか。 そして彼らは、自分のことを覚えていてくれるのであろうか。 不安を抱いて眠りに就こうとするメークリッヒの脳裏に浮かんだのは、赤い服と長い髪の人物だった。縋る思いが彼の像を呼び起こしたのだろうが、メークリッヒの切なさは増した。 敵だったはずの彼が自分にどのような影響を与えたのか、メークリッヒにはわからない。 確かに死んだと思った彼が生きているとわかったとき感じたのは嬉しさだった。だがそれは単純に人が死んでいないということに安堵するだけで、彼という個人を指したものではない。そう思っていた。 しかしその後、あの髪を短くして身を隠し、旅の道中で幾度もメークリッヒたちに助勢してくれる姿に何かが灯った。 それまでは敵で、その前は強さの代名詞であったあの隊長が味方になってくれたことにひどく胸が熱くなったのを覚えている。それは力強い味方ができたことへの興奮だったのだろうが、いつまでもそのことが頭から消えないのはおかしなことだった。 シュヴァイツァーは以前のような非道の精神は鳴りを潜めたのか、手を貸してくれたあとの彼の目には狂気ではない、しかし力強い意志の力があった。皮肉そうに笑う口元は変わっていないが、少なくとも覇道のために人を簡単に切るような発言も素振りもなかった。 彼が自分を認めるような言葉を発したときは素直に嬉しいと感じ、以前メークリッヒが赤狼隊にいたときに感じた隊長としての彼の姿がよみがえった もともとメークリッヒはシュヴァイツァーが嫌いではなかった。 歴史を都合のいいように変え、その際の犠牲を何とも思わないような彼ではあったが、赤狼隊隊長としての彼は立派にその役を務めていたと思う。指揮は当然のこと、状況判断や部下への接し方も非がなかった。高い戦闘力にメークリッヒも憧れの念を抱かなかったわけではない。時折あの眼光に射られる度に、ぞくりと畏怖のような、それでいて違う何かが走ったこともしばしばだった。 それが何か当時のメークリッヒは深く考えることもなかったが、今でははっきりとわかる。 会いたい。 もう一度彼に会いたかった。会って、そして―――。 その思いを抱いて眠りについたせいか、目覚めた今でも少しも想いは褪せてはいない。 ユリィによれば時代は合っており、ずれてはいるが、数ヶ月後程度だという。なによりもまず安堵の思いが駆け抜け、そしてユリィの表情からしても仲間たちに何か大きな異変はないことが窺い知れると知らずに吐息していた。 後は彼らが自分のことをわかるかどうかだが、そればかりは会ってみないとわからないらしい。あれから歴史はどう進んだのかも興味があり、メークリッヒ立ちはすっかりいつもの調子を戻しているユリィを連れ、砂地を後にした。 ■■■ 見慣れた景色だった。 ユリィの言うように、街は多少の違いはあるがメークリッヒの知るものとほとんど変わりはなかった。歴史は少しばかり変わっているようで、どの国にも何かしらの変化はあったが、インフィニトーがいない世界では良い方向へ動いているものがほとんどだった。 自分たちが成したことの実感が湧きおこり、そしてそれが良い方向へ向かっていたことにユリィと二人で笑い合った。 訪れる街では仲間ゆかりの街もあり、街人と会話すれば自然と彼らのことも耳に入った。 だれもが息災で、最後に見た時となんらかわりがない姿をしていた。顔に翳りはなく、生き生きと表現できる表情を浮かべる彼らは己の生を満喫しているようだった。それを確かめるように眺めやった後、声をかけることはせずにメークリッヒは仲間のもとを去った。 ユリィは不思議そうにしていたが、急がずとも、会おうと思えば会える。 何よりメークリッヒには、自己満足だと言われようとも誰よりも初めに会いたい人物がいた。 青年は部下と思われる少数の集団の先陣を切っていた。 力強い歩み、いついかなる時も肩を張って毅然としている態度はあの日のままで笑みが漏れる。彼に続く隊員も、畏怖か信頼か、隊列を乱すことなくきびきびと動いていた。 く、と口角を上げ、メークリッヒは己の双刀を一本だけ背から抜いた。長い刀身をきらめかせ、彼らの背後からそれを太陽を指すように投げる。それは頭上で思い通りの弧を描き、青年の前に突き刺さった。 敵襲かと一同は身構えたが、最前列にいた青年はその刀から目を離さなかった。 「隊長、敵兵は背後にいる一体だけと思われます。ご指示を! ……隊長? 隊長!」 「―――いや、問題はない。お前たちはこのまま前進を続けろ」 「しかし!」 「あいつは敵ではない」 その言葉にいったんは落ち着いたが、しかしまだ不審そうな目がメークリッヒに向けられる。そんな部下たちに命令を下し先へ進めると、青年は地に刺さった刀を抜いてメークリッヒへと投げ返した。 「普通に声はかけられないのか。あと少しずれていれば突き刺さっていた」 「そんな鈍い感覚は持ち合わせていないだろう」 久し振りの対面だった。 最後まで戦った仲間たちとは違い、彼とは時を越えてからは会ってない。自分を認識してくれるかどうか不安だったが、その心配も杞憂だったようでシュヴァイツァーはこれまでの差などなかったかのように接してくれた。心が打ち震えるような喜びを感じたが、メークリッヒはそれを表には出さなかった。 森の中に敷かれている道に立ったままの懐かしい姿に歩み寄り、間近で相手を眺めやる。 シュヴァイツァーの姿もほかの仲間同様、変わりはなかった。変わったことと言えば、あの時は短くなっていた髪が以前のように豊かな長さになっていることぐらいだろうか。インフィニトーがいなければ彼が髪を切る理由もないということだろう。 「髪、やっぱりそっちの方があんたに似合ってる」 「そうか」 「なんだか懐かしいな」 光を反射して輝いている髪をひと房掴み、確かめるように手先でもてあそぶ。拒否されるかと思ったが、シュヴァイツァーはメークリッヒの好きなようにさせてくれた。 素晴らしい感触であろう髪をグローブ越しに触れているということが残念だったが、今はそれよりも確かめたいことがあった。 「ひとつ聞きたい。俺はまだモノポリス社の社員だと言えるのだろうか」 虚を突かれたのか、シュヴァイツァーは微かに瞠目したあとに眉を寄せた。 「何だ、てっきりやめたいだろうと思ってたが、お前まさかうちで働きたいのか?」 「悲しくも二千年前の人物に居場所はなくてね」 「そんなもの、うちにいなくともアニータが何とかするだろう。そういやお前、アニータには―――」 妹の名前を出すシュヴァイツァーの前に手を出し、言葉を止めさせる。今はたとえ大事な仲間でも他の者の話題になるのは嫌だった。 「社員ではないというのなら改めて所属したいんだが、雇う気はあるか」 「……お前が入りたいというのなら誰も拒否はしないだろう。むしろ願ったりかなったりだ」 「では赤狼隊に空きはありますか、隊長殿?」 目をそらさず挑発するように笑うと、今度こそシュヴァイツァーは驚いたようだった。 「お前……」 「誰に会うために二千年、耐えたと思っているんだ」 「なぜだ。大体、ここでなくてもお前にはいくつも帰る場所があるだろう」 「あんたじゃないと意味がない。どうした、歴史が変わって少しは丸くなったのか? 強気なあんたはどうした」 直接その口から聞いたことはなかったが、彼とて少なからず己に執着はあったはずだ。 そうでなければメークリッヒとてこんなにも意識はしていないだろう。最後に会ったときに見せた、惜しむ別れに混ぜられていた熱を否定はさせない。おかげで過去に行ったあともずっとメークリッヒの胸は締め付けられっぱなしだった。 焦れたメークリッヒは、シュヴァイツァーのスカーフを掴んで強引に顔を寄せる。てっとり早くこちらから口づけてやろうと目を閉じれば、しかし後わずかなところで首を掴まれ、近づいた分だけ引き離されてしまう。 苦く思いながらいまだ首の後ろをつかんで離さないシュヴァイツァーを睨むと、彼は先ほどのメークリッヒと同じように挑発するような態度で顔を近づけた。 「生憎だが、主導権を取られるのは好まない」 そしてメークリッヒが何か返す前に唇を塞がれ、空いていたシュヴァイツァーの片手に顎を固定される。 初めて触れた唇は、合せていただけなのはほんの微かな時間で、すぐに唇を割って欲望を乗せた舌が入ってきた。戦闘マシンとして量産されていたメークリッヒはこういうことには慣れていなかったが、シュヴァイツァーに会えた感動と、そして求められているということに感情が高ぶって自然に口は開き、熱い舌を求めていた。 奪うという言葉がふさわしいようにシュヴァイツァーはメークリッヒの口内を荒らした。 口の中を弄られる、吸われるといった感覚は初めてだったがメークリッヒはそれに夢中になった。絡む舌がたてる水音がどうしようもなく情欲を煽る。切ないような胸の締め付けは、シュヴァイツァーの背や首に腕を回すことで少しは楽になった。 気がつけば背に木の幹の感触があり、ずるずると座らせられるように身が沈んでいく。木とシュヴァイツァーに挟まれている状態は窮屈な感じがしたが、覆い被さられている体勢は悪くはなかった。 「もう一度聞こうか。本気で赤狼隊に入るのか」 唇を離したときに落とされた言葉に、メークリッヒは一度目を閉じ、気を落ち着ける溜息をついてから再び彼を視界に入れた。 「それを決めるのはあんただ。別に俺はあんたさえいればどこにいようと構わないが、一番近くに在れるのはここしかないと思っている」 「駄目だと言ったらどうする」 「モノポリス社の敵にでもなるかな。そうすれば赤狼隊が向かってくるんだろう?」 近距離でシュヴァイツァーを見上げると、彼はおもしろいというように口角を上げ、そしてメークリッヒの肩に頭を落とす。 「―――全く。前から思っていたがお前には負けるな、いろいろと」 「それで、返事は?」 「さて、どうするかな」 再び重なってくる唇は弧を描いており、行為に込められている返事にメークリッヒは緩やかに微笑んだ。 ―――ああ、本当に自分は帰ってきたのだ。 触れる唇の温度、体にまわされる腕の強さ。確証されていなかったこの未来に辿りつけ、そして誰よりも傍にいたい人物に受け入れられたことに気が緩めば涙さえ落ちそうにさえなった。相手も気が高ぶっているのか、執拗にねぶる口づけを受けながら触れたくてたまらなかった髪を心ごとかき乱す。 これから始まるだろう新しい人生は、ポッドから出た時に感じた日差しのように眩しいものだといい。 そう思いながらメークリッヒは与えられる熱に沈んでいった。 シュヴァイツァー×メークリッヒが王道だと信じていた時期がありました。 この後不審に思って部下戻ってきたりしたらメクリヒ、隊に居づらくなりますね。 (今確かめてみて気づいたんですが、もしやポッドから出た時って昼じゃない?空が赤っぽい…。なんて失態を) |