「―――ああ、悪いな。うん、また今度」 少し離れたところから聞こえる声に、快斗は首までかけてあった布団を頭まで被って音を遮った。 隣家に断りを告げる新一の言葉が耳に入るまいと更に手で耳を覆う。 それでも空気は伝わってきて、快斗はこの動かない身体を呪った。 「……なんだお前、寒いのか?」 扉を開いた途端に電話を終えた新一が語りかけるが、返事はしなかった。 足音と共にもとのように布団を首まで下げられ、苦笑する新一の姿が目に入る。 「……落ち込んでんだよ」 申し訳なさそうに上目で見上げれば、くしゃりと髪を撫でられた。 「バーカ。言ったろ? 俺はそんないつでも出来ることよりお前の体のほうが大切なんだって。もともとクリスマスなんざ興味薄いし、二人一緒にいればそれでいいんだからお前は大人しく俺に看病されてろ」 「……ああ、サンキュ、工藤」 偽りでないとわかる言葉に、快斗は素直に頷いた。 風邪を、ひいた。 前からそんな予兆はあったものの、一時的なものだろうと構わないでいたら今朝になって突然起き上がれないほどになっていた。 よりによって25日という日を狙わなくてもいいだろうと、快斗は目を手で覆った。 特にどうという予定はなかったが隣でパーティーを催すらしく、新一と快斗の二人で誘われていた。 哀と博士と、自分と新一と。つつましやかだけども気心の触れた身内だけで行う宴に誰もが心を浮き立たせていたはずだ。 だが自分の不注意でそれは全てキャンセルとなった。博士も哀も何も言わないだろうが残念なはずがない。せめて新一だけでもと訴えるが相手は首を振るだけだった。 ならば無理してでも行くと告げた快斗を、新一は「駄目だ」の一言と目で黙らせた。熱で高ぶった感情から簡単に浮かぶ涙はやさしく拭われ、悔しくて言葉の出ない自分を抱きしめそのままベッドに寝かせられた。 そして新一は電話を手に取ったのだ。 「……なあ工藤」 「んー?」 しばらくして気分を切り替えたあと、言いつけ通り大人しく寝ていた快斗はふと思いついたことにベッドの傍で本を読む新一に話し掛けた。 すると読書中であるというのに彼はすぐにしおりを挟み、本を閉じてこちらを窺ってくる。 そんな珍しい光景に風邪もたまにはいいかな、と少しだけ笑みをもらす。 「あのな、工藤の子供の頃のクリスマスってどんなんだった?」 「ガキの頃?」 「ああ。聞きたい」 言葉に、しばし新一は考え込んだ。 そう難しいことでもないだろうに、覚えていないのか眉間の皺は深かった。表情が推理する時のそれで、快斗は思わず笑んだ。 「ん―――」 そして時間をおいて、新一はゆっくりと思い出を語り始めた。 「―――コナンぐらいの年かな、まだ俺ひとりにしとけねぇからって、父さんと母さんが祝っててくれたんだよ。その頃はまだ俺もガキで、24か25、どっちかは必ず三人で祝うって決めてたな。ツリーなんかほんとに見上げるほどのやつだったし、テーブルの上には母さんが作った、これぞクリスマス!ってかんじに並んでて、それがなんだかうれしかった」 今じゃ考えられないけどな、と笑う新一の顔がなんだか可愛かった。 悪い思い出じゃないのだろう、その頃の無邪気さが出ている。 「でさ、プレゼントが俺ん家ならではで、父さんから暗号めいた紙渡されて、それをもとに一生懸命家中探し回んだよ。くれる物がちゃんと俺がほしい物だってわかってるから必死でさ。当時は見つけた後に”よくわかったな”って父さんに頭撫でられるのもうれしかったんだよな」 『……ねぇ、俺今お父さんみたいに出来たよ! 鳩、合図したらちゃんとでてきた!』 『おお、やるな快斗。その調子なら来年には父さんと一緒にクリスマスに母さんに見せられるな』 『ほんと!? なら俺、すっごいがんばって来年のクリスマスはお母さんと……お父さんもびっくりするような手品する!』 『よぉし、その意気だ。快斗は筋がいいからな、すぐに父さんに追いつけるよになるさ』 『さっきお父さんがやってたすごいやつもできるようになる?』 『ああ、勿論だとも』 『俺、絶対に練習サボらないで、お父さんみたいな手品師になるね!』 いい子だ、そう言って頭を撫でてくれた大きな手のひら。 いろんな驚きを人々に起こさせるその手。 機械か何かすごい物で作られているとしか思えないそれは、おおきくて、やさしくて、自分はいつもその手に撫でられるのが好きだった。 もっと上手くなってお父さんに褒められるんだ。 言葉通り、その日から手が痛くなるまで練習に励んだ。 だが幼い自分にその技は難しく、簡単にやってのける父が如何に偉大かを、手本として見る度に実感した。 重なる失敗に出来ないのだろうかと不安になったが、それでも諦めずに頑張った。 時折くれるアドバイスも上達の材料となり、腕は確実に上がっていった。 だがクリスマスにそれが披露されることはなかった。 その日を迎えることなく大好きな父はいなくなってしまった。 あのやさしくあたたかい手はその日から薄れていき、10年近く経つ今まで、その感触に出逢うことはなかった。 それが当たり前だと思っていたし、慣れてしまえば悲しみさえも思い出だった。 しかし快斗は新一と出逢った。 そして――― 気持ちいい。 まずそう感じた。 そしてなにかが頭に沿って動いているのがわかり、快斗はゆっくりと目を開けた。 「……く、どう……?」 掠れて声にはなっていなかったと思うのに、新一は聞こえたかのようにやさしく笑った。 話を聞いている最中に眠ってしまったのだろう、時計の針が少し先に進んでいる。 「なんか辛そうだったから撫でてみた。そしたら急に笑顔になるから驚いた」 邪魔なら止めるけど? 申し出に勢いをつけて首を横に振り、再び撫ぜてくれる感触に胸が詰まった。 ここに、なにものにも代えることの出来ないぬくもりがある。 忘れていた感触。けれども欲していた温度。 父のあの大好きだった手とはまた違うけれども、それと同等かもしくはそれ以上の愛情を感じる体温。 ゆっくりと動く手が、新一が、もう自分にとってはかけがえのない存在となっていると思わずにはいられないぬくもりだった。 今日新一が用意していたプレゼントは照れ隠しにろくに礼も言えなかったが、うれしい事にはかわりがなかった。 しかし一番求めているそれは既にプレゼントされていた。 サンタの贈り物が朝起きた枕もとにあるというのなら、自分の目覚めたその先の枕―――本当に枕もとに存在しているのは愛しい人の姿だった。 出逢って数年になるが、初めてそれを届くれたのは―――めぐり逢わせてくれたのはやはり父だろうか。 手品をやっていなかったら、きっと新一には出逢っていなかった。 そう思うと、感謝してもしきれない気持ちになり、そしてあの手を思い出して涙を堪えた。 痛む関節も気にせず、心地よい感触を与えてくれる傍の存在にしがみつく。 今年はもう過ぎたから、来年あたり新一を叩き込んで父さんの前でふたりで手品をしよう。 うん、勿論するのはあの時練習してたやつ。 きっと新一は不器用なのだろうけれど。 失敗もしちゃうんだろうけれど。 でも、とてもあたたかい手なんだぜ親父――― やさしいぬくもりとこころに包まれて、風邪はいつしかどこか遠くへ。 Merry Merry Christmas すごい古いの発掘2。ものすごく恥ずかしいけど内容的には嫌いじゃない。夢見てるのは昔からです。 |