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ふとした折りにルークの耳にある言葉が入った。
料理は愛情。その言葉の意味を問いかけると、どうやら料理というものは愛情が最大の調味料らしく、それは他の何もかもを凌駕するらしい。そんなことを聞かされれば、愛情に自信のあるルークはそれを確かめずにはいられなくなった。

運がいいのか悪いのか割とすぐに連絡を取ってきたアッシュに必死で食い下がり、ルークは手料理をふるまうことを半ば無理やり取り付けた。
後は一応の保険に料理の腕でも磨いておくだけとなったが、これは比較対象がないと結果も良く分からないのではないかと思い当たった。
愛情を計るにはどうすればいいのか。
単純に考えれば料理の品は勿論、調味料や調理法に至るまですべてを同じにすればいいのだろう。そうすれば違いが出るのは作り手が持つ愛情だけとなる。そしてその差をわかりやすくするためには、あまりアッシュに好意を持っていない人物の方が好ましいといえた。
その条件にぴたりと当てはまるのがガイだった。ルークはこれにも必死で協力を要請し、なんとか場の基礎を作り上げることには成功した。

その後数日の打ち合わせで料理も肉じゃがに決まり、アッシュも無事にこちらへやってきた。
二人で落ち合う場所へと、少々おぼつかない手つきで仕上げた料理を持ち出すといよいよ落ち着かなくなり、アッシュの前に器を置いた時には興奮で顔は赤らんでいた。


「………」


ルークの興奮とは対照的に、アッシュのテンションはとても低そうだった。
並べられた二つの肉じゃがを前に、本当にこれを食わなければいけないのかと嫌そうな表情を隠さない。この二つの料理が意味することを彼は知っているので、いつもよりも更に馬鹿馬鹿しい気持ちなのだろう。


「ほら、早くしないと冷めるだろ」
「そんなに心配ならお前が食え」
「それじゃ意味がないだろ。何のためにこんなことしてると思ってんだ」
「知るか馬鹿。わかりたくもねえ」


本当の本当に嫌そうにしているアッシュだったが、しかししつこく粘って食えと言い続ければ、渋りながらもアッシュは口にしてくれることをルークは最近の付き合いでわかっていた。
そしてまとわりつくルークを邪魔だと突き放し、装っているのではなく心から嫌だと思いつつも、アッシュは右の器から手をつける。
じゃがいもを箸でつまみ上げると、ルークのどきどきも増す。ルークの鬱陶しいまでの注視を受けながら、アッシュは自棄のように素早くそれを口に入れた。


「………」


咀嚼しているアッシュの表情は、口にする前と何ら変わりがなかった。不機嫌そのものである。もしかして不味かったのだろうかと不安になったが、味付けも何もかもをガイと同じにしたのでおそらくそれはない。アッシュはその表情を保ったまま、隣のガイが作った器に箸を伸ばす。
いよいよだと、ルークは手に汗握る思いでアッシュの口に入れられるじゃがいもを見ていた。


「……ど、どう?」


交互に箸をつけ、ある程度器の中身が減ったところでルークはたまらずに声をかけた。時折考え込むようにアッシュの箸も止まっていたので、彼の中でおそよの判断はついていることだろう。果たして自分の愛情は料理を介してアッシュに伝わっているのだろうか。
愛情は、料理を作っているときにいっそ呪術ではないかと思うほどに込めた。そしてこう言ってはなんだが、ガイはアッシュが好きではないので彼の料理に愛情が込められていないことには自信がある。自分とガイの差は愛情のみだ。これほど結果がわかりやすいものはない。
ルークは微かに口元をほころばせながらその時を待った。


「なあ、まだかよアッシュ」
「……真剣に鬱陶しいんだが。拒否権はなしか」
「あったり前だろ何今更なこと言ってんだ。―――あ、言っておくけど言うまで絶対に帰してやらないからな!」
「……こんなアホが俺のレプリカ……」


いつものように怒るでもなく、嘆くように脱力するアッシュに呆れの程度が伝わってきたが、今のルークが欲している言葉は判定なので耳をすり抜けていった。
そして瞬きも少なくじっとアッシュを見続けていると、黙秘を貫いてこの場に留まることは正しくないと判断したのか、アッシュはだるそうにひとつの器を指差した。

それは期待した通りルークの器だった、と思いきやガイの器だった。


「―――は?」


ルークは思わず目を疑った。まさか。まさかそんなわけがあるはずがない。
しかしアッシュが指しているのはどう見てもガイの器であり、一応の確認として言葉でも答えをもらったのだが、やはりそれでもガイを指した。
少し呆けた後、きっとこれはさんざん迷った末の、苦渋の決断だったんだよなと乾いた口で問えば、そっけなく首を横に振られる。

おかしい。これはおかしい。

あまりの事態に、ルークはきっとアッシュは素直ではないからわざと自分の作ったものではないものを選んだのだろうと見当をつけた。そうだ、普通に考えてアッシュが素直に自分を選ぶはずがない。
しかしこの肉じゃがたちは、当然だが誰がどちらを作ったかは伏せている。「調味料も手順も同じ作戦」にはアッシュに天邪鬼精神を発揮させない意味もあった。余計な思いにとらわれず、公平な判断を必要として。
しかし良かれと思ったその選択が、今になってぐっさりとルークの胸に突き刺している。

ダメージはそこそこに大きかった。
事前に眉唾ものの迷信の類だと聞かされてはいたが、あれほどまでに気持ちを込めた料理が選ばれないのは結構くるものがある。しかも比較相手はアッシュへの愛情はマイナスときている。それに負けた自分は一体何なのだろう。せめて「同じ味だった」と言ってくれれば、ルークもここまで衝撃を受けることはなかっただろう。愛情云々をなしにすれば本当に味は同じはずなのだから。


「これで満足か。気が済んだのなら戻るぞ俺は」


しかもアッシュはむしろ選んだ料理がルークのものではないとわかって安心しているようである。今までの不機嫌さはどこへやら、どこかすっきりしているような表情が小憎らしい。
何が料理は愛情だ、とやけくそ気味に叫ぼうとしたところで、ふと、ルークはあることに気づいた。残すことなく、気のせいか自分のものよりもきれいに食されているガイの器とアッシュの顔を交互に見やり、ルークは嫌な考えに動きを止める。


(「料理は愛情」って……まさか作り手から食い手への愛情じゃなく、食い手から作り手への愛情のことじゃないだろうな!?)


ガイはアッシュのことを好きではないが、アッシュはガイが好きである。
どんなに冷たく当たられようとも幼少のころに慕った感情は変わることがなく、口に出して言わないがその思いは鈍いルークでもわかるほどである。
もしこの考えが正しいのだとすれば、悔しいが納得せざるをえない。そういう関係の自分を差し置いて他の者はないだろうと思いたいが、なにせ相手がガイである。ルークはこれ以上に良い男を知らない。

なんてことだ、とルークは頭を抱えた。これではこちらがいくら愛情をかけようとも意味がない。思わぬ展開の思わぬ障害に、一気に気が萎えた。


「……おい屑」
「……そりゃ俺もガイ相手じゃかなわねーよ。なんだよガイ、きつくしか当たってない相手をも落とすとかあいつ魔性か」
「何ぶつぶつ言ってんだ。俺は帰るぞ」
「どうせ俺なんか……俺なんか……」


帰ると声をかけてもルークは膝を抱え込んだままぶつくさとつぶやいており、アッシュはため息をついた。料理を選ばなかっただけでそんなに気落ちするものかと、頭痛がする思いである。
その理由がわかりたくなくともわかってしまっているので、この落ち込みように本当はフォローを入れなければならないのかもしれないが、そこはアッシュだった。
状況的にこのルークを立ち直らせることができるのは「料理なんか関係ない。ガイよりお前が好きだ」という言葉だろうが、それを言うくらいなら死んでいる。
最近調子づいている感があるのでいい機会だとルークの放置を決め、非情にも踵を返そうとしたときだった。


「ああ、やっぱりこうなってるか」


ため息交じりで、しかしどこか楽しそうにして現れたのはガイだった。
湿気を背負ってうずくまるルークと、彼に背を向けて歩いていたアッシュから状況を読み取り、まあ最初からわかりきってたことだけどな、と肩をすくめる。


「お前が意地でもルークを選ぶはずがないことぐらい幼児でも想像がつくからな。いくら味を同じにしたってあいつの料理がどれかなんて結構簡単にわかるはずだし。なあアッシュ」


笑っているようで笑っていない表情で話を振られ、アッシュは本人も気づかずに身を固くする。
確かに一見ぬかりのないように見えたルークの計画だが、落とし穴は存在した。
手順も調味料の量も同じにしたという言葉通り、ルークのものにもガイのものにも味に差はなかった。だがそれでもアッシュはルークがどちらを作ったのかは容易に知ることができた。
なぜなら少し注意深く見れば二つの料理の片方は具の大きさが不揃いであり、料理に慣れていないものが作ったのであろうことが読み取れたからだ。
そして確実にアッシュを判断づけたのは料理を口に入れるときのルークの態度だった。


「あいつ、自分の料理のときにこれでもかってくらい思いっきり凝視してただろ」
「……殴りたいほどにな」


もともと落ち着きのなかったルークだったが、片方の器の食材に箸をつけた瞬間から更にその行動が二乗された。食い入るようにアッシュを見つめ、食材を口に入れる度にそわそわとこちらを窺う姿に匿名性はなかった。
そんな浮かれていた姿も、今は名残すらないわけだが。


「まあこれに懲りてお前に愛想尽かしてくれれば俺としては万々歳なんだが―――それはともかく、本当に愛情で味に差はなかったのか?」


くだらないことを問うてくるガイに、アッシュは顔をしかめた。本当も何も、感情などで味が変わるはずがない。 ルークのように夢見心地なタイプがそう訊くのならまだしも、ガイがそんな事を訊くとはいったい何事だろうか。


「あるわけないだろう、馬鹿馬鹿しい」
「だろうな。もしそうなら俺の料理食ったお前が無事なはずないだろうし、一応聞いただけだ」


さらりと敵意をぶつけてくるガイに「この野郎」と、アッシュは頬を引き攣らせた。ルークとの関係が露見して以降、ガイの態度がきつくなったと思われるのは気のせいではないだろう。
そんなアッシュをガイは面白くもなんともなさそうに見ていたが、己の出現にも気づいていない様子のルークに視線を移した後で軽くため息をつく。


「全く不本意だが……あいつもこのままじゃ可哀想だし、質問を変えてやるか。―――味は同じだった、それはまあ当然だろう。ならお前は、俺とあいつの料理のどっちに心が和んだ?」


意外な問いかけに、咄嗟にアッシュは反応ができなかった。
脳裏にあの不揃いの野菜が思い出され、不器用ながらも真剣な顔でそれを切っているルークの様子をも想像してしまったことを思い出す。


「………。どっちもなるわけねえだろ。馬鹿らしい」
「即答しないところで答えは出てる気がするけどな」
「知るか、勝手に誤解してろ」
「そうさせてもらうさ」


このままでは自分に不都合な展開になりそうだったので、アッシュはとっとと場を去ろうとガイを抜けて歩き出した。
ルークの味方であるガイに辛辣にあたられるのも、ルークとの仲を取り持とうとされるのもどちらも心臓に悪い。ジェイドがいないだけまだましなのかもしれないが、それでも厄介な状況であることには変わりがない。
だがアッシュもまた、思い通りに事が運ばない星の下に生まれてしまっている。


「おいアッシュ、お前まさかあいつをあのままにしていく気か」
「勝手に計画して勝手に結論付けて勝手に自爆してるやつの始末なんかできるか」
「わかっててそうさせたのは誰だ。恋人がいのない奴だな」
「こ―――! っ、あいつがしょげようがどうしようが、俺の知ったことじゃない。慰めたいならお前が慰めろ!」


そう言って再び足を進めようとしたところで、ガイはジェイドばりに食えない笑顔になった。


「別にそれでもいいんだが、いいのか? 俺はお前がさっき言葉に詰まった答えをそのまま、いやそこそこに脚色してルークに言うぞ」
「………」
「嘘言ってるわけじゃないから俺の良心も痛まないし、ルークだって喜ぶだろうし。お前が不器用にルークに当たるよりはこっちの方がいいかもな」
「俺は何も言ってないだろうが!」
「ならそのまま帰れよ。ルークは俺が何とかするから」


本音を言えば去りたかった。とても去りたかった。
だが本当にここで去ってしまえばガイは先ほど言ったことを間違いなくルークに告げるだろう。全くの嘘ならば痛くも痒くもないが、厄介なことに嘘ではなかったりするからたまらない。
知らないとしらを切り続ければいいだけの話なのかもしれないが、ガイから吹き込まれたルークがその話題を出してまとわりついてくる度に、否定しつつも裏では穴を掘って埋まりたい気持ちになるのだろう。自分に嘘はつけないのだから。
たとえガイが色をつけてルークに話したとしても、アッシュが感じたことは事実である以上、気まずい思いをするのは目に見えている。
そうなると、悔しいがアッシュに残された道はひとつしかなかった。


「―――くそっ、行けばいいんだろ行けば!」


下手にガイから吹き込まれるより、面倒でも自分が行って適当にやったほうが遙かに心にやさしいはずだ。
アッシュにはこの時点でルークを慰める言葉などひとつも思い当たらず、さらに言うと慰めようという心すら自棄にのまれており、こんな調子でルークの機嫌は回復するのだろうかと自分でも思ったが、足は止まらなかった。
背中にガイの視線を感じつつ、もうどうにでもなれとじめじめしているルークの元へ寄る。



その後。仲間の元へ戻ってきたルークの顔は、それはもうにこにこと眩しい笑顔だった。
















リク3「どこまでもおバカさんなルークとツンデレアッシュ」でした。

いつかアッシュの胃に穴が開きそうな気がします。キングオブ苦労人。そしてなんだかんだしつつも勝ち組ルーク。今日も彼らは平和です。
そんなこんなですが、リクしてくださった方に捧げます。リクエストありがとうございました!

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